イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは!「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方にこちらの応募フォームからお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
現在34歳の独身男性です。私のような年代はちょうど、結婚&配偶者の出産ラッシュです。もともとオタク趣味を通じて一番仲良くしてきた高校時代の友人たち4人のグループも、他の3人が結婚や育児をしているため、あまり遊びに誘えるような環境でもなくなってしまいました。
さらに、趣味だったアニメ鑑賞やゲームなども、何だか気力が湧かず、遠のいています。
そのせいもあってか、率直に言うと、土日はあまりやることがなく暇で、寂しいです。それでも、オタクというのが自分のアイデンティティでもあったため、オタクを卒業したら、自分には何も残っていないのではないかという恐怖感があります。
自分は容姿もあまりよくはなく、女性と付き合った経験もありません。結婚できるとも思っていません。なので、婚活というのも違うな……と思っています。自分はどうしたらいいんでしょうか。
(アニス、30代前半、会社員、男性)
趣味も人間関係も変わっていくもの
シマオ:アニスさんはアニメ鑑賞やゲームが好きな自称「オタク」とのことですが、周囲のお友達がオタクを「卒業」され、自分自身も昔のように楽しめなくなってきたということですね。
佐藤さん:年をとって大人になることで、周囲との関係性が変わってくるというのは誰もが経験することだと思います。例えば、中学や高校に進学したタイミングでこの手の変化に直面したことがある人は多いでしょう。
シマオ:それがアニスさんの場合は、周囲の人たちが結婚したり、子どもができたりしたことなのかもしれませんね。
佐藤さん:遠藤周作の作品に『白い風船』という小説があるのですが、シマオくんは知っていますか? たしか小学校の高学年の国語の教科書に載っていたと思います。
シマオ:ちょっと読んだことがありません……。どんなお話なのでしょうか?
佐藤さん:主人公は小学生の凡太という子なのですが、空想に耽りがちな少年です。宇宙人が地球に攻めてくるテレビドラマを見て、宇宙人を探すために望遠鏡を買ってもらい、それでしょっちゅう窓の外を眺めている。
凡太はある日、望遠鏡で自宅近くの丘の上に、白いクラゲのようなUFOを発見してしまう。自分は宇宙人が侵略してくる現場を目撃しているんだと凡太は興奮します。
ただ、大人になってから気づくのですが、それは白い風船の見間違えに過ぎなかったというのが話のオチです。
シマオ:ちょっと切ない終わり方ですね……。
佐藤さん:ものを知らないからこそ、想像力が豊かに働いて、どんどん妄想が広がっていく。でも大人になるにしたがって知識や経験が増えると、新鮮な驚きや感動がなくなっていきますよね。
アニスさんもそれまで楽しめていた漫画やゲームが、ある時それまでのように楽しめなくなってしまったのも同じことなのかもしれません。
オタクとして次のテーマを探そう
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シマオ:それじゃあ、アニスさんはどうすればいいんでしょうか? 「オタクとしてのアイデンティティがなくなったら、自分には何も残らないんじゃないか」と不安を感じているようですが……。
佐藤さん:大丈夫ですよ。オタクとしての興味の対象は変わったとしても、オタクはオタクです。
私もオタクな部分があります。小学校2〜5年まではプラモデル、6年から中1まではアマチュア無線に熱中していました。中学1年の終わり頃からその対象が読書になり、今でも続いています。
オタクは一生終わらない。漫画とゲームではない、何か別の興味の湧く対象にのめり込めばいいんじゃないでしょうか。
シマオ:オ、オタクは一生終わらない……なんとも心強い言葉ですね。卒業したら何も残らないんじゃなくて、その気質そのものはしっかりと残っていると。
佐藤さん:オタクというのは何かにのめり込んで、そのことを深く掘り下げていく人たちです。人一倍好奇心と知的探求心が強いということですよね。そういう人は興味が持てる対象が必ずどこかに見つかるはず。それを探しましょう。
シマオ:でも、どうすれば次の対象が見つかるのでしょうか?
佐藤さん:例えば、漫画やゲームで、その話の中に出てくるエピソードや人物が歴史的な史実に基づいていたら、そこから新しい対象へと広げていく。
最近では漫画で明治以降の文豪たちが登場して戦う作品があって、そこからひいきの作家ができ、本格的に文学に目覚める人もいるそうです。
シマオ:なるほど、そうやって対象を上手に広げシフトしていくことで、オタクとしての新たな興味、テーマを見つけていく訳ですね。
佐藤さん:同じように、新しい人間関係もそこから生まれる可能性があります。先ほどの文学に目覚める人の話でいうなら、興味のある作家などの読書会や勉強会をやっていたら、思い切って参加してみる。そこから新しい人間関係が生まれるかもしれません。
シマオ:何事も飛び込んでみることが大事ということですね。
佐藤さん:そうです。そもそも、オタク同士なら共通の話題で盛り上がることが可能なはず。オンラインゲームをやっているなら、そこから友達を増やしていけばいい。
シマオ:オンラインゲームのオフ会に参加したらリアルでもいい友達になれた、という話を聞いたことがあります! アニスさんはハナから結婚は諦めていると言っていますが、そういうところで異性と知り合える可能性だってありますよね?
佐藤さん:出会い目的で行くのはあまり良くないと思いますが、ゲームの話ができる異性の友達もできたらいいな、くらいの軽い感覚で参加してみるのはいいと思いますよ。
シマオ:なるほど……あまり下心は出すべきではないと。
佐藤さん:そう思います。あくまで、いつもオンライン上で遊んでいる人とリアルでも好きなゲームの話がしたくて来る訳でしょうから。
その分、興味の対象が同じオタク同士、最初から共通の話題には事欠かないはずです。存分に好きなものについて語り合う時間を楽しめばいいと思いますよ。
いざとなったら専門家の力を借りる
佐藤さん:気をつけるべきは、あまり神経質になり過ぎないことです。相談文を読んでいると、アニスさんはちょっと思い詰めがちな傾向があるように思います。
シマオ:友達も遊んでくれなくなるし、自分も昔みたいに楽しみがなくなって、後には何もないと落ち込んでしまう——たしかにどんどん悪い方に思い詰めてしまっている感じはありますね。
佐藤さん:誰しもアニスさんのような孤独や不安を感じる時があるものです。よくないのは思い詰めすぎて抑うつ状態になってしまうこと。そこから本格的なうつ病などになってしまうのが一番危険なパターンです。
シマオ:そうなると命の危険がありますからね……。高校時代からの友人たちに相談するのが一番なんでしょうが、もし気が乗らないようでしたら、どうしたらいいんでしょうか?
佐藤さん:思い切ってカウンセラーとか臨床心理士のような人に話を聞いてもらうのもいいと思います。相談の内容を見る分には、それは大げさだと思うかもしれません。でも、こういうことは先手必勝。うつ病を発症してしまうと治療に時間がかかります。
シマオ:うつは再発が多くて、一生付き合っていくものだと以前聞いたことがあります。
佐藤さん:ちょっと最近心が苦しいなとか、今までの自分とは違うなと感じたら、専門家を頼る。とにかく心の問題は心の専門家に相談することが一番だというのが私の持論です。
シマオ:ただ、精神科やカウンセラーに行っているということ自体が、何か大きな引け目のように感じてしまう人も多いのでしょうね。
佐藤さん:この連載でも何度か言っていますが、それは大きな間違いです。
誰でも胃潰瘍になれば消化器内科の専門医に見てもらうでしょう。骨折したら整形外科医のところに行くし、虫歯があったら歯医者に行く。それと同じことなのです。心に痛みを感じる時も、同じように専門の人に診てもらう。それが一番ですよ。
シマオ:僕もたまに落ち込んだり暗くなったりするときがあります。たしかにそんな時に、専門家にいま自分がどういう状況で、どうすればいいかアドバイスもらえたら心強く感じるだろうなぁ……。
佐藤さん:あくまでひょっとするとですが、アニスさんが自分の容姿に自信が持てない、そのせいで彼女も作れないし結婚も考えられないと考えているのであれば、その根底には「醜形コンプレックス」などがあるかもしれません。
シマオ:何ですか、それ?
佐藤さん:容姿的に他人から見たらそれほど大きな欠点ではないのに、自分はそれをことさら大きなハンデに感じてしまう症状です。
シマオ:なるほど……。僕も、10代の頃は自分の容姿に対して異常なほどに敏感な時期がありました。顔に大きなニキビができただけで、もう自分は女子と話せないと思ったり……。
佐藤さん:そういった時も、自分の認知の歪みに気づく上で、専門家の手を借りれば済むことです。案外簡単に壁が取り払われて、楽に生きることができるようになるかもしれません。
シマオ:一見閉塞した状況に見えても、いろんな打開策、解決策があるものですね。
アニスさんいかがだったでしょうか? ぜひ他にのめり込める対象を探してみてください! 「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。
引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!