「女子トイレ対応」模索続く。JR、小田急など9社のLGBT法対応を緊急調査

トイレの看板の写真

6月に施行されたLGBT理解増進法。法律に対する誤解が広がったこともあり、企業は対応を迫られている。

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「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会の実現に資することを目的とする」

法律の冒頭、第1条でそううたった、LGBT理解増進法が2023年6月23日に施行された。

LGBT理解増進法は「理念法」と呼ばれる法律で、罰則を設けたり、新しい権利を定めたりするものではない。

しかし、LGBT理解増進法については、その議論の段階から「性自認が女性と言えば、女子トイレを使えるようになる」などと、法律の趣旨とは異なる内容のデマが拡散。SNSでも法律の施行後に、「トイレの利用」について施設側に問い合わせたとする投稿も目立った。

一部で誤った理解がされるLGBT理解増進法だが、企業はどのように捉えているのだろうか?

Business Insider Japanでは主要な鉄道会社・百貨店などにアンケートを実施し、合計9社から回答を得た。

※送付したアンケートに対し、回答を得られたのは以下の企業……JR東日本、JR西日本、東京地下鉄道、小田急電鉄、東急電鉄、京王電鉄、小田急百貨店、高島屋、イオンモール

女子トイレのトラブルは起きているのか?

女性の写真

「女子トイレ」の利用について、小田急電鉄とJR西日本は利用者らから問い合わせがあったという。

撮影:今村拓馬

LGBT理解増進法を巡り、一部報道では百貨店の担当者の声として「法律を盾に女子トイレに入れないのは差別だと主張されるのではないか」というコメントを紹介した。またツイッター上では「鉄道会社に問い合わせたところ、女装した男性の女性トイレ利用は止められないと回答された」という情報も拡散された。

アンケートではまず、実際に女子トイレのあり方について、これらの問い合わせや、トラブルの発生があったのかどうかを質問した。

アンケートに対して小田急電鉄は、以下のように回答した。

「最近、女性のお客さまから駅にて、『以前、駅改札内の女子トイレを利用した際、女装した男性がおり、挙動不審な行動をしていて怖い思いをした』との申告がありました。この件は過日であったため、その場でのお客さま対応はありませんでした。

なお、当社では、女子トイレに外見上、男性と思われるお客さまがいた場合、可能な限り係員からお声掛けをさせていただき、全てのお客さまに安心して施設をご利用いただくための配慮として、多目的トイレの利用をお願いすることとしています。上記の女性のお客さまへも当社の対応をお伝えしております」

小田急電鉄では、全駅に多目的トイレを設置しているという。

またJR西日本は「報道を受けて、女性の利用者からトランスジェンダーの方の女子トイレ利用についてのスタンスを教えてほしいとのお声をいただいた」と回答。JR西日本によると「ここ数年の間では、同様の質問が別に1件あった」という。

ある商業施設「個別に対応するしかない」

一方でJR東日本、東京地下鉄(東京メトロ)、京王電鉄では「トラブルを把握していない」とした。

また商業施設では小田急百貨店も「トラブルはない」と回答した。しかし、匿名を条件に回答した別の商業施設の担当者は「お客さまセンターにはトイレの利用が心配という問い合わせが数件きている」とし、次のように話した。

「センシティブな問題でもあり、一律な対応は難しく、個別に対応していくしかないと思っています。

そもそも今回のLGBT法の趣旨は理解増進なのに、トイレ問題だけが注目されているのは残念に感じています」(商業施設担当者)

「トラブル対応」に苦心

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撮影:今村拓馬

女子トイレの利用トラブルへの対応策については、各社が模索を続けていることが分かる。

トランスジェンダーのトイレ利用についてJR東日本は、身体の性別と異なるトイレを使いたいと申告した場合について、「その他のお客さまのお気持ちと、トランスジェンダーのお客さまのお気持ちの両方を考えて対応する必要があり、個別に判断することになると考えております」とした。

「当社は旅客トイレの整備において、お客さまのご利用状況や国の『公共交通機関の旅客施設に関する移動円滑化整備ガイドライン』等に則り、男性用、女性用のトイレのほか男女の分けなくご利用できるバリアフリートイレ(旧多機能トイレ)の整備を進めてきました。

トランスジェンダーのお客さまにはバリアフリートイレをご案内するという選択肢もあると考えています」(JR東日本)

また東急電鉄は、「女子トイレに身体男性が入った場合の対応につきましては、係員・警備員による巡回確認を行い、安心してご利用いただけるよう対応いたします」と回答した。

法律の制定を受け「対応を検討」

岸田首相の写真

LGBT理解増進法は、5月に日本でG7サミットが開催されることもあり議論が本格化した経緯がある。2023年6月撮影。

Eugene Hoshiko/Pool via REUTERS

トランスジェンダーのトイレ利用については、前述の鉄道各社のように「バリアフリートイレを提案する」とした回答も多かった。

東京メトロは、「トランスジェンダーのお客様から対応を確認された場合には、『バリアフリーを利用いただくよう協力をお願いしている』旨を、お伝えしている」とした。

「現時点では、ご利用に関する公的なガイドラインの整備などがされていないことから、あくまでご利用の協力に止め、強制することはいたしません。今回のLGBT法施行を受け、対応を検討してまいります」(東京メトロ)

京王電鉄は「京王線・井の頭線の全69駅中68駅にバリアフリートイレを設置している」とし、次のように回答した。

「性自認に関係なく誰でも利用可能なバリアフリートイレにご案内する形で対応していきたいと考えています。なお、旅客トイレ等にて不審なお客様がいるとのお申し出があれば、駅係員が駆けつけます」(京王電鉄)

JR西日本も「トランスジェンダー女性の方の女性用トイレの利用にあたっては、バリアフリートイレ(多機能トイレ)をご案内しています」とした。

「様々なアイデンティティや価値観をお持ちのお客様に安心してご利用いただける『共生社会』の実現に貢献していくことは重要であり、多様なお客様に安心してご利用いただける環境を作っていくことが大切であると認識しています」(JR西日本)

基本計画の策定はこれから

LGBT理解増進法の施行を受けて、具体的な取り組み内容が決まるのはこれからだ。

政府は内閣府に担当部署を設置し、法律で決められた理解増進のための基本計画の策定と、年に1回、施策の実施状況の公表などを担当する。内閣府の担当者はBusiness Insider Japanの取材に対し「基本計画の策定時期などについては未定」とした。

一方で企業側も、政府の動向を伺っているのが現状だ。

アンケートの「LGBT理解増進を受け、企業として対応したいことはありますか?」という質問には、「政府の対応を踏まえる」という回答が多かった。

  • 今後、ハード面・ソフト面で様々な対応が必要になると考えていますが、今後、政府が策定する基本計画等も踏まえ、検討してまいります(東京メトロ)
  • (トイレ利用について)現在、法案に基づく対応指針などについては、関係行政機関等とも相談し、議論を行っているところです(JR東日本)
  • 今後、LGBT理解増進法の趣旨を踏まえつつ、公共交通事業者として、お客様の声や世の中の動向を踏まえながら慎重に判断していきたいと考えています(JR西日本)
  • 既に従業員の事情や要望に応じて環境整備等を進めていますが、国からのガイドライン発出等に注視し取り組むことで皆が最大限の力を発揮できる職場にしてまいります(小田急電鉄)

従業員のトイレ利用は「個別に対応」

雑踏の写真

すでに性的マイノリティの従業員に対して「個別に配慮している」とした企業も少なくない。

撮影:今村拓馬

アンケートでは一般の利用だけでなく、トランスジェンダーなど性的マイノリティの従業員のトイレや更衣室の利用ルールについても質問した。

企業からの回答では「個別に対応している」とした内容が多かった。

  • 本人の希望を確認しながら個別に対応する(東急電鉄)
  • 必要に応じて適切な配慮を実施している(JR西日本)
  • トイレ、更衣室、制服等に関し、相談を受ければ個別に対応している(JR東日本)
  • 例えば泊まり勤務を要する職場において、男性用でも女性用でもない寝室・更衣スペースを設けているほか、その他事情や要望等に配慮している。今後は国からのガイドライン発出等を注視する(小田急電鉄)
  • 施設ごとに異なるが、更衣室など個室で対応している。多目的トイレも用意している(イオンモール)

東京メトロや小田急百貨店は、身体の性別に基づいて運用はしているものの「今後、さらに運用を検討したい」とした。

一方で、性的マイノリティーの従業員のトイレ利用については、現在裁判も続いている。

経済産業省に勤めるトランスジェンダーの職員は、女性用トイレの利用を求めたものの、勤務フロアの2階上の女性用トイレの使用しか認められてなかったとして、2015年に国を提訴した。

一審と二審で判決が割れており、2023年7月に予定される最高裁判所の判決に注目が集まっている。

法律の理念に沿った議論を

今回の企業アンケートからも分かるように、不特定の一般人が利用する駅や商業施設のトイレと、従業員ら特定の人が利用する社内のトイレでは運用ルールが変わってくるのは当然だ。

SNSで拡散された「性自認が女性であれば女子トイレを使える」という誤った情報は、トイレの利用に対して最も葛藤を抱えている存在であるトランスジェンダーへの差別を助長する。

LGBT法理解増進法の「性的指向及びジェンダーアイデンティティを理由とする不当な差別はあってはならない」という基本理念からも大きく逸脱している。

前述の通り、この法律で定められた基本計画が策定されるのはこれからだ。

トイレ利用だけに注目するのではなく、同法にあるように「人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現」を目指し、行政や教育を含めた幅の広い議論を進めていかなくてはいけない。

『性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律』第三条 

性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する施策は、全ての国民が、その性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、性的指向及びジェンダーアイデンティティを理由とする不当な差別はあってはならないものであるとの認識の下に、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを旨として行われなければならない。

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