今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
いまや製造業もデータ活用がモノを言う時代。「データを生かす」というとPOSデータなどが連想されますが、実はそれ以上に注目すべきは、テスラのようにプロダクトそのものにセンサーを搭載してデータをとれる企業です。その意味で有望な企業が日本にはたくさんある、と入山先生。特に注目している「データ活用の御三家」とは?
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トマトジュースにセンサーは付けられない
こんにちは、入山章栄です。
この連載の第145回で、「テスラの本当の強みは車の性能もさることながら、インターネットでクルマを売っているので顧客データを掌握していることだ」という話をしました。今回はそれに関連した話題です。
BIJ編集部・野田
先生は以前、「テスラの強さの秘訣はユーザーのデータをとっていることだ」とおっしゃっていました。購入時のデータだけでなく、テスラ車にはコンピュータが搭載されているので、何時から何時まで何時間運転したかとか、どれくらいスピードを出したか、どの道を通ったか、何回ブレーキを踏んだかなどを逐一知ることができるんだと。
メーカーがこういうビッグデータを分析すればものづくりに生かすことができますが、日本にも同じようなことをしているメーカーはありますか? 顧客データを活用するメーカーといえばカゴメが有名ですが、ほかにも入山先生が注目している会社があれば教えてください。
いまは製造業がデータを生かすのが大事な時代で、カゴメはそのお手本のような会社ですね。しかしカゴメのようないわゆるFMCG(Fast Moving Consumer Goods:消費者向けの低価格な日常品)系の商品は、モノに直接センサーをつけてデータをとるのが難しい。
つまりカゴメは自社のトマトジュースやケチャップそのものにセンサーを入れてデータをとっているわけではない。あくまでもPOSデータやアンケートなどを通じて購読行動を調べてデータを解析しているわけです。
BIJ編集部・野田
トマトジュースにセンサーを埋め込むのは無理ですもんね……(笑)。
仮にパッケージにセンサーをつけたとしても、お客さんは飲み終わったら捨ててしまいますからね。だからユーザーに消費行動をアプリに入力してもらったりしていますが、お客さんは面倒くさいからまずやらない。これがFMCG系を取り扱う企業の課題です。
それに対して僕が個人的に「これは日本の強みだ」と思って注目しているのは、商品そのものからデータをとる、テスラのような会社です。つまり自分たちの提供するプロダクトそのものにセンサーを搭載できるような機械をつくっている会社。それで勝利を収めた会社が日本にもすでに存在するんですよ。それがコマツ(小松製作所)です。
BIJ編集部・野田
コマツですか。建機の会社ですよね。
そうです。コマツは「スマートコンストラクション」という仕組みをいち早くつくって、世界中からリアルタイムで建機の稼働データを集めています。「今日は何時から何時までブルドーザーが稼働した」というような情報が即座に入ってきますから、そのデータを分析すれば、「この国ではビルの建設工事が増えているから、これからますます経済が発展するだろう」というような予測も立てられるし、工期の管理なども可能です。
同じように自社のプロダクトにセンサーをつけてデータをとることができるのが、工作機械です。それですでに勝ち始めている会社が、DMG森精機。
BIJ編集部・野田
DMG森精機?
もとは森精機という社名でしたが、ドイツのDMGという会社を買収してこの社名になりました。旋盤など金属加工をするマシンを工作機械といいますが、これをつくる会社で、実にすごい会社ですよ。
工作機械はかなりコンピュータで制御する部分が多い。そこにセンサーを入れてIoTで情報を拾うと、最適なものづくりができるわけです。
データの活用というと、消費者の購買行動だけを想定しがちです。しかし実はそこでは正確なデータがとりづらい。日本が強いのは機械ですし、しかも機械はマシンにセンサーをつけるのが簡単で、購入してから何年も使うので、顧客がそれをどう使うのかというデータをとることで、既存の製品の改良や新製品の開発が容易になる。だから僕は日本の機械メーカーに非常に期待しているんです。
データ活用の御三家、残る1社は?
BIJ編集部・常盤
ということは、洗濯機や冷蔵庫など、家庭用電化製品にもセンサーをつけられるのでは?
冷蔵庫や洗濯機などのいわゆる白物家電にもその可能性はあります。一番分かりかりやすいIoTの活用事例が冷蔵庫ですね。冷蔵庫の庫内のカメラで冷蔵庫の中を写真に撮ってスマホに送れば、出先でも冷蔵庫の中にある食材が分かるとか、「ジャガイモとニンジンがあるから、あとは牛肉を買えばシチューがつくれますよ」とメニューを提案するなどの機能を持たせるアイデアは以前からありますね。
BIJ編集部・常盤
先生はそういう冷蔵庫があったら便利だと思うタイプですか?
思わないかもしれませんね(笑)。たぶんわれわれは意外と日常生活をIoTに邪魔されたくないんですよ。だからIoTは、BtoBの部分とか、普段あまり意識しないけれど勝手にいい塩梅にしてくれると助かるな、というところで価値が出るはずです。そういう意味で、僕が3社目に名前を挙げたいのがダイキンです。
BIJ編集部・野田
空調の会社ですね。
ご存じのようにダイキンはコマツと並ぶスーパー・グローバル企業です。ダイキンが扱っているのは「空気」。これほどふだん意識しないものはないでしょう。でも空気清浄機や冷暖房の機械にセンサーが入って、デジタル解析で最適な温度調整をしてくれれば、こんなにありがたいものはない。
BIJ編集部・野田
人がいるところだけ集中的に冷暖房を強めたりできるわけですね。
そうです。ダイキンは自分たちを「空気をつくる会社」だと言っています。コロナ禍で明らかになったように、これから空気清浄は室温の管理以上に重要になってくるでしょう。
というわけでわれわれは「デジタルセンサーの活用」というと、ソニー・キリン・サントリーのような華やかな会社を連想しますが、違うんですよ。コマツ・ダイキン・DMG森精機です。
まだまだある、これから成長が期待できる4社
ここからは僕の個人的な考えですが、さらに渋いBtoB系のメーカーで、期待できるところはまだまだあります。でかいマシンにセンサーをつけることで、購入時の一回きりでなく、お客さんが繰り返して使う情報を手に入れてデジタルで解析してものづくりに生かすことができる。この条件を満たす会社が、ずばり、ダイフクです。
BIJ編集部・常盤
ダイフク?
ご存じない? 工場のベルトコンベアなどをつくっている会社ですよ。マテリアル・ハンドリングといって、ものを動かすものをつくるのが得意で、日本中のメジャーな工場ではほとんどダイフクの機械を使っています。そこがIoT化できたらもう向かうところ敵なしでしょうね。
そしてもっとマニアックなところで言えば、ホシザキ。あとはロボット技術のファナックや安川電機も期待しています。
BIJ編集部・野田
ホシザキは知っています。プロ用の冷凍庫とか厨房施設をつくっている会社ですね。
そうです。レストランやスーパーマーケットの厨房の温度管理やさまざまな制御をデジタル化したら強いでしょうね。
いま名前を挙げたような会社は、これから自社の価値を世界中のお客さんに理解してもらう必要があるので、営業が大事なんです。もちろんコマツやダイキンは営業も強いですが、それ以外はBtoB企業ということもあって、まだ営業が弱い。
こんなにいい会社があるということを知ってもらうためにも、ぜひBusiness Insider Japanで「渋いけどこれから伸びる会社」を特集してみてください。
BIJ編集部・常盤
その際はぜひ工場見学に行きたいと思います!
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。