リモートワークが浸透した結果、“9時5時”のフルタイム雇用にある異変が起きている。
Tyler Le/Insider
過去3年間にわたるリモートワーク革命の結果、アメリカの職場はあらゆる面で変化を遂げてきた。
おそらく最も広く論じられたのは、リモート時代の幕開けをきっかけに労働者が仕事に思い入れを持たなくなったことだろう。それを「静かな退職(Quiet Quitting)」だと嘆く人もいれば、猛烈な働きを強いるハッスルカルチャーがついに正されるときが来た、と歓迎する人もいる。
いずれにせよ、同僚と毎日顔を合わせていた頃のように、仕事に愛着を持って打ち込んでいないことは明らかだ。
しかし実は、オフィスから遠のいているのは従業員だけではなかった。雇用主もまた、従来のフルタイム雇用という考え方そのものからひっそりと手を引きつつあるのだ。
アトランタ連銀が2022年に実施したある調査に回答した企業は、リモートワークの開始をきっかけに、パートタイム従業員、有期契約社員、IC(Independent Contractor:独立請負業者)を増やし、必要な人員を国内外両方でアウトソーシングするようになったと述べている。リモートで働くのであれば、最も安価で雇えるリモートワーカーを確保すればよいという考え方に向かっているようだ。
フルタイムの仕事が減れば、医療、年金、OJT研修、安定した給与など、コストのかかる福利厚生の提供も減らすことができる。リモートワーク時代になり、企業はアメリカのオフィスを「ギグ化」しているのだ。
アトランタ連銀の調査に携わったスタンフォード大学のニコラス・ブルーム(Nicholas Bloom)経済学教授は、次のように話す。
「これは労働力のウーバー化です。リモート化するほど仕事はウーバー化され、給与形態は日払い、週払いのみに変わっていく」
なぜフルタイム雇用離れが起きているのか
フルタイム雇用は従来、企業にとってコストがかかり、リスクが伴うものだった。それでも管理監督者が業務をアウトソーシングしたがらないのには理由があった。人を信頼して目の届かないところで仕事をさせるなど、想像できなかったのだ。
上司は、部下を席に着かせて監視するのが普通だった。従業員がデスクで懸命にタイピングし、電話をかけ、眉間にシワを寄せて懸命に働いていることをうかがわせているのをチェックする。その監視対象にICは入っていなかった。ICはリモートで働くからだ。また、パートタイムの従業員の多くも除外されていた。1日4時間の勤務のために45分もかけて出勤する人はいないからだ。
しかし、新型コロナのパンデミックが発生すると、管理監督者は、部下たちが自宅からでも完璧に仕事をこなせることを知り、驚いた。上司は、自席に座っていた時間ではなく、成果物をチェックすることで従業員を監督することを学んだ。
その結果、遠方に住む契約社員や、在宅で1日数時間だけ働けるパートタイマーを雇うという考え方に抵抗がなくなった。そして、リモート環境では、フルタイムの従業員同士でさえ、距離を感じるようになり始めた。それは、よく言われる「家族」というよりも、Slack上の顔のないアバター集団に近い。
「例えば、毎週週5で同じ職場に来ている人のことは、自社の従業員のように感じられます。そういう人たちには、医療や年金を提供し、教育の機会を設け、長期的に企業の一員にしたいと思うものです。
しかし、彼ら彼女らが目の前からいなくなったとたん、管理者は、そうした追加コストを丸々負担して当然とは思わなくなります。社員同士の交流もなくなり、昼休みに子どもの話をすることもない。会社に対する忠誠心も下がるかもしれない。そういう話を、私は企業から聞かされています。リモート勤務をしている人ほど、代替がきく存在に感じられるんです」(ブルーム)
他の調査でも、フルタイム雇用離れが認められる。マッキンゼー(McKinsey)の推計によると、ギグワーカー、IC、フリーランス、有期契約労働者などのカテゴリーに属する独立系労働者は現在、労働人口の36%を占めており、2016年の27%から増加している。
小規模企業向け給与計算プラットフォーム「ガスト(Gusto)」を利用する平均的な企業は、従業員5人に対し1人の割合で契約社員を雇っており、この比率は2019年以降、63%も急上昇した。
また、独立系労働者の雇用・管理を効率化する雇用主向けのサービスは、パンデミックの最強の勝ち組になった。企業の海外雇用を支援するディール(Deel)では、2021年1月時点でわずか400万ドル(約5億6000万円、1ドル=140円換算)だった年間経常収益が、2億9500万ドル(約413億円)に達した。
気がかりな数字
これが万事いいことなのか、それとも悪いことなのかは、1つの重大な問いによって判断が分かれる。それは、従業員はフルタイムの仕事を見つけられなくてやむをえず独立して仕事をしているのか、それとも好んでギグワークを選んでいるのか、ということだ。マッキンゼーのレポートもガストのデータも、ほとんどが後者であることを示している。
マッキンゼーがICやフリーランス、有期契約社員として働く人にその主な理由を尋ねたところ、「自由と柔軟性があり、融通がきくから」と「仕事が楽しいから」がそれぞれ25%ずつという結果になった。
フルタイムのつまらない仕事から離れる理由は人それぞれだ。デジタルノマドは、1つの仕事に縛られたくないと考えている。60代の人たちは引退を間近に控え、より負担の少ないスケジュールで働きたいと考えている。小さな子どもを抱える親たちは、アメリカの産業界のオフィス回帰命令に抵抗している。コロナ禍に端を発する社会活動停止が招いた大量解雇の影響を受けて唯一の収入源を失ったZ世代は、多様な副業のポートフォリオを持つことに、別のかたちの雇用の安定を見出している。
パートタイマーや契約労働者の雇用拡大が進めば、良くも悪くも経済全体を後押しすることになるだろう。結局のところ、そのような形でなければまったく働かなかった、あるいは働けなかった人々にとっては、たとえ正社員のような特典がないとしても、仕事がゼロよりはましなのだ。
「労働供給はおそらく1〜2%増えるでしょう。実際、大きな数字です。それは全員にとって大きなメリットがあります。成長率を高め、物価を低く抑え、金利を下げるのですから良いことずくめです」(ブルーム)
それでも、マッキンゼーの調査結果の中に、気がかりな点が1つある。2016年の調査では、回答者の14%が、主に「基本的な家計を支える必要に迫られて」IC、フリーランス、有期契約社員として働いていると答えている。2022年には、その割合は26%に跳ね上がっている。
確かにそれはまだ少数派ではある。しかしこの数字は、望まないギグワーク契約をせざるを得ない人の割合が増えていることを示している。もしこの傾向が続けば、福利厚生もなく、キャリアアップの機会もほとんどない職に就く人が、ますます増える可能性がある。
忠誠なき雇用関係
それに、フルタイム雇用離れは、長期的には雇用主を苦しめることにもなりかねない。企業が従業員への投資を減らせば、従業員から得られるものも減る。従業員が投資してくれた見返りに会社に尽くそうと思わなくなるからだ。これが、多くの管理監督者が従業員にオフィス復帰を命じている理由の1つである。職場のカルチャーを共有することなく、自分の力量で従業員を引きつけ、やる気を起こさせることができるのか懸念しているのだ。
2022年にコンサルティング会社アンプリファイ・グループ(Amplify Group)を立ち上げたジェシカ・シュルツ(Jessica Shultz)は、フルタイム雇用とギグワークの間にある葛藤の問題に取り組んできた。アンプリファイは、まだ最高収益責任者をフルタイムで雇う余裕のないアーリーステージの企業向けに、「分割所有」の形でその役割を請け負うサービスも提供している。
シュルツ自身のスタッフは完全リモート勤務であり、主にパートタイムのICで構成されている。そのうちの何人かは発展途上国に住んでいる。この体制のおかげで諸経費を抑えられるうえ、成長途上の企業としてすぐに軌道修正できる柔軟性がある。しかしシュルツは、仕事をアウトソーシングすることのマイナス面も理解している。
「ICに『この仕事を金曜までにやってほしい』と言っても、『他の仕事があるので、金曜までにはできない』と言われるリスクがあります。ICはコントロールしにくいんです。私の忠実な部下ではありませんから。だから今はみんなが、それぞれの会社にとってどのような組み合わせが適切なのか、正解を見つけようとしているところなんだと思います」(シュルツ)
実際、シュルツは現在、ICのうち2人をフルタイムで雇用する手続きを進めている。
だから、フルタイムの仕事が消滅するわけではない。しかし、リモートワークの台頭によってギグワークへのシフトが加速すれば、何百万人もの労働者が安定した仕事を失い、従来は正社員だけが受けてきた福利厚生を失う可能性がある。
アメリカが、基本的な福利厚生をフルタイム雇用と結びつけることにこだわっていることを考えると、これは誰にとっても大きな問題になりうる。例えば、65歳未満のアメリカ人の半数以上が、雇用主が提供する医療保険に頼っている。雇用主にとって、従業員を「静かに退職」させることと、従業員を医療保険や確定拠出年金がない状態で放置することは似て非なるものだ。
「これまでは雇用主を通じてのみ提供されていた社会的支援をどのように人々に提供するか、考える必要があります」と、ガストで主任エコノミストを務めるリズ・ウィルケ(Liz Wilke)は言う。そしてこう続ける。
「こういったタイプの労働者が労働力にもたらす利点——柔軟性や敏捷性、一貫性のあるスキルアップに継続的に取り組もうという強力なインセンティブ——を維持しつつ、彼ら彼女らに対して労働者が当然得るべき社会的支援を提供できる、中庸な道とはどのようなものでしょうか。
この傾向が今後も続くのであれば、その議論はなされるべきでしょう。当社のデータを見る限り、私はこの傾向が続くと見ています」