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7月も間近となり、就職活動も佳境を迎える頃ですね。そんななか、マイナビと日本経済新聞社が共同で実施した「大学生就職企業人気ランキング」において、2024年卒文系の総合ランキングで初のトップになったのが株式会社ニトリホールディングス(以下、ニトリ)です。
(出所)マイナビ「『マイナビ・日経 2024 年卒大学生就職企業人気ランキング』を発表」(2023年4月12日)をもとに編集部作成。
東京海上日動火災保険、JTBグループ、ファーストリテイリング……と、2位以下には誰もがよく知る大手企業がひしめいています。これほどの有名企業を押さえてニトリが首位に立ったということですから、これは快挙と言えるでしょう。
ニトリがすごいのは、就活ランキングに限った話ではありません。ニトリは今や、小売業の時価総額ランキングでも上位に位置しています。図表2は2023年6月20日時点での小売業の時価総額ランキングですが、ご覧のとおり、ファーストリテイリング、セブン&アイ・ホールディングス、イオンに続く4位にニトリが位置しており、時価総額は1.9兆円もあります。
この1.9兆円という規模は、日本マクドナルドHD、三越伊勢丹HD、しまむら、丸井HDといった有名企業の時価総額の2倍以上を誇ります。
(出所)株ドラゴンの2023年6月20日時価総額ランキング(小売業)をもとに編集部作成。
「お、ねだん以上。」のキャッチコピーでおなじみのニトリはなぜ、学生からも株式市場からもこれほど高い評価を得ているのでしょうか? そこで今回は、ニトリの強さの秘密をファイナンスと会計の観点から考察していくことにしましょう。
際立つ利益率の高さ
まずはニトリの売上高、営業利益、営業利益率を見ていきましょう。
ニトリは過去5年間、コロナ禍を挟みながらも増収増益で成長しています。いやそれどころかもっと長いスパンで見ると、なんと35年連続で増収増益を達成しているのです(※1)。
(出所)ニトリの有価証券報告書および決算短信より筆者作成。
図表3で注目すべきは営業利益率です。ニトリの営業利益率は14%超で推移していますね。これを、小売業の時価総額ランキングのトップ3(ファーストリテイリング、セブン&アイ、イオン)や、ニトリの競合であるIKEA、無印良品を展開する良品計画と比較してみると——。
(注)各社の数字はすべて2022年度のもの。
(出所)各社決算資料より筆者作成。
ご覧のとおり、ニトリはダントツのトップです。ニトリの営業利益率はなぜこんなに高いのでしょうか?
強さの秘密はビジネスモデルにあり
ニトリの営業利益率の高さの秘密を探るために、同社のビジネスモデルに注目してみましょう。
ニトリのビジネスモデルは、SPAモデルをさらに進化させた、ニトリ独自の「製造物流IT小売業」として特徴づけられます。
SPA(Specialty store retailer of Private label Apparelの略)とは、製造小売のビジネスモデルのこと。もともとはアパレル業界が発祥のモデルで、従来の小売が卸業者から商品を仕入れて販売のみを行うのに対し、SPAは企画—製造—販売までを自社で行います。SPAを採用している企業としてはニトリのほかに、アパレルのGAPやユニクロなどが有名です。
ニトリがすごいのはここからです。SPAモデルに物流機能とITもプラスし、商品企画や原材料の調達から始まって製造・物流・販売に至るまでの一連のプロセスを、自社で行うことにしました。こうして確立したビジネスモデルを、ニトリは「製造物流IT小売業」と呼んでいます。
このモデルを機能別に分解すると図表5のようになります。つまりニトリは、メーカー機能、商社・物流機能、販売機能、広告・宣伝機能をすべて自社で持っているということになります。
(出所)ニトリのホームページ「ビジネスモデル」をもとに編集部作成。
このビジネスモデルを採用することのメリットとは何でしょうか?
メリットは大きく2つあります。1つは、常に顧客の声をすべての現場に還元でき、あらゆる機能に反映することができる点。そしてもう1つは、中間マージンを排除できるため、高い利益率を実現できるという点です。ニトリの営業利益率の高さの秘密は、ここにこそあるのです。
内製化か外注か
ニトリのビジネスモデルは、平たく言えば「自社でできることはすべて自社でやる」というもの。要するに徹底した「内製化」ですね。従来のSPAに加えて、物流やITも社内に取り込むほどですから、かなり進んだ内製化と言えるでしょう。
となると、こんな疑問が湧いた方もいるかもしれません。「他の企業も、ニトリのように内製化を進めればもっと利益が上がるのだろうか?」と。
これはとても興味深い問いですが、残念ながらどんな企業にも当てはまるわけではありません。
その証拠に、時価総額の世界ランキング1位のアップルは、自ら工場を持たないファブレス型のメーカーとして有名です。ファブレス、つまり製造機能を自社で持たず、外注することで30%という高い利益率を達成しています。同様に任天堂もファブレスであり、こちらも利益率は30%と高い水準です。
では、内製化すべきか外注すべきかをどうやって判断すればよいのでしょうか?
このときに判断軸とすべきは「取引にかかるコスト」です。
取引コストが低い場合
取引にかかるコストが低い場合は、活動を外注することで、資源を競争力のある分野に集中させることができます。アップルや任天堂がファブレス型を採用しているのはまさにこのためで、製造を外部化する代わりにデザインや企画に社内の資源を集中させているわけです。
しかし半面、外部化すると社内に知見がたまらず、コアコンピタンス創造の機会が失われてしまうというデメリットもあります。また、特定の活動を外部に依存することで、外部に対してこちらの交渉力が弱くなるという問題も出てきます(これを「ホールドアップ問題」と言います)。
取引コストが高い場合
では、取引にかかるコストが高い場合はどうでしょうか。この場合は、活動を内部に取り込んだほうが効率的です。まさにこの好例がニトリです。ニトリのP/L(損益計算書)に載ってくる発送配達費のようなコストは、取引コストがかなり高くつきます。また、他社に依存することでホールドアップ問題の課題も出てくることから、こういう場合には、他社に外注するよりも自社で内製したほうが効率的になります。
一方、内製化した場合のデメリットとしては、市場原理が働きにくくなる、コスト管理が甘くなる、といった点が指摘されています。また、初期投資コストが大きくかかることも挙げられます。とりわけ大規模システムの開発や物流は多くの場合外注するのが一般的であり、自前で賄おうとすると初期投資のコストが大きくかかるというデメリットもあります。
近年ではB to B SaaSのようなクラウドのサービスが賑わいを見せていますから、以前に比べて外注をする機会と分野は増えていますが、そんななかニトリはむしろ、さまざまな機能の内製化を進めることで高い利益率を達成しているのです。
物流やITの内製化といえばアマゾン(Amazon)が思い出されますが、そのアマゾンでも、一部の映像作品やIT機器を除けば商品の製造まではやっておらず、基本的には小売がメインです。それに対してニトリは、製造から小売、物流、ITまですべてを内製化しているのです。
ニトリは営業キャッシュフロー以上に投資
では、事業の内製化を進めて「製造物流IT小売業」を達成しているニトリは、どのくらい投資をしているのでしょうか?
図表6はニトリの営業キャッシュフロー、投資CF、フリーキャッシュフロー(FCF)を示したものです。FCFとは、営業活動から得たキャッシュフロー(営業CF)から投資活動に使ったキャッシュフロー(投資CF)を控除することで、自由に使える資金をどのくらい持っているかを見るための指標です。
(出所)ニトリの有価証券報告書より筆者作成。
いかがでしょう。35年増収増益を達成しているニトリですが、キャッシュフローの観点で見ると、直近3年間はいずれもFCFがマイナスであることから、稼いだ営業CF以上に投資CFを使っている、つまり、稼いだキャッシュ以上に多額の投資を行っていることが分かります。
ちなみに図表6を見ると、2021年2月期は投資CFがマイナス1960億円と、ひときわマイナスが大きくなっています。ニトリはこの期、島忠に対してTOB(株式公開買付)を行い、島忠との経営統合を果たしています。投資CFのマイナスが大きくなっているのはそのためです。
営業CF、投資CFと来たら、第三の財務CFについても確認しておきましょう。図表7は、図表6に財務CFの推移を加えたものです。これを見ると、2021年2月期を境に傾向が変わり、直近3年間はFCFがマイナスに、財務CFはプラスに転じていますね。これはつまり、FCFがマイナスになる分を、借入金を通じて資金を手当てしているということです。
(出所)ニトリの集荷証券報告書より筆者作成。
以前この連載の第9回で、営業CF、投資CF、財務CFがプラスかマイナスかによって8通りのパターンがあり、そのどれに当てはまるかによって企業の財務状態をざっくり把握できるとお話ししました(図表8)。
ニトリの直近3年間の状況は、キャッシュフロー計算書の8パターンでいうところの「②積極投資型」と言えます。
では、ニトリは何にそんなに積極投資をしているのでしょうか? 投資CFの中身を確認してみましょう。
図表9は、2013年と2023年のニトリの有形固定資産と無形固定資産の合計額を比較したものです。
(出所)ニトリの有価証券報告書より筆者作成。
2013年2月期は、有形固定資産と無形固定資産とを合わせると合計1672億円でした。これに対して2023年2月期は合計6825億円と、この10年間で実に4倍以上にも増えています。
たしかに同じ10年間で、ニトリの売上高も増えてはいます。しかしその額は3488億円から9481億円へと、2.7倍の増加です。つまり、ニトリは売上の増加を1.5倍も上回る額を固定資産への投資につぎ込んできたことになります。
一般的に投資に失敗はつきものですから、すべての投資がうまくいくとは限りません。にもかかわらずニトリは、島忠へのTOB以外のM&Aはほぼなく、自社への設備投資(=内製化に向けた投資)を積極的に進めることで「35年増収増益」という偉業を達成してきました。見方を変えれば、投資の多くがうまくいったため増収増益を達成してこられた、と言えるでしょう。
図表10はニトリのこれまでの店舗数をまとめたものです。10年前の2013年2月期は300店舗だったのが、この10年で店舗数は902店舗と、3倍にも増えています。
(出所)ニトリ 2023年3月期決算説明資料をもとに編集部作成。
単純計算で1年間60店舗を増やしている計算になりますが、直近1年では101店舗も増やしていて、出店数はさらに加速しています。
出店の多さもすごいですが、撤退の少なさも注目すべき点です。2023年2月期の純増は101店舗ですが、そのうち撤退は4店舗のみ。しかもそのうち3店舗は島忠に関するものです。このことを踏まえると、ニトリは出店に関する選球眼は極めて高いと考えられます。
(出所)ニトリ 2023年3月期決算説明資料より。
このように、ニトリは積極的に店舗展開を進めながら、少ない店舗撤退数で収益を上げてきました。その傍らで積極的に内製化を進める投資を進めることで、図表4で見たように他社より高い利益率や、同業と比べても高い粗利率を確保しているのです(図表12)。
(注)各社の数字は2023年度のもの。
(出所)各社有価証券報告書より筆者作成。
人的資本を生かす
今回は、文系の就職人気ランキング首位であり、小売業の時価総額においても4位に位置しているニトリを会計とファイナンスの観点から考察しました。
ニトリが就活生の間で人気のある理由の一つがインターンシップにあると言われています。ニトリのインターンシップでは「学生が社会に出る上で必要な知識や考え方を教えること」を最優先にし、ニトリの自社アピールは二の次にしています(※2)。
ニトリのインターンシップでは、学生自身が就職活動の軸や大切にしている価値観を発見した上で、流通業界を知るきっかけを作り、社会に出るための支援や、分業を学ぶ内容となっています。こうした経験を通じて、「社会に出る」ことに関する学生の悩みや心配事が、仕事に取り組む楽しさに変わっていくのです。
コピーライターであり、30万部以上のベストセラー『「言葉にできる」は武器になる。』の著書でもある梅田悟司氏から、以前こんな話を伺ったことがあります。
「学生から社会人になるというのはどういうことだろうか。それは、今までは社会を使う側だったのが、社会人になるというのは社会を創る側になることなのです」
社会人になるということは、言ってみれば消費者の側から生産者の側に変わるということとも捉えられます。
今回見てきたように、ニトリでは「製造物流IT小売業」のビジネスモデルを採用しており、事業のほとんどを内製化しています。つまり、生産者としてのニトリは、サプライチェーンにおけるすべてのプロセスを社内に知見として蓄えているということです。
そんなニトリが、インターンシップを通じて学生に流通業の仕組みを教え、社会に出るための支援をしてくれるというのは、学生にとっても非常に魅力的でしょう。
「製造物流IT小売業」というモデルはニトリの事業戦略に当たりますが、この事業戦略を達成するうえでは組織のあり方も重要になってきます。というのも、ニトリが事業をすべて内製化するためには、それを担う人材を社内で育成し、人的資本を最大限に活かす必要があるからです。
人的資本経営の重要性が叫ばれる昨今、その観点から見ても、ニトリのビジネスモデルは他社にない差別化要因になっていると考えられます。
学生にも株式市場からも高い評価を得ているニトリの今後に、ますます注目です。
※1 ニトリでは、2023年3月期より、IFRSに合わせるため決算月が2月21日から3月末に代わっています。そのため、直近決算は13カ月11日の変則決算となっています。12カ月決算で比較すると減収減益となっています。
※2 佐藤大介「東大、慶大生もニトリに熱視線、3万人集めるインターン人気の理由」『日経ビジネス』2021年8月31日。
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社フェロー。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。跡見学園女子大学兼任講師。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』『一歩先の企業・株価分析ができる マンガでわかる 決算書ナゾトキトレーニング』(ともにPHP研究所)がある。