スーパーに行けば当たり前のようにさまざまな魚が手に入る。そんな世界が、10年後にも維持されているのか——。
「それは実現できないんじゃないかと、我々は考えています」
6月27日、NTTと京都大学発ベンチャーのリージョナルフィッシュは合弁会社・NTTグリーン&フード(以下、新会社)を設立することを発表(※)。記者会見の冒頭で、新会社の代表を務めるNTTの久住嘉和氏はこう語った。
リージョナルフィッシュは、新会社の取締役を務める梅川忠典氏がCEOを務める京都大学発のベンチャー。ゲノム編集技術をはじめとした魚介類の品種改良技術や、陸上養殖システムの開発に強みを持つ。
日本の水産業の衰退や、世界の食料危機(タンパク質不足)。そして、地球温暖化という社会課題の解決に向けて、大企業と注目スタートアップがタッグを組んだ。
※新会社の資本金は92億円。出資比率は非開示だがNTTが過半数を占める。
スタートアップと大企業…連携のモデルケースに
NTTグリーン&フードの久住嘉和代表(左)と、リージョナルフィッシュの梅川忠典代表(右)。
撮影:三ツ村崇志
2019年創業のリージョナルフィッシュは、2020年にNTTドコモベンチャーズから出資を受けたり、NTTと連携協定を締結したりするなど、創業間もないころからNTTグループとの連携を深めてきた。2021年には、今回の新会社につながる、ゲノム編集を用いて品種改良した藻類や魚類を介して海洋中の二酸化炭素を低減させる実証試験も実施してきた。
今回の新会社の設立は、その流れの中で2023年の2月発表した合弁会社の設立に向けた基本合意に基づくものだ。
リージョナルフィッシュは、ゲノム編集と呼ばれる生物の遺伝子を改変する技術をもとに、通常は数十年かかる品種改良を数年で実現している。これまでに成長速度の早い「高成長トラフグ」や可食部が多い「可食部増量マダイ」などの品種を開発してきた。
新会社では、リージョナルフィッシュが開発した各地域に適した品種を陸上養殖することで、既存の製品と差別化した高付加価値の魚介類の生産・販売を拡大していく計画だ。
リージョナルフィッシュの梅川代表は、今回のNTTとの合弁会社設立について、
「大企業とベンチャーが一緒になって社会課題を解決するような事業をスケールさせていく、モデルケースのように捉えてもらえれば」
とBusiness Insider Japanの取材に答えた。
リージョナルフィッシュが開発した高成長トラフグ(22世紀ふぐ)の刺し身。同社のECサイトで購入できる。
撮影:山﨑拓実
陸上養殖は、そもそも施設を作るために大規模な初期投資が必要になる。スタートアップ1社で自ら販売を拡大するには限界があった。
リージョナルフィッシュでは、すでに自社ECサイトで品種改良したマダイやトラフグなどの魚介類を販売している。ただ、ここで販売されている製品は、自社で品種改良した稚魚を養殖事業者に販売する前段階として試験的に作ったものだ。
「事業計画として見た時に、品種改良技術(ゲノム編集)を使った稚魚を養殖事業者に販売したかったんです。
稚魚から成魚を作るところは、陸上養殖でやると莫大な投資が必要になります。我々1社では到底不可能なところがあったため、そこをNTTグリーン&フードにやっていただきながら、我々が作った稚魚をそこに流し込んでいくビジネスモデルです」(梅川代表)
こう見ると、今回の新会社設立は梅川代表がリージョナルフィッシュ創業当初から描いていた「事業をスケールさせるシステムづくり」に向けた、大きな一歩だと言える。
新会社、事業の三本柱
NTTグリーン&フードの事業概要。
出店:記者会見資料より引用
新会社では、「藻類の生産・販売」「魚介類の生産・販売」「サステナブル陸上養殖システムの開発・提供」の三つを事業の柱に据える。その中でもまずは、リージョナルフィッシュが品種改良した魚介類の生産・販売事業から先行してスタートする。
現在、九州エリアで高温耐性のあるヒラメの養殖の準備を進めており、2023年度中に販売開始を計画している。なお、このヒラメはゲノム編集技術を用いずに品種改良したもの(特殊な条件で育てるエピゲノム育種と呼ばれる手法を活用)であり、生産する上で厚生労働省や農林水産省への届け出は不要だ。
立ち上げ期には、九州以外にも「数拠点」の設置を検討しており、拠点ごとに適した魚介類を生産。地元のブランド魚などとしての販売を進めていく。10年後には20拠点ほどの規模になる計画だ。
拠点の拡大や、パイプライン(魚種)の拡充、フランチャイズ化やM&Aなどを進め、2028年までに年間収益で100億円を目指す。新会社の久住代表は、「陸上養殖ではトップシェアを目指していきたい」と語り、将来的には海外への輸出や、海外拠点の設置も有り得るとした。
出典:記者会見資料より引用
品種改良した魚を陸上養殖で生産するメリットは大きい。
例えば、リージョナルフィッシュが既に開発している「高成長トラフグ」であれば、成長が早い分、飼料効率が4割改善される。育てる期間が短くなれば、その分設備を稼働するコストも少なく済む。陸上養殖という管理された環境で育成することで、寄生虫やマイクロプラスチックなどの影響もコントロールすることができ、「安全、安心な魚介類を生産することができます」(新会社・久住代表)という。
陸上養殖にはどうしてもコストがかかる。だからこそ、こういった付加価値によって差別化が図れるわけだ。
CO2を吸収する藻類で、海の脱炭素化を
NTTは、日本の商用消費電力の約1%を消費している企業だ。だからこそ、通信会社でありながら、さまざまな観点からCO2排出量を削減する技術開発に力を注いできた。その一つが、今回新会社のもう一つの事業として生産・販売を狙う「CO2をより吸収する藻類」の開発だった。藻類は光合成によってCO2を吸収する。NTTでは、この機能を強化したり、大量培養したりする研究開発を進めてきた。この「生産・販売」についても、2023年度中には着手したいと久住代表は語る。
新会社では、品種改良した藻類を使って大量のCO2を吸収(固定)した上で、この藻類を陸上養殖で飼育する魚介類の飼料として活用。最終的に、藻類が吸収したCO2を魚介類の身や骨、貝殻などに固定することを狙う。
陸上養殖のシステムには、NTTの強みであるAIやIoT技術も活用する。こういったサステナブルな陸上養殖システムそのものを、他の陸上養殖事業者や自治体などに販売・提供する事業も、3〜5年以内にはスタートしていきたい考えだ。
「(陸上養殖を)パッケージにして、都市部だけではなくいろいろな地域にプラントを建設していきたいと考えています。
地元でブランド魚を作り、プラントや併設する加工場を作ることで雇用を創出したり、それを食べていただいたり、地域の税収に貢献したり。脱炭素やCO2抑制にもつながる。陸上養殖を軸に、地域の活性化につなげていきたい」(久住代表)
また、藻類の生産・販売事業は、魚介類の飼料としての可能性だけではなく、農業用の肥料への転用や、化粧品やジェット燃料の素材など、他の市場への発展性も見据えた事業だと久住代表は語る。Business Insider Japanは、久住代表に藻類が吸収したCO2を昨今日本で盛り上がり始めている「カーボンクレジット市場」で取引する可能性について質問すると、
「もちろん意識しています。(削減したCO2のクレジットを販売するだけではなく、)NTTグループで取引市場(を運営する)のところも検討しています。NTTグループ全体で検討していきたいと思っています」
と回答があった。