「IVS2023 LAUNCHPAD KYOTO」の登壇者らの集合写真。
撮影:土屋咲花
国内最大級のスタートアップイベント「IVS2023 KYOTO」が6月28日~30日、京都府の京都市勧業館「みやこめっせ」と「ロームシアター京都」で開かれた。目玉企画で、「スタートアップの登竜門」と言われるピッチコンテスト「IVS2023 LAUNCHPAD KYOTO」には、過去最多となる約400社の応募から選ばれたファイナリスト14社が登壇した。
1位に輝いたのは、においで尿と便を感知する排泄ケアロボット「ヘルプパッド」を開発するabaの代表を務める宇井吉美さん。宇井さんは、今年から設けられた観客投票による「オーディエンス賞」もW受賞した。
「オムツを開けずに中を見たい」15年かけ実現
abaの宇井吉美CEO。
撮影:土屋咲花
abaは2011年、当時大学4年生だった宇井さんが起業した。きっかけは「オムツを開けずに中を見たい」という介護職員の言葉だ。
「介護現場では夜間もオムツの交換が行われていて、そのうち20~30%は空振り。尿や便が漏れてしまえば、洋服やシーツまで取り換える必要があります。そんなオムツを変えてほしい高齢者と、オムツを開けずに中を見たい介護職員をつなぐためにこのヘルプパッドを開発しました」
同社が手掛ける排泄ケアロボットの「ヘルプパッド」は、空気清浄機などにも使われているセンサーを活用し、においで尿と便を感知する。帯状のパッドをベッドに敷くだけで設置が完了する。これは、介護現場の「介護者の体に機械を装着させたくない」という強い声を尊重してのことだ。
排泄は人や日によって異なる。abaは約7年間にわたりデータを集め、このヘルプパッドを開発。宇井さん自身も実験台となった。
ヘルプパッドの導入によってオムツの交換回数が半分に減ったり、高齢者の皮膚の状態が良くなったりと、導入施設では介護職員や高齢者の双方にとって効果が出ているという。
「ヘルプパッド」で排せつのデータが蓄積されると、排せつの「予測」もできるようになる。適切なタイミングでトイレでの排せつを促すことができれば、高齢者の自信にもつながる。
abaは2023年秋に、改良版の「ヘルプパッド2」を発表する。既に150件の予約があり、シンガポールやノルウェーなど、海外からも問い合わせがあるという。まずは介護施設に向けて販売するが、できるだけ早くtoC展開していく計画だ。
今回の優勝理由について、宇井さんは
「社会課題×ハードウェアのスタートアップなので、通常はビジネスがやりづらい2重苦を背負っているという風にいつも思っています。そこをうまく乗り越えられるようになっている点を評価いただいたのかなと思います。また、国内だけでなく海外でも勝負できるという点にも、スケールの可能性を見てもらえたのではないでしょうか」
と分析する。
高齢化や人手不足など、介護の現場を取り巻く課題は深刻だ。宇井さんはヘルプパッド開発の傍ら、自らも介護施設で職員として働き、現場を肌で感じてきた。
「今、本当に人手がなくて、やりたくてもできないことが多いです。私は、レクリエーションの企画書をある職員さんに見せてもらったことがあるのですが、『これは忙しすぎるから提出するつもりがない』と言われました。やりたいという気持ちはあるのに、実行できないのがあまりにも悔しすぎると思っています。そこをテクノロジーで改善して、人が人にしかできない仕事に集中できる環境をもう一度作りたい」
「あの介護職員さんに知らせたい」
優勝した宇井さんには、京都府から「スタートアップ京都国際賞」が贈られた。
撮影:土屋咲花
今回、優勝者には京都府から最大1000万円の支援金が贈られる。宇井さんは全てヘルプパッドの広告費に投じ、知名度向上を図るという。
ステージ上では「abaの優勝を拡散してほしい」と呼び掛けた。
「商品開発のきっかけとなった『オムツを開けずに中を見たい』という言葉を言ってくれた介護職の方が、辞めてしまって今どこにいるのかが分からないんです。15年もかかっちゃったけど、やっとオムツを開けずに見られるようになったってことを知ってほしいなと思っています」
なお、IVS2023 KYOTOのLAUNCHPADの入賞企業は次の通り。
2位 債権回収のDX「Lecto(レクト)」
Lectoの小山裕代表取締役社長。受賞コメントで「督促のイメージ自体を変えていきたい」と話した。
撮影:土屋咲花
プレゼンターはLecto社長の小山裕さん。紙と電話が中心でアナログだった督促や回収業務を効率化する「Lectoプラットフォーム」を提供する。
支払いの遅延頻度や金額など、顧客に合わせた自動督促メールの作成や送信を行うツールで、担当者の稼働時間を半減し、遅延当月の回収率を10%向上した。事業開始から約2年半ながら、年間売上高は4.2億円に達する。これまでの取り扱い債権額は200億円だ。
3位 商談の分析で営業スキルを平準化する「Poetics」
Poetics代表の山崎はずむさん。同社はAI研究者と哲学者が協業するユニークな開発体制を持っている。
撮影:土屋咲花
プレゼンターはPoetics代表の山崎はずむさん。商談を録画し、AI分析することで属人化しやすい営業のノウハウを誰もに共有できるサービス「JamRoll(ジャムロール)」を提供する。
自社開発の高精度な音声認識AIが強み。AIが自動でプレゼン部分を抽出して商談内容を振り返ることができるほか、タスクの抽出やセールスフォースなどへの自動連携も行う。
SaaSの月次売り上げ平均成長率が2~4%と言われる中、ジャムロールは27.5%と勢いに乗る。
4位 情報セキュリティ対策を手軽に「SecureNavi」
SecureNavi代表の井崎友博さん。「プライバシーマーク」「ISMS」など情報セキュリティに関連したキーワードを盛り込んだTシャツを着て登壇した。
撮影:土屋咲花
プレゼンターはSecureNavi代表の井崎友博さん。情報セキュリティコンプライアンスのSaaSサービス「SecureNavi」を手掛ける。
規定管理、リスクアセスメント、監査といった、「いわゆる文系」(井崎CEO)のセキュリティ領域に取り組み、ARR(年次経常収益)は1億円を突破している。
5位 EC店舗の業務をノーコードで効率化「TēPs(テープス)」
テープス代表の田渕健悟さん。元エンジニアで、累計1000社以上のEC事業者をサポートしてきた。
撮影:土屋咲花
プレゼンターはテープス代表の田渕健悟さん。EC店舗の担当者が、業務を自動化するツールを自分自身で作れるノーコードクラウドサービス「TēPs(テープス)」を提供する。EC店舗運営の課題は企業ごとに異なることが多く、「SaaSで自動化できたのはごく一部」(田渕さん)だという。
テープスでは、現場の担当者のようなプログラミングの知識がない人でも、業務を自動化するワークフローを自由に作ることができる。Amazonや楽天などと接続できる点も強みで、ユーザー数は1000を超えた。