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トランプがほぼ独走状態となっている2024年アメリカ大統領選挙の共和党指名候補争いで、仰天のシナリオが話題になっている。
そのシナリオとは、トランプがもし指名候補を逃した場合、共和党を飛び出し、「第三政党」か無党派の候補として出馬するという可能性だ。どこまで現実味のある話なのか、本稿で検証する。
トランプの独走状態
トランプは機密文書持ち出しの容疑で、司法省から6月13日に訴追を受けた。しかし、それ以降の各社の世論調査でも、トランプの勢いはまったく揺らいでいないことに改めて驚く。
共和党支持者を対象に、「共和党予備選が今日行われるとしたら、あなたは誰に投票しますか」と問うたハーバード大学・ハリスの調査(6月14〜15日)でも、トランプは不動の強さだった。
(出所)“Harvard CAPS-Harris Poll,” June 14-15 2023, p.18.をもとに編集部作成。
この調査でトランプは59%(前回5月調査と変わらず)と首位を独走している。2位以下は、フロリダ州知事のデサンティスが14%(前回から−2ポイント)、前副大統領のペンスが8%(同+4ポイント)、前サウスカロライナ州知事のヘイリーが4%(前回と変わらず)となっており、訴追されてもトランプ人気にはまったく影響はなかった。
しかも、2022年11月の中間選挙では圧倒的な得票差でフロリダ州知事に再選されたデサンティスですら、この調査ではトランプに3倍以上の水をあけられている。
さらに数日後の6月16〜20日の状態を調査したNBCの同様の調査でも、トランプ支持は51%と揺らいでいない(前回4月調査より5ポイント増)。
(出所)“NBC News Survey,” June 16-20 2023, p.11をもとに編集部作成。
この調査ではトランプ以下上位3人までは同じ顔ぶれであり、デサンティス22%(前回より-9ポイント)、ペンス7%(同+1ポイント)、4位が元ニュージャージー州知事のクリスティで5%(前回は調査対象に含まれず)となっている。デサンティス以下の3人の数字を合算しても、トランプの数字には到底及ばない。
このように、現実はトランプが独走といえるような状態である。特に4月のニューヨーク州の起訴以降の支持の伸びは大きい。
この容疑は、2016年の大統領選挙戦中に不倫相手に口止め料を支払ったというものだったが、「濡れ衣だ」「民主党の魔女狩り。司法を武器に俺を追い詰めている」というトランプの訴えに対して、支持者は「トランプを守れ」と結束した。
そもそもデサンティス、さらにはペンス、クリスティら主要候補がほぼ出そろったのが5月であり、6月の各種調査ではトランプ支持が崩れる可能性が注目されていた。それだけに、今回の連邦起訴の後の世論調査の数字が注目されたが、トランプ支持が安定していることから、やはり起訴されることでトランプ支持は固まるようにみえる。
今後、ジョージア州での選挙妨害や2021年1月6日の連邦議会襲撃を首謀した連邦法違反の容疑での訴追も迫っているが、訴えられることを“燃料”に支持を伸ばそうとする戦略を、トランプはずっと続けるようにもみえる。
デサンティスの正式出馬
2023年4月には夫人を伴い日本を訪問したデサンティス(中央)。首相官邸で岸田首相と会談した。
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ライバルの中でも2番手と目されているデサンティスは5月末の正式出馬以来、44歳という若さで世代交代の重要さを謳い、積極的な遊説を行っている。
そもそも予備選は投票率が1〜3割程度であり、熱心な支持層を獲得する必要がある。その層とは、共和党の場合、福音派だったり、「怒れる白人たち」だったりする。
つまり、これはトランプの支持者そのものである。この層を奪わないとデサンティスらほかのライバル候補に勝ち目はない。
それもあってデサンティスは、「トランプよりもトランプ的」とも言えるような主張を繰り返している。多様性や公正性を主張するリベラル派を「意識が高い(woke)」と揶揄し、これは我々をつぶそうとする「ウォークネス(意識高い系)との戦争」なのだ、とまで大げさに主張している。
共和党主導の州議会とともに進めた超保守的な州法は、デサンティスが予備選で熱心な支持層を獲得する最大のPR材料だ。その中には、小学校で性自認や性的指向などについて話し合うことを禁じたものや、妊娠6週間というまだ本人にも自覚がないほどの初期段階で中絶を禁止したものもある。あまりにも強引なほどの保守的政策で、ため息が出そうだ。
デサンティスは移民政策についても強硬姿勢を貫いている。6月26日にはメキシコと国境を接するテキサス州イーグルパスで集会を開き、移民流入を許してきた過去の政権を批判した。
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ただ、最高裁に保守派判事を送り込み、妊娠中絶を州によって禁止できるようにさせたのはトランプ大統領(当時)であり、「ウォークネスの戦争」ももともとはトランプの十八番だ。“本家”より過激な保守派であるという位置づけも、これからどれだけ浸透するかは分からない。
正式出馬前の5月に比べ、6月の世論調査では「若手候補がようやく出た」として支持の急伸を狙っていた。しかし、なかなかデサンティスの思惑通りには進んでいない。上述のNBCの調査では、4月よりも正式出馬後の6月の方が数字を9ポイントも落としている。
オウンゴールを狙う各候補
あくまでも現在の状況なら、今のところトランプが圧倒的に有利であろう。
しかし、共和党の予備選がスタートするまでまだ7カ月強もある。それほど事が簡単に進むかどうか。年齢不安は歴代大統領中最高齢のバイデン(80歳)だけでなく、77歳になったトランプにもある。
また、なんといっても上述の各種の刑事裁判で有罪になったら前代未聞だ。「有罪者を大統領にしていいのか」というのは民主党側だけでなく共和党側の懸念でもある。トランプが目論む訴追という支持者固めの“燃料投下”の効果の伸びしろも次第に小さくなっていくはずだ。「より安全な候補」を希求する声も増えてくるだろう。
アメリカ人はそもそも若さを歓迎する国だ。あれだけ強くトランプを推していても、トランプへの支持が落ちてきた際に一気にデサンティスが抜き去る可能性も否定できない。
ツイッターで大統領選出馬を表明したペンス前副大統領。自らが福音派であり、アメリカの政界の中で最も宗教保守的な政治家だ。
Mike_Pence
さらにデサンティスとともにトランプがおそらく嫌がっているのは、宗教保守層に人気があるペンスの立候補の動向だ。宗教保守層という、共和党予備選を戦うためには最も重要な支持基盤が割れてしまうかもしれない。
2008年の民主党のヒラリー・クリントン、2016年の共和党のジェブ・ブッシュのように、予備選開始7カ月前の段階で盤石そうにみえた本命の候補者が、その後急失速した例も過去にはある。
トランプの場合、少しでも勢いが弱まれば、「トランプでは勝てない」「既にオワコン」というイメージがどうしても強くなってしまう。そもそも、主要候補者が次々に立候補してくるのは、「トランプは今は強いが、いずれ落ちる」と見込んでいるためだ。それぞれが皆、トランプのオウンゴールを待っている。
そう考えるとトランプにとっては内心穏やかではない。
「仰天」のシナリオ
そこで出てくるのが仰天のシナリオである。もしトランプが共和党の指名候補を逃した場合、共和党を飛び出し、無党派や別の政党(共和党でも民主党でもない「第三政党」)を組織する可能性もあるというものだ。
まだ憶測にすぎないが、ウォール・ストリート・ジャーナルなどさまざまなメディアが論じ始めている。
なんとなく予兆はある。前述のとおり各種世論調査でトランプは党内で優勢だが、共和党全国委員会は8月から始まる党内討論会を企画しており、これにトランプが猛反発している。
全国世論調査で一定の支持を集めるなど、党内討論会の参加条件も決めたものの、トランプは「討論会は本選挙で民主党側とはやるが、党内で行う意味はない」として、共和党全国委員会の動きを批判している。トランプ自身はまだ参加を表明しておらず、共和党全国委員会と少しずつ距離をとりつつある。
ただ、トランプ離党のシナリオは実はそんなに「仰天」ではないのかもしれない。というのも、2016年の共和党の指名候補争いの際、トランプ支持が急伸し、上述のようにトップを走っていたブッシュと並んだ2015年7、8月の段階で、「もしトランプが負けたら、共和党を飛び出るはず」という憶測が飛んだことがあるためだ。
その後の共和党の討論会ではトランプに対して、頻繁に離党の可能性についての質問が出た。その後、トランプは他候補を一気に引き離していくなか(下図参照)で結局、「共和党に残る」と宣言した。
2015年夏の段階から一気にトランプが他候補を抜いていくのがよく分かる。
(出所)Real Clear Politics, “2016 Republican Presidential Nomination”より抜粋。
トランプはそもそも第三政党と親和性がある候補者だ。トランプは2000年選挙で、実業家のペローが立ち上げた改革党からの立候補を進めていた。しかし結局勝ち目がないとみて、改革党の指名候補はブキャナンに譲った経緯がある。
そう考えると、トランプが無党派や第三政党候補者として出馬するのもありえない話ではない。そして、熱烈な支持者はトランプが共和党を出てもついていくだろう。
2000年の大統領選挙で改革党から出馬する可能性をほのめかした時のトランプの記者会見の様子(2000年1月)。右側は元プロレスラーで、改革党からミネソタ州知事に選ばれたジェシー・ベンチュラ。ベンチュラは当時の「時の人」だったこともあり、「ニューヨークの不動産王」としてすでに知名度が高かったトランプの出馬の可能性は話題となった。しかし結局、大統領に選ばれる可能性の低さからトランプは出馬を見送った。
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ティーパーティー運動(※)以降、顕在化した共和党の熱烈な支持層である「怒れる白人たち」を大統領選挙にうまく動員したのがトランプだった。そして「小さな政府」志向の層と福音派という、2つの共和党の中心的支持層も掌中に収めていった。
4年間の大統領職を経験した今なら、「怒れる白人たち」だけでなく、共和党支持者のかなりの部分を奪っていくのではないか。
もし「トランプ党」が発足し、民主党、 共和党に並ぶような政党に育った場合、「3大政党制」にアメリカが移行する大きなきっかけになる可能性もある。トランプの代名詞といえるスローガンから「アメリカ・ファースト党」とでも名付ければ、キャッチーだ。
※ティーパーティー運動とは
1773年のボストン茶会事件(Boston Tea Party)と「税金はもうたくさん(Taxed Enough Already)」の頭文字に由来する保守派の社会運動。2010年前後に活発化。原理主義的な価値観を訴え、当時のオバマ政権が進める「大きな政府」の路線に徹底的に抵抗した。
共和党の敗北必至
しかし実際問題として、もし共和党からトランプが離党し、3つ巴の戦いにでもなれば、保守派の票が大きく割れるため、漁夫の利のように民主党候補が勝利する確率が高まる。トランプが共和党を出ることは、自分だけでなく、共和党の指名候補の勝機を潰すことになる。
トランプ離党のシナリオとまったく同じようなことが過去に起こっている。1912年の大統領選挙がそれだ。
1912年の共和党予備選には、現職大統領のタフトの政策に納得できない、前職のセオドア・ルーズベルトが挑戦した。ルーズベルトは結局、指名候補争いに負けてしまうが、「革新党(ブルムース党)」として第三政党を組織し、大統領選挙に突入する。一般投票でルーズベルトは27%を獲得し、タフト(23%)よりも得票数を伸ばした。
しかし、そもそもの共和党支持者の票は割れ、民主党の指名候補のウィルソンが大統領になった。ウィルソンの一般投票の得票率は42%だったため、ルーズベルトが離党しなければ、共和党側は確実に勝てたはずだった。
今から約30年前、1992年の大統領選挙でも、無党派候補のペローが健闘し、保守票を割った。一般投票では共和党の指名候補で現職のG・H・W・ブッシュ(父)が38%、ペローが19%となった。しかし、得票数でこの2人の分を合わせた数よりも少なかった民主党候補のクリントン(43%)が大統領に選ばれた。
1992年の大統領選で敗北宣言をするG・H・W・ブッシュ。
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トランプがもし、2024年選挙で支持者を連れて共和党を出ていき、民主党候補が勝利したとしたら、その後の大統領選挙にも大きな影響が残る。4年後の次の2028年選挙では、81歳となったトランプが再出馬した場合、再び3つ巴の戦いになる。
もし再出馬しなくても、トランプ支持者の中でどれだけトランプ支持者が共和党に戻るかどうか不明だ。トランプ支持者にはトランプの個人的な崇拝者も少なくなく、そもそも選挙に行かない層も含まれていた。
そう考えると、もしトランプが離党することになったら、民主党優位の時代が長く続くことになるかもしれない。
トランプの本音
2020年の大統領選挙結果に抗議するトランプ支持者と極右団体プラウド・ボーイズのメンバーたち。こうしたトランプ支持層を失うことは、共和党にとって痛手だ。
REUTERS/Jim Urquhart
ただ、トランプの本音は共和党から離党し、保守を分裂させ、共和党を自滅させることではないだろう。大統領選挙では、第三政党や無党派は必ず負ける。そのことはトランプ自身もよく知っているはずだ。それもあって、上述の改革党での出馬も避けた。
共和党としては、「怒れる白人」が共和党から出ていくのは大きな痛手となる。トランプにとっては共和党を崩壊させる「核兵器」が自らの離党だ。共和党内で不利になった際に、「負けてもいいのか」と心中プランで脅すことで、結局は共和党内での戦いの流れを少しでも自分に有利なものにする戦略の一つと考えているはずだ。
あくまでも現在の状況なら、今のところトランプが圧倒的に有利であろう。2016年と同じように離党のシナリオを出す可能性は少ない。
ただ、もし劣勢になった際、逆転させて勝利したいというタイミングで離党の可能性をほのめかすことも、トランプの選択肢には入っているはずだ。
これから2024年の大統領選挙にかけて、アメリカの政党政治の歴史を一変させるような状況が生まれるかどうか。トランプの動きに改めて注目したい。
前嶋和弘(まえしま・かずひろ):上智大学総合グローバル学部教授(アメリカ現代政治外交)。上智大学外国語学部卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士過程、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了。主要著作は『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』『アメリカ政治とメディア』『危機のアメリカ「選挙デモクラシー』『現代アメリカ政治とメディア』など。