LGBT理解増進法に反対する集会でスピーチする北丸雄二さん。
撮影:横山耕太郎
毎年6月は世界各地で性的少数者の人権について啓発する「プライド・マンス(誇りの月間)」。加えて今年はアメリカ精神学会が、同性愛をDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)から除外した1973年から50周年にあたる。
日本では今月、LGBT理解増進法が成立し、結婚の平等を求める同性婚訴訟で全国5地裁の判決が出そろったが、性的少数者の人権をめぐっては、トランスジェンダーヘイトなどバックラッシュのうねりも起きている。
世界における日本の現在地はどこなのか、ニューヨークで25年間、LGBTQ+の人権運動を目の当たりに取材してきたジャーナリスト北丸雄二さんに聞いた。(聞き手・横山耕太郎)
右派による「執拗な抵抗」
2023年5月のG7広島サミットに参加した各国の首脳と岸田首相(中央)。G7の開催はLGBT法案制定のきっかけにもなった。
BRENDAN SMIALOWSKI/Pool via REUTERS
──LGBT理解増進法が成立しましたが、当事者からも、自民党右派からも反発が起きるという結果になりました。どう評価しますか?
この法案はそもそもが、2年前に超党派議連での法案がまとまったもので、東京五輪を前に、五輪憲章にもある「性的少数者の人権擁護と差別禁止」を日本が整備していないことへの内外からの批判に応えたものでした。
しかし当時は「伝統的家族が壊れる」とする自民党右派の抵抗で土壇場で見送りになった「いわく付き」の法律です。
今回は5月のG7広島サミットが、再びの法案提出の契機になりましたが、2月に元首相秘書官・荒井勝喜氏が同性愛者を「見るのも嫌」と発言して問題となり、社会的に議論が広がりました。
けれども、やはり自民右派の抵抗は執拗(しつよう)でG7前までの提出に至らず、6月にもつれ込む間にどんどん修正され、ついには少数派を守るための法律から「多数派を保護するかのような法律」に書き換えられました。
「トランスジェンダー」に関するデマ拡散
LGBT理解増進方は国会で可決され、6月23日に公布・施行された。
撮影:今村拓馬
──与党案に修正が加えられた形で可決されたLGBT理解増進法ですが、どこに問題があるのでしょうか?
問題部分は、この法律に基づく施策の実施に当たっては「すべての国民が安心して生活できるように留意する」という追記です。
秘書官発言で一気にLGBT差別禁止の気運が盛り上がったのですが、そこに対抗するために右派が持ち出してきたのが「トランスジェンダーの脅威」でした。
「女性トイレや公衆浴場という女性スペースに女装した男性が侵入してきても『自分はトランスジェンダー女性』だと言われたら排除できない」という言説が突然拡散しました。
性的少数者の人権を認めることが、女性たちの安全や人権を侵害することになる、というデマです。
女装男性は「男性」であってトランス女性ではありません。しかも女性スペースに侵入してくるのは「女装した性犯罪者男性」で、トランス女性ではありません。
中には公衆トイレの多目的トイレ化が進むにつれて、それを「女性トイレの廃止が相次いでいる」という事実曲解の「不安」を煽る勢力まで現れました。
LGBT理解増進法の、この追加条文はそんな「不安」「心配」の受け皿を用意したいという、国民民主党や日本維新の会が用意したもので、自民がそれを丸呑みしました。
そんな「性犯罪者」にはすでに刑法が存在しているのに、わざわざ「トランス女性は危険な存在」と暗示するような条文です。
「地域住民の協力」が意味すること
法律のもう一つ問題点は、LGBTに関する学校教育や啓発に当たっては「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ」とされたことです。
これは例えば元首相秘書官みたいに「隣にいるのも嫌だ」とか「うちの子にそんなものを教えるな」と言う父母や地域住民がいれば実施できないかもしれないのです。そういう人たちにこそ「理解増進」をはかるべき法律なのに、です。
ただし、今回の理解増進法は、具体的な罰則規定とは違い、社会の進む方向を示す理念法です。
これから教育現場や行政の現場でどうやって「理解」を増進し「差別」を抑制するか、LGBT包摂のための施策の実績を重ねることで、そうしたくない右派の思惑に対抗していくことが重要になってきます。
アメリカで「トランスジェンダー」が論点になった理由
支援者らの周回でトランスジェンダーを嘲笑する発言をするトランプ元大統領。2022年7月撮影。
REUTERS/Sarah Silbiger
──アメリカでもトランスジェンダーの人権に関しては様々な議論が起きています。
実は女性トイレや更衣室という「女性スペースへの侵害」は、アメリカの保守勢力、宗教右派が2016年に持ち出してきた議論でした。
前年の2015年にアメリカは同性婚を全面的に認めることになった。それまで同性婚に猛反対してきた右派勢力は自身の大きな政治テーマを失ったわけです。
そこで右派勢力は同性婚の次の政治テーマを探さなくてはならなくなりました。有権者から組織維持のための莫大な資金を集められ、なおかつロビー活動を通じて共和党を動かせるだけの求心力を持った政治テーマです。
そこでLGBTの中でも最も誤解の多い「T」つまりトランスジェンダー、特にトランス女性を問題化しました。「女装しただけの男」「変な連中」という「脅威」を煽る。それは日本で今起きていることです。
「トイレ問題」はすぐに沈静化したアメリカ
しかし、女性トイレやロッカールームへの「侵入」は性犯罪者であってトランス女性の問題ではないということを、多数が理解するだけの素地はすでにアメリカ社会に存在していました。
それでその「トイレ問題」はすぐに大反発にあってポシャりました。
右派シンクタンクはそれで慌てて次のテーマを探るべく大規模世論調査をします。そして次に「女性スポーツ競技へのトランス女性の参加禁止」と、「未成年のトランスジェンダーに対する性別移行医療や手術の禁止」の2つのテーマを探し当てたのです。
いま全米でこれらを法律化したのは20州以上ありますが、連邦最高裁は双方の個別事例に対して違憲判断も出しています。つまりアメリカでは、トランス排除の言説は優れて政治的な意図を持っているということです。
リベラル勢がトランス女性に対する態度を決めかねているうちに、保守勢力はこれで一致団結するという構図が出来上がっているのが現状です。
日本、明らかになった「宗教」の影響
性的マイノリティー当事者らは6月14日、LGBT理解増進法に反対する集会が国会近くで開催された。
撮影:横山耕太郎
──右派による反発があるという面では、アメリカも日本も同じと言えるのでしょうか?
2月の元首相秘書官発言に先立って、日本の政治の世界では、とても重要なことが明らかになったといえます。
2022年7月の安倍元首相射殺事件後、安倍氏本人や自民党の多くの議員が、国会から地方レベルまで、旧統一教会と選挙などで協力関係にあったことがわかったのです。
同時に神社本庁、日本会議といった保守団体が、性的少数者の人権議論に関して極端な排除理論を展開し、保守政治家に浸透させていたことも明らかになりました。
いずれも「伝統的家族」を死守するための論立てですが、選択的夫婦別姓といった、明らかに誰もがうなづくような制度ですら国会で通らないのは、ほとんどがそのような「宗教的」な信念が壁になっているかというカラクリも明らかになったのです。
日本の国会が民主主義の論理を蔑(ないがし)ろにし、宗教論理に紐付きになっている限り、LGBT理解増進法も前述した通りの為体(ていたらく)になったのは当然とも言えます。
5地裁が示した「法の下の平等」
全国5地裁で進んでいた同性婚に関する訴訟の判決が2023年6月に出そろった。写真は2022年12月、東京地裁前で撮影。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
──全国5つの地裁で「同性婚を認めないことは憲法違反である」と訴えた裁判の判決が出そろいました。5地裁が「違憲」もしくは「違憲状態」との判断を示したことには、どんな意味がありますか?
政治はこれまで話してきた通りですが、日本の「司法」は一応、民主主義の「法理」に則っていることが示されと思います。
同じように税金を払い、同じように社会生活を営んでいる同性カップルが、犯罪者でも性的倒錯者でもないのに「結婚」という法的保護を得られない現状は、どうあっても「法の下での平等」に反し、「個人の尊厳」を毀損している。それは差こそあれ5地裁すべての判決文にある認識で、「違憲」「違憲状態」の理由です。
「合憲」とした大阪地裁ですら「国会がこのまま黙って放置していたら、将来的に憲法24条2項違反し違憲になりますよ」と言っています。
裁判はこれから高裁、最高裁と進んでいきますが、それまでの時間は社会でさらに性的少数者への理解が進むということを意味します。高裁も最高裁の判断も、地裁判決からさらに性的少数者の権利保護へと踏み込まざるを得なくなると思っています。
「パートナーシップ」では足りない理由
──大阪判決では「多くの地方公共団体において登録パートナーシップ制度を創設する動きが広がっており、国民の理解も進んでいるなど上記の差異は一定の範囲では緩和されつつある」との指摘もありました。
1点指摘しておきたいのは、私たち当事者が行政や立法に対してずっと言い続け訴え続けて獲得した「パートナーシップ制度」あるいは「国民の理解」を、あたかも自分たち国側・多数者側が成し遂げ与えてやった手柄であるかのように言ってしまっている、あたかも現状不備の免罪符のように言ってしまっている大阪地裁の烏滸(おこ)がましさです。
それは当事者たちが懸命に努力して獲得したもので、あなた方のものではない。
加えて大阪判決のように、「結婚」とは別の「パートナーシップ制度」でもいいじゃないかという議論はアメリカでも、その他の国でもありました。
ニューヨークでのプライドマーチ。2023年6月25日、マンハッタンで撮影。
REUTERS/David Dee Delgado
諸外国では「シビルオニオン」や「ドメスティック・パートナー」、フランスの「PACS(連帯市民契約)」などの婚姻とは別の制度が存在します。
しかしそれらは「結婚」も選べるし別の形も選べる、というものに収斂してきました。
なぜ「結婚」であってはいけないのか? それは単なる選択の自由の問題なのです。選択的夫婦別姓と同じく「どちらでもご自由に」であるべきです。
性的少数者の人権先進国はこれまで数十年にわたって、社会的議論が展開してきました。その結果としての現在があります。
メディアが報じて来なかった日本
ところが日本において、LGBTQの人権が主流メディアで取り上げられてまた数年しか経っていません。
10年前まではまだ性的少数者を「ホモ」「おかま」「レズ」「ヘンタイ」「異常者」とする言説が社会のあちこちに残っていました。あるいは今もそうです。
なので急に「同性婚」と言われても何をどう考えていいかわからない、「差別」と言われても何が差別かわからない、という人がいるのもまた当然だと思います。
だからといって、同性婚を含めたこれらの議論は、もう引き返して無かったことにはできない問題なのです。
顔を出して戦う原告たち
国会前の集会でスピーチする北丸さん。
撮影:横山耕太郎
──北丸さんは先日、LGBT法案に反対する当事者らによる国会集会で「10年前には考えられなかったことが今、起きている。こんな多くの人が虹色の旗を持って集まった。思い出してほしい。僕たちは絶望から始まった。残るは希望しかない」とスピーチされました。今後、日本が同性婚の法制化するために何が必要だと思いますか?
同性婚をめぐる裁判が持つもう一つの重要な意味は、原告たちが顔を出して戦うようになったことにもあると思っています。
それまではみんな匿名でした。同性愛者は、多数派にとって匿名の存在でしかなかった。それが今はみんな実名で、顔出しで声を上げている。
私たちの武器は、実はそんな1人1人のカムアウトだけなのです。
1人の人間の存在こそが、誤解を正す情報の塊です。カムアウトとは正しい情報を社会に可視化すること。目に見える存在になることでしか、性的少数者は隣人になれません。
「隣にいるのも嫌だ」と言う人こそが「隣にいるのも嫌だ」とみんなが思うようになる。その時に同性婚は普通のことになります。
2019年の調査ですが「同僚や友人、親戚や家族に同性愛者がいる」と回答したのは、日本ではわずか16.5%しかいません。そんなわけはないんですが、多くの人にとっては性的少数者のことはまだ「他人事」なのですね。それが実は「自分事」だったとなるには、カムアウトしかない。それは歴史が教えてくれています。
私はニューヨークでエイズの時代を経たLGBTQ+の人権運動を25年にわたって見続けてきました。そして帰国して今、今度は日本におけるLGBTQ+の人権運動の本格化を目の当たりにしています。実にすごい時代を生きているなあと思っています。
【2023年6月15日 LGBT理解増進法に抗議する緊急大集会での北丸さんのスピーチより】
「僕たちは歴史を輪切りにすると、10パーセントとか20パーセントとか、ちっぽけなマイノリティーだけども、歴史を縦にみた場合にはずっと続いてるんですよ。
LGBT差別禁止法を理解増進法にしちゃった人たちは、私たちに『伝統的家族』をぶつけてきてる。けれど私たちの家族だって、何百年、何千年と続く伝統的な家族を作ってきた。その生き残り、その末裔(まつえい)が僕たちなんです。
歴史を見た時に、これからの行く末は、はっきりわかっています。それは必ず同性婚が実現されるということです。もし民主主義の国を続けていれば、必ず輝く未来がある」