ソニーセミコンダクタソリューションズの清水照士社長(2022年6月に撮影)。
撮影:西田宗千佳
現在ソニーグループは、熊本県に新たなイメージセンサー工場を作るべく投資を進めている。
イメージセンサー全体の需要が旺盛であること、コロナ禍や米中対立を原因とする半導体不足を背景に、「経済安全保障」が重要になってきたことなどが背景にある。
一方で、スマートフォン市場は過去のように右肩上がりで成長していく時期を過ぎた。
自動車向けセンサーのような新市場、アップルの「Vision Pro」でも採用された超高精細ディスプレイ「マイクロOLED」のような新しい技術の市場拡大も必要だ。
ソニーグループの半導体部門であるイメージ&センシングソリューション(I&SS)を担当する、ソニーセミコンダクタソリューションズ(ソニーSS)は現状どのような投資戦略を持っているのか? そして、どのように技術が成長すると見込んでいるのだろうか?
ソニーSSの清水照士社長が、メディア関係者の取材に答えた。
熊本にソニー新工場、TSMCとの連携も重視
今後3年で、過去3年の投資額である9000億円に近い投資を行う予定。そのほとんどが工場への投資だ。
出典:ソニーグループ
ソニーSSにとって、目下の大きなチャレンジは「新工場建設」だ。2023年までの3年間で9000億円の投資をしてきたが、「この次の3年間でも同等以上の投資を行う」と清水社長は話す。
ソニーグループ全体が投資に積極的なフェーズにあるが、ソニーSSとしての投資はほぼ「工場投資」(清水社長)に特化する。
すでに、熊本県合志市に新工場の用地を取得すべく準備中で、「2023年内には手続きを終わらせたい」(清水社長)とする。
この場所は現在ソニーSSが使っている工場である「SCK熊本テクノロジーセンター」と「Japan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)」の近隣にあたる。
熊本県合志市に新工場の用地取得を準備中。
出典:ソニーグループ
JASMは台湾・TSMCが日本政府とソニー・デンソーなどの支援を受けて、2024年末に操業を開始する半導体工場だ。
「半導体不足はほぼ解消している。現在弊社での需要は26nm・22nmが中心で、ここから22nmが増えていく。
さらにあるタイミングで12nmに切り替えていくが、その際も主たるパートナーはTSMCになるだろう」(清水社長)
ロジック半導体についてはTSMCとの連携、特に熊本に建設中のJASMとの関係を重視する。
出典:ソニーグループ
供給は安定してきたものの、今後もTSMCが供給するロジック半導体(編注:スマートフォンなどに搭載されるCPUなどの頭脳の役割を果たす半導体)の需要は大きい。「数が多いので台湾からの供給も期待しなければならない」(清水社長)としつつも、そこでJASMと連携して国内調達比率を高め、安定させていくことが重要との見解を示す。
大規模な投資だけに、地元への影響も大きい。現在も、SCK熊本テクノロジーセンター周辺の道路は渋滞がひどく、今後の工場増加に伴う悪化も懸念されている状況だ。
「その点は国や県とも連携している。まだ行政の判断が遅いとも感じるが、過去に比べれば加速しており、5年かかる計画を3年にする、といったサポートはいただいている」(清水社長)
スマホ向けは「高級・大判シフト」が続く
では、今後のイメージセンサーのニーズはどうなるのだろうか?
全体金額的に言えば、当面はスマホ向けが中心であることに変化はない。
ただし、2030年度までの予測を考えた場合、2022年度の予測に比べ、(2023年度の予測では)金額面での伸びに厳しさがある、という予測を立てているという。
イメージセンサー全体の市場予測。モバイル向けの伸びの鈍化が、全体金額の伸びに影響している。
出典:ソニーグループ
現状、スマホは全世界で年間12億台くらい出荷されているが、ピーク時には14億台が出荷されていた。「14億台へじわっと戻っていくくらいで、それを超えるのは難しいだろう」と清水社長は予測を語る。
「スマホ用は低価格向けが特に厳しく、市場が動かない。ハイエンドスマホが中心に売れており、その中でイメージセンサーの価値を期待されている部分が大きい。
この期待がなくなると厳しくなってくるだろう。とはいえ、まだ10年くらいは『高画質化が期待される』状況が続くと見ている」(清水社長)
スマホ向けイメージセンサーの市場予測。低価格向けが特に厳しいが、ハイエンド向けは伸びが維持されるとの予測。
出典:ソニーグループ
ソニーはハイエンド向けが中心であり、結果として金額シェアと収益の維持が続いているが、トレンドの変化ももちろんある、と清水社長は言う。
「スマホに複数のセンサーが搭載される『複眼化』は飽和してきた印象で、数は増えないだろう。だが、センサーの大判化は想定通り進み、今後も順調に大きくなる」(清水社長)
スマホ向けのセンサーでは「大判化」による単価アップが進行中。
出典:ソニーグループ
これは、1インチに近い大判センサーの採用例が増えていくことによる「単価アップ」が、ソニーSSの成長を支える、ということだ。
数年先の性能向上の方向性として、清水社長は「4Dと5D」という言い方をする。
新技術の組み合わせで、数年後には動画性能・暗所性能を大きく引き上げる。
出典:ソニーグループ
4Dとは「時間軸」のことで、動きを認識して撮影するEVS(イベントビジョンセンサー)という仕組みのことを指す。
5Dとは「波長」。赤外線のような可視光以外を使うセンサーを組み合わせ、暗いところなどの撮影に活かす。
こうした技術を組み合わせることで、動画性能や暗所性能の改善に取り組んでいくという。
車載センサーでは「金額シェア4割」が目前に
イメージセンサーの領域で利益貢献が近くなってきたのが「車載向け」だ。
ソニーは2014年から自動車向けのセンサーに取り組んできたが、ようやく大手への採用も広がり、収益拡大の道筋がはっきりしてきた。
「2025年向けの取引はほぼ見えてきたところだが、自動車のグローバルトップOEM(編集注:他社に委託して製造すること)20社のうち、85%との取引を見込んでいる」(清水社長)とする。
車載イメージセンサー市場は需要も旺盛で、ソニーもトップOEMの85%と取引を見込む。
出典:ソニーグループ
中心となるのは、高画素・高付加価値型で、ADAS(高度運転支援システム)向けのものだ。高級車市場でADASの搭載が一般化した結果、ソニー製センサーの採用が増えている。
「ダイナミックレンジが広くフリッカー対策がなされている製品となると、我々のものに限られてくる。他社とは技術的な差異化が行えている」と清水社長も自信を見せる。
車載用イメージセンサーについては、2025年度には金額シェアで39%を狙う。
出典:ソニーグループ
2022年、2023年は売り上げが「倍々ゲームで増えている」(清水社長)と言い、2025年には車載用でも39%のシェアを確保することを目指す。
これが業界シェアトップを意味するのか、という点について、清水社長はコメントしなかったが、現状相当に好調で、自信があるということだけは間違いがなさそうだ。
マイクロOLEDの需要は「保守的に判断」
WWDC2023で発表された「Apple Vision Pro」には、片目4K×4KのマイクロOLEDが2つ採用されている。
出典:アップル
同社はイメージセンサー以外にも半導体を作っている。
中でも気になるのは「マイクロディスプレイ」だ。1インチ以下の小型ディスプレイのことで、デジタルカメラのビューファインダー向けなどが中心である。
特に高付加価値なものでは、有機EL技術を使った「マイクロOLED」が採用され、ソニーはこの分野でも大きなシェアを持つ。
6月に入って、マイクロOLEDには大きな注目が集まった。アップルが発表した「Apple Vision Pro」に、片目4K×4KのマイクロOLEDが2つ採用されていることが明らかになったからだ。
Vision ProでどのメーカーのマイクロOLEDが採用されたかは明らかになっていないが、各種スペックや画素構造などから「ソニー製ではないか」と言われている。
2021年にソニーが公開した「4K・マイクロOLED」の試作品。Vision Pro採用のものかは断言されていないが、スペックなどは近い。
撮影:西田宗千佳
清水社長も採用状況について直接的なコメントはしなかったが、次のように回答している。
「現状は、ビューファインダー向けやAR機器向けに出荷されているが、数量は少なく伸びもまだ期待できない。
これからはアップルが作ったようなVR向けが伸びていくだろう」(清水社長)
ここでいう「VR向け」とは、視界をディスプレイで覆ってしまうタイプのニーズを指す。
「VRには色々な顧客がいて、視野角などのニーズも多様。(マイクロOLEDの)サイズが大きくなると自然と価格は上がる」(清水社長)とも語り、現状、多品種少量生産にならざるを得ない事情も明かす。
「ラインを広げれば数量もコストも変わってくるが、しばらくは世の中の状況を見て判断したい」と清水社長は語り、保守的な姿勢を示す。
Vision Proのような製品の価格・供給量がどうなっていくかは、文字通り「鶏と卵」のような状況と言えそうだ。