145万年前の脛骨。拡大写真を見ると、骨に達する切り傷があるのがわかる。
Jennifer Clark
- 現生人類の祖先にあたるヒト属の骨に、石器によるものとみられる切り傷が発見された。
- この傷が付いていた位置から、死体から食用目的で肉が切り取られた可能性があることがわかった。
- この研究を主導した古人類学者のブリアナ・ポビナーはInsiderの取材に対し、発見時には「とてつもない衝撃を受けた」とコメントした。
ホモ・サピエンス(現生人類)の先祖にあたるヒト属のすねの骨についた、石器によるとみられる9つの傷から、初期の人類が仲間の死体から肉を切り取り、同族の肉を食べる人肉食の習慣があった可能性が浮上した。
研究者チームは、145万年前の人骨についていた傷を分析し、学術誌「Scientific Reports」に2023年6月26日付けで論文を発表した。
「私の最初の反応は『そんなことが?!』だった」と、論文の筆頭著者であるスミソニアン国立自然史博物館の古人類学者ブリアナ・ポビナー(Briana Pobiner)は、Insiderの取材に対して語った。
「とてつもない衝撃を受けた。このようなタイプの傷が見つかるとは、まったく予想外だった」
ポビナーが、化石化した初期人類の脛骨(けいこつ、すねの内側の太い骨)を調べた当初の目的は、肉食動物が残した噛み跡を探すことだった。この人骨は、ケニア国立博物館のナイロビ国立博物館コレクションに所蔵されているものだ。
この脛骨は、古人類学者のメアリー・リーキーによって1970年にケニアで発見されたものだ。一緒に他の体の骨や頭蓋骨が発見されていないため、この骨がヒト属のどの種に属するのか、正確なところを特定するのは不可能だ。
確かに、ネコ科の大型哺乳類(サーベル状の剣歯を持っていた可能性がある)の噛み跡も2つ見つかったが、それ以外の9つの切り傷は、ヒトやその先祖の狩りの対象となり、食料にされたとみられる動物の化石に見つかる、肉を切り取った際にできる骨の傷との類似性がより高かった。
これらの切り傷と動物の噛み跡は重なっていなかったため、ヒト科の個体と、ネコ科の大型哺乳類のどちらが先にこの骨に傷をつけたのかははっきりしない。
噛み傷、石器による切り傷、踏みつけによる傷を区別する
これらの傷は一列に並んでいて、大きさや形も似通っていた。ここから、この傷が動物に噛まれてできた傷ではないということが示唆される。動物に噛まれた場合は、弧を描くように噛み跡が並び、大きさも一様ではないという。
これらの傷はまた、「より深いものが多く、傷の底の部分はV字型になっていた。これは、この傷ができる原因となった道具に、鋭い刃がついていたからだ」とポビナーは分析した。
アンテロープの骨の化石(aとb)、および別の哺乳類の骨(c)。今回のヒト属個体の脛骨に付いていたのとよく似た切り傷が認められる。
Briana Pobiner
このような切り傷をつくるには、石器時代のヒト属、すなわち現生人類の系譜に連なる古代人類が、フリント(火打石)石器の刃物を使った可能性がある。古代人類はこれらの道具を作る際に、岩を用いて別の岩を割り、鋭い刃を持つ石の破片を作り出していた。
このような切り傷の原因としては、石器時代のヒト属、すなわち現生人類の系譜に連なる古代人類が、フリント(火打石)石器の刃物を使った可能性がある。古代人類はこれらの道具を作る際に、岩を用いて別の岩を割り、鋭い刃を持つ石の破片を作り出していた。
ポビナーは、この骨についた傷からとった型を、今回の論文の共著者であるコロラド州立大学の古人類学者マイケル・パンテ(Michael Pante)に送付した。パンテは、この型のスキャン画像30枚を使い、切り傷の形を、他の傷跡を記録したデータベースに照らし合わせて比較した。
このデータベースには、石器による殴打や、ワニおよび哺乳類の噛み跡、牛による踏みつけ、金床やハンマーの石で誤って殴打してしまった際の打撲などのケースが収められている。
分析の結果、今回の骨についていた傷のうちほぼすべてが、かなり高い確度で、刃物によって切りつけられた跡に分類されることがわかったと、ポビナーは述べた。
「共食い」の事実はあったのか
この骨に残されていた11の傷のうち、2つ(写真の5番と6番)は動物の噛み跡であることが判明し、残り9つが刃物の傷と特定された。
Jennifer Clark
ポビナーによると、死体の肉を切り取る、バラバラに解体する、そして皮を剥ぐ行為はすべて、骨から肉を取り外すための手段だが、目的はそれぞれ異なるという。
皮剥ぎは通常、さらなる解体の準備作業として行われる。肉を切り取る行為は、その肉を食べるために行われる。そして死体をバラバラに解体する行為は、仕留めた動物をそれぞれの部位に分けて持ち運ぶために行われる。
「我々研究者がこれらの傷の種類を特定するには、通常、傷がついている場所を手がかりにする」とポビナーは説明した。皮を剥いだ際にできる傷は、足首や手首につくことが多く、バラバラに解体された時の傷は関節にできるとのことだ。
今回の脛骨についた傷は、小さな筋肉が骨についているひざの裏側の部位に位置していた。「それを根拠に、これはふくらはぎの筋肉など、大きな肉の塊を切り出す行為の一環だったと、我々は解釈した」とポビナーは述べた。
ポビナーは、肉を切り取る行為が、肉を食べる目的で行われたとの確証は持てないとしながらも、儀式、あるいは埋葬を理由として行われたと考えるよりは納得がいく説明だとの見方を示した。「化石記録においては、(儀式など)象徴的な行動の証拠は、(この化石の年代の)約100万年後まで、まったく存在しない」というのだ。
また、この骨についた肉を切り取り、食べた可能性がある者が、骨の持ち主と同じ種に属していたかもはっきりしない。つまり、厳密に言うと共食いではなかった可能性もあるという。
しかし、古代のヒトが「共食い」を行っていたと考えられる事例は他にも存在する。例えば2022年に発表された別の研究で、イングランド南西部にあるゴフ洞窟(Gough's Cave)に1万5000年前に住んでいたヒトが「共食い」を行っていたとみられることが明らかになった。