今や世界的潮流となっているカーボンニュートラル。業種・業態を問わず、避けて通ることができない経営課題として捉えている企業は少なくないだろう。IT業界もその類に漏れない。AIやブロックチェーン技術の導入やデータ量増大に伴うデータセンター稼働などによる電力消費量の増加はCO2排出と密接に関係しているからだ。
しかし、直接、CO2を排出していないIT業界では、まだまだ対応が後手に回っているケースも散見される。そんななか、いち早くカーボンニュートラルに取り組むIT企業の一つが東京通信グループだ。
「世界を代表するデジタルビジネス・コングロマリット」という目標を掲げて、ビジョンである「Digital Well-Being」の実現を目指す東京通信グループ。2020年12月には東京証券取引所マザーズ市場(現グロース市場)に上場を果たし、スマートフォンゲームアプリDL数No.1も記録した企業だ。
そんな彼らが考えるカーボンニュートラルとは、どのようなものなのか。代表取締役CEOの古屋佑樹氏と取締役CFOの赤堀政彦氏が、炭素会計のSaaSを提供するパーセフォニで日本のカントリーマネージャーを務める三浦健人氏と意見を交わした。
※「モバイル市場年鑑2023」の2022年のゲームダウンロード数ランキング(日本市場)で第1位を獲得
Digital Well-Beingを実現するためにカーボンニュートラルと向き合う
2023年4月に持株会社へと移行し、新たなスタートを切った東京通信グループ。無料ゲームなどのアプリ配信による広告収益をコア事業に、新たな事業創造やM&Aにより事業ポートフォリオを拡大し、デジタルビジネス・コングロマリットへと邁進している。その過程で避けて通れないのが、カーボンニュートラルへの取り組みだ。
CEOの古屋氏は、「これまでは事業にばかり注力して、環境へのアプローチが少なかった」と率直に振り返る。その上で、これから見据える未来についてこう続けた。
古屋佑樹(ふるや・ゆうき)氏/東京通信グループ 代表取締役社長CEO。2009年4月 シーエー・モバイル(現CAM)入社。スマートフォン向けアプリケーションの開発・運用を主な目的として2015年5月に東京通信を設立。5年で東京証券取引所マザーズ市場に上場。広告マネタイズやマーケティング戦略を得意とし、国内、海外問わず数々のヒットゲームアプリを生み出す。
「東京通信グループのビジョンは『Digital Well-Being』。人々の心を豊かにするサービスを創造し続ける事業を営み、事業を通じて社会課題を解決することを目指しています。その目的を達成するためには、サスティナビリティへの取り組みが必要だと考えました。カーボンニュートラルはその第一歩です。これからも事業拡大のために、独自性を持ったチャレンジを計画していますが、そのチャレンジにもサスティナビリティ、カーボンニュートラルを連動させていきたいと思います」(古屋氏)
東京通信グループが踏み出したカーボンニュートラルへの取り組み。そのパートナーとして選んだのがパーセフォニである。
パーセフォニは、気候変動のリスク管理やGHG(温室効果ガス)排出量を計測・開示する炭素会計のプラットフォームを提供するスタートアップだ。デジタルテクノロジーを駆使することで企業や金融機関の脱炭素をサポートし、持続可能なビジネスをバックアップしている。
三浦健人(みうら・けんと)氏/パーセフォニ・ジャパン カントリーマネージャー。2022年5月、Persefoni(パーセフォニ)に日本法人代表として入社。パーセフォニ入社前は、Apple, Microsoft, Dell, NTTといったIT企業で25年超のキャリアを積む。Appleでは、Apple Pay Japan & Korea 総責任者、iPhone Japan 総責任者などを歴任。
「パーセフォニのプラットフォームは、炭素分野のERP(統合基幹業務システム)ともいえます」と語るのは、パーセフォニの日本カントリーマネージャーを務める三浦氏。炭素管理の一元化を実現し、企業は従来の財務会計と同様の厳密さと信頼性をもって、炭素会計やGHG報告などを進めることができるという。
「具体的には、企業のGHG排出量を測定、算出して見える化を行い、その結果を分析し第三者へ報告したり、削減のための戦略を策定したりします。この一連の作業をテクノロジーで自動化・効率化し、SaaSとして提供。企業はカーボンフリーに取り組む労力が軽減され、本来の事業に注力できるようになります」(三浦氏)
2020年1月、アメリカで創業したパーセフォニは、すでに約1億4900万ドル(約207億円)をコンサルティング企業や金融機関から調達しており、気候変動をテクノロジーで解決しようと試みるクライメートテックのリーディングカンパニーだ。その成長の理由を三浦氏はこう語る。
「ひとつは、気候変動やサステナビリティに関する有識者や専門家を有していること。影響力のある国際環境NGOであるCDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)やSASB(米国サステナビリティ会計基準審議会)、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)などの創設者をはじめ、気候、サステナビリティ、開示報告分野の第一人者が揃っています。もうひとつは、調達した資金の半分以上をエンジニアやプロダクトに投資することにより、非常に使いやすいソフトウェアで高いカスタマーエクスペリエンスを実現していること。これらの理由から、日米欧で高い評価を得ています」(三浦氏)
東京通信グループがパーセフォニをパートナーに選んだのも、この実績と信頼性の高さにあるという。
他人事ではないIT業界のカーボンニュートラル
さまざまな業種・業態の顧客を持つパーセフォニ。その経験から三浦氏は「比較的、取り組みが進んでいる製造業やエネルギー業などと比較すると、IT業界の取り組みは、まだそれほどではない」と指摘する。
「一般論ですが、製造業やエネルギー業は直接、CO2を排出するので経営陣に緊迫感があります。一方、IT業界は一歩遅れていた印象です。大手IT企業はエネルギー効率向上、再生可能エネルギー利用、グリーンデータセンター構築、ビジネスプロセス最適化などを進めていますが、成長過程にあるベンチャー企業などは、そこまで手が回っていないケースも少なくありません」(三浦氏)
しかし、今後はIT業界もカーボンニュートラルの取り組みからは逃れられない。世界の潮流は、自社の事業が直接排出するCO2だけでなく、サプライチェーンである取引先や投資先も含めたCO2排出量を算定して、責任を持って削減する流れに傾きつつある。三浦氏は「現在は欧米が先をいっていますが、今年から来年にかけて、日本、アジア全体も追いついていくと予想されています」と語る。
さらに、IT業界ではカーボンニュートラルに立ちはだかる大きな壁がある。それが、ビッグデータの解析や大量のデータを保存するデータセンターの存在、そして、AIやメタバースの活用によるエネルギー消費増加やサプライチェーンの持続可能性だ。これらは、さらなる事業拡大や外部連携を視野に入れる東京通信グループにも共通する課題である。CFOの赤堀氏は、カーボンニュートラルへの取り組みは非常に重要な経営課題と捉えている。
赤堀政彦(あかほり・まさひこ)氏/東京通信グループ 取締役CFO。2009年4月、シーエー・モバイル(現CAM)において、企業投資や業務提携に従事。その後、投資会社にて企業投資や投資先への常勤経営参画による経営再建に貢献し、コンサルティングファームでは経営企画部長を務める。グローバルウェイの取締役を経て、2022年3月に東京通信に入社、同年7月に取締役CFO就任。
「CO2排出量を始めとしたサステナビリティへの配慮は、外部企業と連携するにあたり重要視される項目です。今後、東京通信のビジネスが拡大する過程で、国内外のさまざまな企業とのお付き合いが出てくるでしょう。そのときにビジネスの足枷になるリスクは避けたい。また、環境、社会、コーポレートガバナンスへの対応を投資判断に組み込むESG投資が存在感を持つ今、資金調達の面においてもサステナビリティ、カーボンニュートラルには取り組んでいきたいと考えます」(赤堀氏)
東京通信が考えるパーセフォニのソリューション活用
まず取り組むのは、CO2排出量の可視化だ。その上で、カーボンニュートラルに向けて、社員への啓蒙も含め中長期的に取り組んでいきたいという赤堀氏。もちろん、楽観視はしていない。
「グループ企業を含めたサプライチェーン全体でのCO2排出量などを把握するのは、簡単ではありません。消費電力量に起因するCO2排出量などは分かりやすいのですが、社員が通勤する交通機関の使用もCO2排出量に含まれます。この辺りはパーセフォニさんにも教えてもらいながら、自分たちの企業活動がCO2排出にどういった影響を与えているのを見極めていきたいと思います」(赤堀氏)
古屋氏は、直接的ではない視点で、CO2排出量を可視化する意義を語る。
「我々は、製造業やエネルギー業のように、直接CO2を出してはいません。しかし、現代社会でビジネスを行えば、どうしても間接的にCO2を出してしまいます。CO2排出量の可視化によって、そういった悪影響のもとにビジネスが成り立っていると自覚するのも重要です。それがビジネスの選択や決断に、いい影響を生み出すのではないでしょうか。微々たることかもしれませんが、それも我々が社会に対してできることのひとつだと思います」(古屋氏)
社会の公器としてカーボンニュートラルへの社会的責任を果たす
東京通信グループは、将来的にScope3(取引先、投資先などを含めた事業活動全てにおけるCO2排出量)も見据えているという。三浦氏はその姿勢を「非常に進んでいて素晴らしい」と評価する。
「改訂コーポレートガバナンスコードにより、東証プライム市場に上場する企業には、地球温暖化による経営リスクや環境対策を開示する義務があります。しかし、東京通信グループは東証グロース市場への上場なので対象外であり、かつ、カーボンフリーに積極的な企業が多くないIT業界。その状況でScope3を見据えているのは、かなり先進的です。実際、グロース段階のIT企業に東京通信グループの話をすると、みなさん興味を持たれます。これから、東京通信グループが事業を拡大するうえで、パーセフォニも専門的なアドバイスでサポートしていきたいと思います」(三浦氏)
赤堀氏は、今後、増えていく投資案件でもパーセフォニに期待を寄せ、「投資先のカーボンニュートラルへの取り組みを確認するなど、モニタリングでも協力してもらう可能性もある」と語る。そして、古屋氏は「大企業ではなく、成長段階のIT企業としてどこまできるのかチャレンジしていきたい」と意気込む。
「我々は東証グロース市場に上場しており、利益を追求することや株価向上を求められています。その一方で、社会の公器という自負もある。世の中に受け入れられる必要があり、サステナビリティやカーボンニュートラルといった社会的責任を幅広く求められます。それに応えることで、経済・社会に正しく評価されることにつながり、結果として個人株主・機関投資家に注目される重要な要素になっていくでしょう」(赤堀氏)
「今回の取り組みによって、我々がIT業界のカーボンニュートラルをけん引するとまでは言いません。しかし、成長企業がいち早く導入したという事実は残るはず。それを知ってもらうことで、同じ規模の他社が踏み出すきっかけになるとうれしいですね。そういった意味では、正しい第一歩を踏み出せたと思っています」(古屋氏)
サステナビリティやカーボンニュートラルは、企業のブランディング戦略にも直結する。グリーン電力を利用した店舗運営を掲げるコンビニエンスストア、カーボンニュートラルで環境に優しいペットボトル、開発途上国の生産者が栽培した原料や製品を適正な価格で継続的に取引するフェアトレード商品などは、その一例だ。
今後は、IT業界でも、どれだけ環境に配慮し、社会的責任を果たしているかが、顧客に選ばれる重要な指標になるだろう。最初は、使用電力を削減したり、PCなどの償却品はできるだけカーボンニュートラルな製品を選んだりと、地道な取り組みから始まるかもしれない。しかし、小さなことには意味がないと考えて、何にも取り組まないのが最も悪手だ。成長企業である東京通信グループがいち早くカーボンニュートラルに取り組み、その一歩がどういった影響を与えていくのか、注目していきたい。