日本初開催、世界の“一流”が横浜に集結「東京現代」にみるアートの可能性

top-1

森美術館の館長の片岡真実さん(左)と、国際アートフェア 「Tokyo Gendai」のフェアディレクターを務める高根枝里さん(右)。

撮影:伊藤圭

現代アートと聞くと、「何だか難しそう」「見方が分からない」といった声も聞きますが、まさに“現代”を生きる私たちにどんな発見や視野の広がりをもたらしてくれるものなのでしょうか。

国際的に活躍している日本人キュレーターの一人で、「森美術館」館長として、現代アートや文化を発信している片岡真実さん。そしてGoogle Arts & Culture での経験を有し、2023 年7月7日〜9日にパシフィコ横浜で初開催される国際アートフェア「Tokyo Gendai(東京現代)」のフェアディレクターを務める高根枝里さんに質問をぶつけました。

※本記事は、2023年2月18日公開の記事を一部編集して再掲載しています。

「5W1Hの視点で読み解く」ことで、知的な楽しみに変わっていく

002

2020年1月に女性として初めて森美術館の館長に就任し、現代アートと社会の架け橋になる活動を続ける片岡真実さん。

撮影:伊藤圭

——そもそも、現代アートとは何なのでしょうか? 難解だ、どう向き合ったらよいか分からないといった声も聞きます。

高根枝里氏(以下、高根):私が第一に思うのは、生きている作家さんの作品に出合える、いましかできないことであるということ。現代アートは「対話」。自分と一緒に育っていくもの、生涯通して楽しめるものだと思っています。

もう一つ面白いのが、現代アートを通じてコミュニティがつながること。現代アートは年齢関係なく人種や国を超えて、一つの作品について平等に話せる舞台、もしくはインフラとして機能している唯一無二の存在だと思います。

片岡:諸説ありますが、おおむね19世紀末から20世紀前半がモダンアート、20世紀後半以降のアートが現代アートというような切り分けをしています。

1990年代後半以降、現代アートはさらに複雑になり、美術館や芸術祭、そして扱うアーティストの数が圧倒的に増えました。結果、さまざまなアートに出合う機会が作られた一方で、新しい動向や「〇〇イズム」を見出すことが難しくなりました。

また、鑑賞する上でのガイドラインや道筋がないために「どこから理解したらいいか分からない」と思ってしまう人が出てきているのだと考えられます。

001

Google Arts & Culture日本の担当やセゾンアートギャラリーのアートディレクターを歴任し、現在はアートマネジメント/キュレーション業、 個人・企業コレクターに向けたアートコンサルティングを行なう高根枝里さん。2023年7月に初開催される国際アートフェア「Tokyo Gendai」ではフェアディレクターを務める。

撮影:伊藤圭

——そういった方たちに対して、現代アートの面白さ、向き合い方をどう伝えますか?もしくは鑑賞者自身がどういう視点を養っていければ、現代アートに向き合うことができますか?

片岡:基本的に現代アートはさまざまな文化的、社会的あるいは政治的なバックグラウンドを持った人たちが、それぞれの時代を投影しながら作品を作っているので、「そもそも、見ただけで全てを解釈するのは難しい」ことをまずは理解していただく必要があるでしょう。その上で「誰が、どこで、いつ、なぜこれを作ったのか?」という5W1Hの視点で解読してみてください。

実際に美術館に行って体験する、直感的に見ることに加えて、その背景のストーリーを調べたり読み解いていく。その後にもう一度、作品を見てみる。そうすると、新たな解釈ができて知的な楽しみに変わっていきます。

高根:まずはいろいろな美術展などに行って、アート作品に触れることが大事だと思います。現代アートは常に新しい視点を提供してくれるもので、分からなくて終わりがないからこそ、一回入口をくぐればその面白さや奥深さの沼にはまっていく気がします。

片岡:これまで教育現場で、現代アートにまつわる歴史や鑑賞者としての関わり方をあまり指導できていなかった問題もあるでしょう。最近やっと学校教育のなかで、図画工作という制作だけでなく鑑賞も重視していくべきという議論も始まっているようで、今後そういう方向に変わっていくことを期待しています。

ビジネスパーソンにこそ、アートは有用?

003

撮影:伊藤圭

——先の見えない社会で、ビジネスパーソンにとってもアート思考が重要だと言われています。どういった点がビジネスに有用だと思いますか?

片岡:多様な地域のアーティストによる、政治や経済、地理、物理学、数学などの視点と独自の思考により作られた現代アートに触れることによって、自分の世界観が確実に拡大していく。そういった視点の広がりに加えて、クリエイティビティを発揮し想像力を使うことはビジネス面にも還元されていくと思います。

高根:経営者の方たちは、最終的に自分の直感を信じて事業を進めていく方が多いと思います。現代アートも作品と対峙したときに、直に感性に訴えかけてきます。「自分の価値軸を鍛える」という意味でも現代アートは面白いですよ。

片岡:ビジネスシーンでも「見える化する」とよく言いますが、いろいろなコンセプトや思考を視覚化していくことはとても重要です。理論と直感という対極にある概念がバランスよく作用していることによって、この多様な世界の時代を生きるヒントが見つかるのではないでしょうか。

#MeToo、BLMでアートシーンにも変化が起きた

004

(写真はイメージです)

Shutterstock / BondRocketImages

——日本の現代アートシーンの現在地について、世界との比較や課題だと感じていることを教えてください。

片岡:世界的に見ると、やはりダイバーシティに対する意識がものすごく高まっています。例えば2022年に開催されたベネチアビエンナーレは、参加アーティストの90%以上が女性またはノンバイナリーで構成されていました。これまでの男性中心の在り方に対して思いきり反対に舵を切った、極めて象徴的な出来事です。

また、2017年に#MeToo運動があって、コロナ禍にBLM(Black Lives Matter)が起こりましたが、そうした社会的不均衡に対する運動は作品の中に投影されているだけでなく、美術館の組織やコレクションの多様性にも変化として現れています。

──具体的にはどんな変化があるのでしょうか?

片岡:例えば、主要な美術館の館長に女性や有色人種が就任する動きが加速しています。またサンフランシスコ近代美術館では、白人男性であるマーク・ロスコの作品を50億円ほどで売り、有色人種の女性アーティストによる複数の作品に買い換えるなど、コレクションの中の均衡を図ろうとし始めています。

そういったグローバルな動きの中で、単一民族国家と考えられがちな日本は、多様性の話になるとどうしても女性のエンパワーメントの話に終始して、ダイバーシティの推進をしているような気になってしまっている。社会を多様化していくには、人種、民族、多様な性などいろいろな切り口を考えていくべきですが、日本は“多様ぶりの足りなさ”がアートワークにも反映されています。

アーティストは繊細に社会を見つめています。アーティストの多様な視点を通して、鑑賞者が「こういう社会の見方もあるのか」と学んでいくのも一つの方法かと思います。

高根:これまでスポットが当たっていなかったところにフォーカスされる動きでいうと、2022年10月にロンドンで開催された世界最大級のアートフェア「Frieze Masters」でも、20世紀に忘れられた女性作家のコーナーがあり、そういったテーマに注目が集まっていると感じました。

片岡:現代アートの評価って絶対的ではない部分もあって。森美術館は2021年に、「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」という70歳以上の現役女性アーティストを集めた展覧会を行いました。彼女たちも欧米の白人男性中心の美術史の中で、十分に評価されなかった、光を当てられなかった人たちです。このように大きなダイバーシティの波を受けて、いま美術史の再読も始まっています。

005

「グローバルな注目を集め、活躍している日本のアーティストも増えている」という。

森美術館「六本木クロッシング2022展」会場、AKI INOMATAの作品《彫刻のつくりかた》を前に撮影。撮影:伊藤圭

「Tokyo Gendai」を西洋と東洋のアートコミュニティが出会う場所に

──日本の現代アート市場はどのような立ち位置なのでしょうか?

高根:非常に可能性を秘めています。実は5億円以上の資産をもつ富裕層の数でいうと、東京はニューヨークに次いで第2位なんです。ただ、作品がすぐに買えない状況や買い方が分からない方が多くいるのが課題で、今後解決していきたいですね。

006

Shutterstock / picture cells

——2023年7月7日〜9日にはパシフィコ横浜で、世界中のギャラリーが集まる国際アートフェア「Tokyo Gendai」が初開催されますね。

高根:はい、「Tokyo Gendai」では世界各地約80カ所の主要なギャラリーに参加していただくのですが、そのうち7割ほどが海外のギャラリーです。さらにその半分が欧米、半分がアジアで、西洋と東洋のアートコミュニティが出会う場所と考えています。

フェアは、日本内外の主要なギャラリーが集結するGalleries Sectorを含め、4つのセクションで構成します。アップカミングのギャラリーさんやアーティストさんが申し込む「Hana 花」、キュレーションされた展示、もしくは歴史的に著名でコンテクストがしっかりしている作家さんを扱う「Eda 枝」、これから来る新しいメディアや新しい提案をするギャラリーや作家さんを扱う「Tane 種」です。

さらに会場は横浜ですが、東京でもイベントやプログラムを開催して、街全体を盛り上げる企画も予定しています。

片岡:海外のギャラリーが多い現代アートに特化したアートフェアという意味では、本当に期待度が高いです。

大切なのは、アートフェアを1回の売上で成果を判断するのではなく、長期的に文化として育てていく姿勢です。「毎年『Tokyo Gendai』のために東京に行く」という年中行事のように定着して、世界のアート好きが楽しみに集まるイベントになってほしいですね。

アートに出合う機会は美術館、芸術祭そしてアートフェアなどがありますが、未来へとつないでいく上でこの3つがアートのエコシステムとして機能し、うまく循環を生むことが重要だと思っています。ぜひ、一緒にアートシーンを盛り上げていきましょう。

森美術館

TOKYO GENDAI



Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み