撮影:Business Insider Japan
大企業のChatGPT導入の先頭を走る企業の1つパナソニック コネクトの「社内AI活用」がさらに一段加速する。
パナソニック コネクトは、生成系AIのChatGPTをベースにしたAIアシスタントサービス「ConnectAI(旧ConnectGPT)」を自社社員向けに提供しているが、この3カ月で一定の成果が得られたことから、今後「自社特化AI」の開発を進め、業務利用を拡大する。
自社特化AIの開発は、この6月からスタートしており、9月には全社員を対象に試験運用を開始する計画だ。
当初は公開情報のみを用いて試験運用を行い、カスタマーサポートにおける回答などで業務改善・効率化につなげていきたい考えだ。
背景には、2月から導入を進めたConnectAIが社員に一定定着し、想定の5倍以上となる「1日5000回以上」の利用があり、しかも継続的に多く利用されているという実態があるためだ。社員の間で幅広く活用されていることが明らかになったことから、一段踏み込んだ生成AI活用に舵を切った形だ。
最終的には個人特化AIにまで進化させる。
出典:パナソニックコネクト
3カ月で「26万回利用」パナソニックCの社内AIの成否は
パナソニック コネクトは、2022年10月からAIを活用した業務改善の取り組みを開始。まだChatGPTが話題になる前で、早い段階からプロジェクトをスタートしていた。
同社では、「失敗もOK、早くやることが正義」(同社執行役員アソシエイト・ヴァイス・プレジデントCIO兼IT・デジタル推進本部マネージングダイレクター河野昭彦氏)というスタンスで「Connect AI」導入を進めた。
(編注:導入1カ月の状況はこちらの取材記事で掘り下げている)
同社執行役員アソシエイト・ヴァイス・プレジデントCIO兼IT・デジタル推進本部マネージングダイレクター河野昭彦氏。
撮影:小山安博
2023年2月17日には国内全社員1万3400人に対してGPT-3.5を展開。3月に入ってChatGPT、4月にはGPT-4での提供も開始した。
Connect AI導入の時間軸。GPT-3.5でスタートし、順次進化させてきた。
出典:パナソニックコネクト
このプロジェクトの目的は3つ。
- 業務生産性向上
- 社員のAI活用スキルの向上
- シャドーAI利用リスクの軽減
—— というものになる。
(1)では、大規模言語モデルを活用した生成系AIは、定型業務だけでなく非定型業務でも広範囲に活用可能だと想定。
例えば資料作成業務では、これまで情報収集、情報整理、ドラフト作成、仕上げという4段階が人の手によって行われていたが、3段階目のドラフト作成までをAIが実施できるようになり、人間が本来やるべき創造性を働かせて成果物を仕上げることに集中できると期待した。
業務プロセスのうち、AIができることをAIに任せることで、業務改善に繋がることを期待する。
出典:パナソニックコネクト
(2)に関しては、これまでの検索エンジンを使った調べ物では単語を組み合わせたキーワードが使われたが、生成系AIでは自然言語で問い合わせることになる。
「プロンプトエンジニアリング」とも言われるが、生成系AIが適切な回答を返すためのテクニックを含めてこれまでとは異なる入力が必要になる。
同社のIT・デジタル推進本部 戦略企画部シニアマネージャー向野孔己氏は、「人間のように丁寧に頼むと期待した結果が返ってくる」と表現。この「丁寧」というのは、期待していることや状況、なにをして欲しいかなど、一から条件を伝えて求める成果物を明確に伝えることだという。
同社IT・デジタル推進本部 戦略企画部シニアマネージャー向野孔己氏。
撮影:小山安博
「丁寧な言葉遣い」という意味ではなく、新人へ依頼するように明確に目的を伝えることが必要。
出典:パナソニックコネクト
(3)は、これだけ生成系AIが話題になり、将来的にはビジネスでの活用が当たり前になると、今後社員のAI利用を止めるのは難しいと想定。リスクの高い社外のAIサービスを利用されるよりは、社内AIを提供して管理した方が安全と判断した。
「AIをビジネスに活用するかどうかではなく、いつから、どのようにAIを活用するか検討すべきフェーズになっている」と向野氏は言う。
2月のサービス提供開始から3カ月間の結果を見ると、社員の利用は順調で評価も高いという。当初は1日1000回の利用だと想定していたそうだが、直近3カ月の利用数は約26万回で、1日あたり5800回の利用と、想定の5倍以上となった。
Connect AIの利用データ。想定以上に使われ、継続的な利用が続いているという。
出典:パナソニックコネクト
しかも業務上必須のツールでないのにもかかわらず、社員の利用率は高い状態を維持しており、業務改善に貢献していると位置づける。
利用ごとに社員が結果を評価する仕組みも設けてあり、全期間の平均では5点満点中3.6点。当初のGPT-3.5ベースの頃は2.8点、ChatGPT導入後は3.8点と点数を伸ばし、GPT-4ベースの現在は4.1点という高評価になっている。
よく利用されているのは「質問」や「プログラミング」、「文章生成」といった業務分野で、プログラミングや翻訳の領域では特に社員評価も高かったそうだ。
社員の実際の利用ケースとそれぞれの評価。この分析もConnectAIによって効率よく集計をしたという。
出典:パナソニックコネクト
社内AI、課題とその対策は
3カ月間の利用における「不適切利用」も分析した。
ConnectAIでは、3段階のチェックを実施しており、公式のチェックツールである「モデレーションAPI」、マイクロソフトが用意しているコンテンツフィルターも使っている。さらにOpenAIは不適切な利用には回答しないようにもなっている。
不適切利用の検知プロセスは3段階。検知されたものを最後に目視確認した。
出典:パナソニックコネクト
不適切利用と検知されたのは26万回のうち84回。
出典:パナソニックコネクト
こうしたチェックによって不適切と判断された利用を目視で確認したところ、ほとんどが問題のないものだったという。
不適切として検知されたのは、「電気分野の自殺回路の意味を教えて下さい」といったものや、「寄生インピーダンスとはなんですか」、「切削加工で四角に穴を空ける方法を教えて」といった質問だった。
機械的に判定された不適切なプロンプトも一例。ほとんどが目視で不適切ではないと判断されたという。
出典:パナソニックコネクト
逆に言えばAI側がきちんと文脈と日本語を理解していないためではあるが、結果として不適切利用はほとんどなかったという。機密情報や個人情報などは、画面上で入力しないように警告を表示しており、実際にそうした利用はほとんどない、とする。
実際にあった事例としては、社内のキャリアアップに関する質問もあった。
出典:パナソニックコネクト
素材に関する質問にも適切な回答をしているとのこと。
出典:パナソニックコネクト
これはビジネスのアイデア出しでの活用例。
出典:パナソニックコネクト
社内大規模言語モデル(LLM)活用の課題と解決策
多くのメリットがあったと位置づけるConnectAIの推進のなかで、課題も出てきている。「自社固有の質問に回答できない」「回答の正確性を担保できない」「長いプロンプトの入力が手間」「最新の公開情報に回答できない」といった事柄は、ChatGPTの使用上、どうしてもつきまとう問題といえる。
見えてきた課題は4つ。その解決を目指して新たな試験運用を開始する。
出典:パナソニックコネクト
最新情報への対応は、もともとGPT-3/4の制限だが、検索エンジンと連携することで最新情報を回答することができるサービスも出てきている。これはConnectAI自体が検索エンジンと連携させることで、カバーできるという。
入力の手間に関しては音声入出力機能を搭載することで対処。正確性の担保に関しては、回答の引用元を表示して、すぐにアクセスして確認できるようにした。
自社特化AIから個人特化AIへ
自社固有の質問に関しては、例えばパナソニック コネクト自身が2022年4月に設立された企業のため、現状はGPT-3/4の学習データに含まれていない(学習データは現状2021年9月まで)という問題もある。そのため、別途パナソニック コネクトのデータを集約したデータベースを用意して対処を進める。
これには、一般公開されているWebサイト約3700ページ、2017年からのニュースリリース495ページ、コネクトパブリックサイト約3200ページを取り込んだ。
自社特化AIのために、まずは公開情報から展開する。機密情報などを利用した場合に問題が発生しないかといった検証も行い、今後はさらなる進化を目指す。
出典:パナソニックコネクト
仕組みとしてはセマンティック検索で、質問に対して自社データ内から回答できる場合は情報を取得し、そのデータを加味したうえでGPTが回答を返信する、という仕組みをとる。このプロジェクトは6月からスタートしており、9月には全社員を対象に試験運用を開始する計画。
自社データベースからの情報をプロンプトに追加することで固有の回答を実現する。
出典:パナソニックコネクト
10月以降は、実際の業務への適用としてカスタマーサポートに展開していく。カスタマーサポートには過去の問い合わせのデータベースもあるが、「検索性が低かったり、過去データから人間が回答を作成したりする必要がある」(向野氏)というのが現状だ。
通常のChatGPTでは最新情報が検索できないため、パナソニック コネクトという会社の存在すら把握していない。
撮影:小山安博
自社データベースを活用することで、最新情報の回答にも対応できている。ソースとして下部にリンクがあるので、正誤を確認することができる。
撮影:小山安博
これに対してChatGPTと連携することで、柔軟な検索とドラフト回答案の作成まで可能にしたいとする。とはいえ、当面はあくまで公開情報がベースなので、「検索で探せばわかる質問への回答」という形になる。
2023年度中には、パナソニック コネクト固有の、社外秘情報も含めた「自社特化AI」の開発にも乗り出す。基本的には公開情報を使った自社特化AIと同様で、これもカスタマーサポートでの利用を想定する。
さらに、2024年度以降は、「個人特化AI」まで拡張していく計画だ。これは個人の役割に応じて回答するAIで、職種や役割に応じたデータベースを集約することで特化したAIを開発する。これに関しては、「24年度以降に検討を開始する」ということで当面は先の話になりそうだ。