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6月21日、世界経済フォーラム(WEF)が最新版の「ジェンダーギャップ報告書」を発表した。日本は前回の116位からさらに順位を落とし、対象146カ国中125位だった。
日本の場合、政治分野での女性進出(138位)と、経済分野(123位)が致命的に足を引っ張っているということはよく知られている。女性政治家の割合ではサウジアラビアにも劣り、男女の賃金格差や管理職の割合の低さが経済面のランキングを恒常的に低いものにしている。
(出所)World Economic Forum, "Global Gender Gap Report 2023, June 2023.より抜粋。
その一方で、健康と教育という指標では、日本は優等生国のひとつだ。ただよく見てみると、教育分野でも日本のランキングが下がっている。識字率や中等教育の普及率では世界1位なのだが、「Enrollment in tertiary education(大学および職業専門教育の進学率)」が105位と低く、そのせいで、このたびの教育分野の総合ランキングは47位に落ちている(前回は1位)。平成30年版の『男女共同参画白書』によると、日本の大学進学率は、男子が55.9%に対し女子が49.1%と、男子より6.8ポイント低い。
同レポートは、「我が国の女性の高等教育在学率は、他の先進国と比較して低い水準になっている。また、多くの国では、男性より女性の在学率が高くなっているが、我が国、韓国およびドイツでは男性より女性の在学率が低くなっている」としている。
(出所)内閣府 男女共同参画局"「男女共同参画白書 平成30年版」I-5-3図 をもとに編集部作成。
このグラフを見ると一目で分かることだが、日本は必ずしも大学進学率が高い方ではない。さらに、先進国で、女性の大学進学率が男性と比べてここまで低いのは日本(と韓国)ぐらいだ。オーストラリア、アメリカ、デンマーク、フィンランド、オランダ、イタリア、フランス、イギリスなど、このグラフに載っている多くの国では、今日、女性の大学進学率のほうが男性のそれよりも(しばしばかなり)高くなっている。
アメリカの大学では男性は「マイノリティ」
コロンビア大学は1754年創立と米国有数の歴史を持つ。だが男女共学になったのは1983年とごく最近のことだ。
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アメリカもそんな国の一つで、過去40年間にわたり女性の高学歴化が進み、現在、大学での男女比では女性が男性を上回っている。名門大学の多くが1960〜1970年代まで女子学生を受け入れていなかった(アイビーリーグの中で一番遅かったコロンビア大学が男女共学になったのは1983年)ことを考えると、劇的な変化だ。
2021年のウォール・ストリート・ジャーナルの記事は、2020〜2021年の学年度末の時点で、大学在校生のうち女子が占める割合が59.5%(史上最高)、男子が占める割合が40.5%であると報じている。またCNNは、男子学生は入学時点で女子学生よりも数が少ないのみならず、入学後も高い確率で中退していくと指摘している。
実は、アメリカにおける女性の高学歴化は、今に始まった話ではない。教育省のデータによると、男性がアメリカの大学における「マイノリティ」になったのは、1980年代からだ。学士号においては1982年以来、修士号においては1981年以来、男性よりも多くの女性が一貫して学位を得てきた。博士号取得者についても、2008〜2009年度以降、つまり約15年間ずっと、過半数を女性が占めている。例えば2020年にアメリカで博士号をとった約7万6000人のうち、女性は53.1%(史上最高)、男性は46.9%だった。
今後数年で男女の教育格差はさらに広がり、1人の男性が学位を取得する間に2人の女性が学位を取得することになると、先のウォール・ストリート・ジャーナルの記事は報じている。
世界の名門校で女性学長が続々誕生
2023年に入ってから、アメリカの名門大学で女性や有色人種がリーダーに抜擢されたというニュースが相次いで報じられた。
Forbesは毎年米国の大学ランキングを発表しているが、2023年に選ばれた上位20校のうち11校、つまり過半数が、今秋までに女性または有色人種のリーダーに率いられることになると報じた。11校には、マサチューセッツ工科大学(MIT)、カリフォルニア大学バークレー校、コーネル大学、ペンシルバニア大学、それに2023年7月に女性学長が就任することが決まっているハーバード大学、ダートマス大学、コロンビア大学などが含まれる。
またこれは、アイビーリーグ8校のうち実に6校(ハーバード、ブラウン、コロンビア、コーネル、ペンシルバニア、ダートマス)で女性学長を擁することを意味する。アイビーリーグ史上初めて女性が学長に選ばれたのは、1994年、ペンシルバニア大学においてだった。この30年で、ここまでガラッと変わったのだ。
このトレンドは、アメリカだけのものではない。英国の教育誌『Times Higher Education』が今年3月に発表した世界大学ランキング上位200校のうち、48校(約25%)の学長が女性だった。2018年時点では34校だったので、この5年で約4割も増加したということだ。
しかもこの夏以降は、世界最上位にランクされた5校のうち4校(オックスフォード、ハーバード、ケンブリッジ、MIT)において女性が学長を務めることになる。女性がこれほど世界の名門大学のトップを占めたことはこれまでなかった。
(出所)筆者、編集部作成
ただ、これは比較的最近の話だ。アメリカでも欧州でも、高等教育、とくにエリート校におけるリーダーのポジションは、歴史的に白人男性が独占してきた。
トップ校において初の女性学長が誕生した年を見てみると、
- ケンブリッジ大学(1284年創立):2003年
- MIT(1865年創立):2004年
- ハーバード大学(1636年創立):2007年
- オックスフォード大学(1096年創立):2016年
と、すべて過去20年以内の話だ。どの学校においても、創立から何百年もの間、ひたすら男性が学長だったのが、ここへきて明らかに変化してきているのだ。
ハーバード400年の歴史で初の黒人女性学長
ハーバード大学の新学長に就任するクローディン・ゲイ。
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ハーバード大学が、初の女性学長としてドリュー・ギルピン・ファウスト(歴史学者)を迎えたのは2007年のことだった。ファウストは、ハーバード370年の歴史上で初の女性学長ということに加え、「女性は、先天的に数学と科学が苦手だ」という発言で大論争を巻き起こし、辞任に追い込まれたラリー・サマーズの後任であったため、特に注目された。
2023年7月1日、そのハーバード大学に、30代目の学長、史上2人目の女性学長が就任する。クローディン・ゲイ(政治学者)は、同大学史上初めての黒人の学長、しかもまだ50代ということで、1月にこの人事が発表されたときには大変話題になった。
ハイチ系移民を親に持つゲイは、スタンフォード大学で学士号、ハーバード大学で博士号を取得。政治参加や投票行動、世論、人種・民族性についての研究で知られ、2008年以来ハーバードの教員を務めてきた。
指名が発表されたイベントで彼女は、これまでの道のりを振り返り、次のように述べている。
「私の両親はハイチからの移民です。彼らはほとんど何も持たずにアメリカに渡り、子どもを育てながら大学に行きました。母は看護師になり、父はエンジニアになりました。彼らのキャリアを可能にしてくれたのは、ニューヨークのシティ・カレッジでした。大学に進むことは、常に私に期待されていることでした。私の両親は、教育がすべての扉を開くと信じていたからです」
2017年のアメリカ教育評議会のレポートによると、大学の学長のうち有色人種は17%、有色人種の女性に至ってはたったの5%であるという。今日のアメリカでは、博士号取得者の約20%が有色人種の女性であるにもかかわらず、だ。
ハーバード大学は、近年、人種問題でしばしば話題になってきた。一つは奴隷制度との関わりだ。マサチューセッツ州で奴隷制度が非合法となる18世紀末まで、奴隷制度に直接加担していたということを認め、2022年に「奴隷制度遺産基金(Legacy of Slavery Fund)」設立に向けて大学基金1億ドル(約140億円、1ドル=140円換算)を拠出することを発表した。
また、アジア系米国人の入学志願者に対し差別的待遇をしていると訴えられ、この訴訟が連邦最高裁で審理されている最中でもある。
そのような大学、そしてアメリカの北東部エリート社会の象徴のような大学が、400年近い歴史の中で初めて黒人、しかも黒人女性を学長に任命したということは、大きなステップだ。新学長がハーバードをよりオープンで多様性ある場所に変えていけるのか、それとも単なるシンボルで終わってしまうのか、今後も大いに注目されることだろう。
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ニューヨークにある2つの大きな大学も、同時に女性の学長を迎える。
コロンビア大学には、今年7月、ネマト・シャフィク(経済学者)が学長に就任する。1754年の創立以来、初の女性学長だ。彼女もまた有色人種かつ移民(エジプト出身)だ。オックスフォード大で博士号を取得、世界銀行、国際通貨基金(IMF)、イングランド銀行副総裁などを務め、ペンシルバニア大学のウォートンスクール、ジョージタウン大学などで教鞭をとった経験も持つ。2017年からは英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの学長を務めた。
ニューヨーク大学(NYU)も、192年の歴史で初めて女性学長を選んだ。リンダ・ミルズは、ドメスティック・バイオレンス、公共政策の専門家で、1999年からNYUに属し、長年理事を務めてきた。同大学の「暴力と回復センター(Center on Violence and Recovery)」を設立した人物でもある。
と、アメリカの有力大学においては、急速に変化が起きている感じがするのだが、Eos Foundationによる2022年のレポート「The Women’s Power Gap at Elite Universities: Scaling the Ivory Tower(エリート大学における女性のパワーギャップ:象牙の塔をよじ登ること)」は、それらの変化と共に、まだまだ努力が必要な部分についても指摘している。例えば——
- アメリカの主要な大学130校では、トップの地位を占める女性は22%に過ぎない。
- これら130校のうち、約半数にあたる60校では、女性が学長になった例がゼロである。
- ジェンダーギャップは理事会にも見られる。大学理事会に占める女性の割合は30%(白人22%、ヒスパニック1%、アジア系2%、黒人5%)。理事長の割合は26%(白人21%、ヒスパニック1%、アジア系1%、黒人3%)。
- 博士号取得者の過半数が女性という状態が10年以上続いていることを考えると、教育機関のリーダーシップにおけるジェンダーギャップは、「人材不足」のせいとは考えにくい。実際、学長など組織のトップには女性が相変わらず少ないものの、その一段階下のレベルでは多くの女性が活躍していることがデータからも明らかになっている。
今の日本は30年前のアメリカと同じ
では、日本の大学ではどうなっているのだろう。2023年2月の日刊工業新聞によれば、日本の国公私立大学長782人のうち、女性は約14%の109人だという。2021年12月の朝日新聞の記事も、「国内の約800大学のうち、女性学長は13%」としており、「米国の30%、EUの平均22%に比べても、目立って低い」と指摘している。
私は、この数字を見たとき、「109人もいるの?」と思った。13%は割合としてはかなり少ないが、正直、もっと少ないような気がしていた。田中優子・前法政大総長、林真理子・日本大学理事長、植木朝子・同志社大学学長など、メディアで取り上げられる方たちは頭に浮かぶが、それ以外すぐには頭に浮かばない。
2020年3月15日付の毎日新聞の記事が詳しく解説しているので抜粋する。
「4年制大学の女性学長は国立が86人中4人、公立が93人中19人、私立が607校中72人で、合計すると786校中95人でわずか12%だ。
中でも国立大は少なく、5%に満たなかった。国立大で現在、女性がトップを務めるのは愛知教育大学・後藤ひとみ氏、お茶の水女子大・室伏きみ子氏、総合研究大学院大・長谷川眞理子氏、東京外国語大・林佳世子氏の4人。国立大に初めて女性学長が誕生したのは1997年の奈良女子大(丹羽雅子氏)で、これまでに累計11人しかおらず、総合大学のトップはまだ出ていない。
公立大の女性学長比率は20.4%だが、女性教員が多い看護・福祉系の学部が中心の大学が多いこととも関係がある」
では、上位にランキングされるような有力大学のリーダーには、どのくらい女性がいるのだろうか。
前述のTimes High Educationによる世界大学ランキング上位200校には、日本からは東京大学(39位)と京都大学(68位)が入っている。いずれの学校においても、女性の学長はこれまでゼロだ。
Forbesによれば、このランキングに入っている200校の拠点27カ国・地域のうち、約半数にあたる12カ国・地域では、選ばれたいずれの大学においても女性がトップに就いていないという。日本もそのような12カ国の一つというわけだ。
1994年、ペンシルバニア大学がアイビーリーグ校として初めて女性を学長に指名した頃、アメリカの大学において女性学長が占める割合は12%だった。今の日本とだいたい同じということだ。
この30年間で、大学のキャンパスは様変わりした。女子学生が多数派となり、リーダーシップに女性や有色人種が倍増した。では、日本は30年後に、今日のアメリカくらいまでは変化を遂げられているだろうか?
アメリカの現状もまだ道半ばにすぎない。学士号、修士号、博士号すべてにおいて女性の方が男性よりも多く、それがこれだけ常態化しているのなら、大学のリーダーシップの男女比もそれを反映するのが当然だろうが、これまで述べてきた通り、そうなってはいない。高学歴の女性は増える一方なのだから、「女性の人材がいなくて」という言い訳は通用しない。であれば、そこには何らかの構造的、かつおそらく無意識的に生み出されているバリアがあるのだ。
故ルース・ベイダー・ギンズバーグ米連邦最高裁判事は、「女性の最高裁判事が何人になったら、十分だと思いますか?」と訊ねられたとき「9人」と答えた。「9人全員ですか?」と問われると、彼女は、「だって建国以来ずっと判事が全員男性でも、誰もおかしいと思わなかったわけですよね」と言ったという。別にそんなにラディカルなアイデアではないでしょう、と。
大学のリーダーシップについても同じことが言えそうだ。今まで何百年もの間、すべての学長が白人男性でも誰もおかしいと思わなかった。全員が女性学長でも誰もおかしいと思わなくなったら、その時初めて、男女が本当に平等になったと言えるのかもしれない。
【7月2日22:00追記】
アメリカ連邦最高裁は6月29日、ハーバード大学とノースカロライナ大学を被告とした訴訟に判決を下し、「人種を考慮した入学選考は違憲である」と判断した。「アファーマティブ・アクション」(積極的差別是正措置)は、1960年代以降、アメリカの入試や雇用において広く取り入れられてきた手法で、被差別者に機会を与え、多様性を確保する手段として、マイノリティーを選考で優遇するもの。この判決は上記2校以外の多くの教育機関にも影響を及ぼすことが必至で、さっそく論争の的になっている。
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパンを設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。株式会社サイボウズ社外取締役。Twitterは YukoWatanabe @ywny