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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
アメリカの学生向け情報サイトが発表したレポートによれば、いま同国のZ世代の学生の間では軍需産業や政府系機関など、安定志向の就職先に注目が集まっているそうです。学生の就職先に景気の良し悪しが大きく影響するのは日本でも同じ。ただし、アメリカと日本で社会人のキャリア観には、大きな違いがあると入山先生は指摘します。それはいったい?
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アメリカの学生に人気の意外な就職先
こんにちは、入山章栄です。
みなさんは新卒のとき、何を基準に就職先を選びましたか? 安定性、将来性などいろいろな基準があると思いますが、現在のように先の見えない時代、安定した職場が魅力的に映るのは日本の若者だけではないようです。
BIJ編集部・常盤
アメリカの学生に就職関連の情報を提供するHandshakeというサイトが、面白いレポートを出しています。このサイト上でどのような検索ワードが打ち込まれているかを集計したもので、それによると「レイセオン」とか「ロッキードマーチン」などの軍需産業や政府系機関の名前が検索上位に挙がってきているのだとか。つまり不況に強く、まずつぶれることはない就職先ですね。
その一方でGAFAMなどビッグテック系の企業はあまり検索されていない。現在のアメリカが景気後退局面にあるからか、アメリカの大学生が安定志向であることがよく分かります。
しかし「安定性ばかりを優先して会社選びをすると、景気がよくなったときに後悔しないかな」と老婆心ながら思ってしまいました。入山先生はどう思われますか?
そうですね。僕の意見を言う前に、ミレニアル世代の野田さんの意見を聞いてみましょう。野田さんはこのニュースについてどう思いますか?
BIJ編集部・野田
なんだかちょっと分かる気がしますね。2024年卒の日本の大学生を対象にした調査によれば、文系学生の一番人気は「ニトリ」、理系学生は「ソニーグループ」だそうです(「マイナビ・日経 2024年卒大学生就職企業人気ランキング」)。理系は特に安定志向が強いのかなという印象でした。
へえ、ニトリはちょっと意外でした。いまやそんな人気企業になっているんですね。
さて、僕はこのレポートを見たとき、「それはそうだろうな」と納得しました。僕がアメリカの大学で教えていたときの経験から言っても、実はアメリカの学生も多くは安定志向なんですよ。
アメリカというと、われわれはすぐシリコンバレーやニューヨークをイメージしますが、あの一部の地域の突出ぶりがすごいから「アメリカ人はみなリスクをとっている」ように見えてしまう。でも残りの地域、例えばオハイオとかノースダコタとかミネソタとかアラバマにいる人たちは、きわめて保守的な価値観を持っています。
そのうえ今アメリカは景気が良くないので、「やっぱり地元の安定した会社がいい」と思う若者が多いのは納得です。ですからそのリポートは現実を的確に反映していると思いますよ。
日本の大学生も二極化
一方、日本の大学生の就職意識はどうかというと、僕の見たところ二極化しているようです。東大、早稲田、慶應などの学生たちは比較的起業への意識が強い人が出てきて、必ずしも安定志向ではない印象です。いわゆるMARCHと呼ばれる大学の学生たちにも、こういう意識の方々は多く出てきていますよね。
しかし、こんな傾向があるのは東京近辺の大学生だけです。例えば地方の国公立大学の学生の多くは、良くも悪くも非常にコンサバな印象です。例えば、岡山大学は地元では名門校ですが、ここの学生の第一志望は公務員で、第二志望は中国電力、といった感じです。
なぜこうなるかというと、僕の理解では、いまはとても不確実性が高い時代だからです。不確実性が高いということは振れ幅が大きい。起業してうまくいかないとひどい目に遭うけれど、うまくいけば成功も桁違いに大きい。こんなとき特に東大や早慶の学生は、仲間の影響を受ける「ピア効果」もあるのでその影響を受けて、「リスクをとっても起業したい」とか「テック企業に行きたい」となる。
しかし地方にいると、周りにそうやって活躍している人はいない。そうすると、「不確実性が高い時代だからこそ、とりあえず可能なかぎりリスクを抑えよう」という発想になる。そうするとまずは公務員とか大企業とか、安定性を重視した選択になるのだと思います。
BIJ編集部・常盤
なるほど。では、もし入山先生がいま地方の学生だとしたら、どうします?
そうだなあ……。自分のことをカッコよく言うつもりはありませんが、僕はあまり周囲に流されない気がしますね。僕が大学4年だったときはまだバブルの残り香があって、誰でも大企業に就職できそうだったし、ほとんどの人が公務員や大企業志向でした。その点、僕は我が道を行くタイプというか、ただ鈍いだけというか、経済学が面白いと思ったのでそのまま大学院に行きました。仮に地方にいたとしても、周囲と同じ道は選ばなかったと思いますね。
BIJ編集部・常盤
たしかこの連載の第54回でも、「もし僕がいま22歳なら外資系コンサルは絶対に志望しない」とおっしゃっていましたね。
はい、絶対に行きません。僕のモットーは「人と同じことをしない」ですから。今だったら、みんな起業をしたがっているから、僕は起業は絶対しません(笑)。
BIJ編集部・常盤
徹底した逆張り人生ですね。
さきほどのHandshakeのレポートに戻ると、検索ワードには軍需産業の名前も多かったそうです。今もまさに戦争が起こっていますし、需要は確かにあるのでしょうが、大学院で修士や博士をとってアカデミアのほうで頑張ってきた学生まで、こういった産業に流れていくのは選択肢として賢明だと思われますか?
もちろん戦争はよくありませんが、おそらく学生の感覚からすると、「三菱重工に就職したい」という感じだと思いますよ。例えばロッキードマーチンといっても、別に武器だけを作っているわけじゃない。航空機や宇宙船なども作っています。武器に関しても、「人を殺めるものである」とも言えるけれど、「国を守るものである」と思う人もいるでしょう。
ただ、ここからがポイントなのですが、アメリカと日本で学生の感覚が違う可能性があるのは、アメリカの学生はロッキードマーチンのような安定した会社に入った後でも、またそこから離れるリスクをとる人が少なからずいるだろうということです。
BIJ編集部・常盤
転職ということですか。それはありそうですね。
景気が悪いときはとりあえず一時退避みたいな感じで安定しているところに入って、そのあと景気が回復したり、本当に自分がやりたいことが出てきたりしたら、それこそシリコンバレーのテック企業などに移る人はかなりの割合でいるはず。僕はそこが一番の違いだと思います。
アメリカは、安定している業界はあるけれど、雇用は日本ほど安定していません。業界によってはリストラがあるかもしれないし、アメリカの経営は超トップダウンですからあっさりクビになったりもする。だからロッキードマーチンが安定産業でも、そこで一生働きたい人はあまりいないでしょう。アメリカは日本以上に大学院教育がさかんなので、一度大学院に行って別の専門性を高めて、それでジョブチェンジする手もありますしね。
日本の場合、「岡山県庁に勤めたい」という人は、「一生岡山県庁にいる」という発想で就職することが多いと思います。ここは、一見「最初の会社は安定志向」と同じようにみえて、日米で大きな差があるところでしょうね。
いいスタートアップは不景気のときに生まれる
BIJ編集部・常盤
入山先生が大学4年だったときの日本はまだ景気がよかったわけですが、仮に景気が悪くてもやはり同じように「逆張り」をしたと思いますか?
多分したでしょうね。これはよく言われていることですが、いいスタートアップって、基本的に景気が悪いときに生まれるんですよ。先日、経団連のイベントで南場智子さんがおっしゃっていましたが、Slackはリーマンショック直後に、Googleはドットコムバブルが終わったときに生まれています。
景気が悪いといろいろな会社が潰れるので、まず業界の破壊が起きる。なおかつ、いろんなものの値段が下がるので、投資家が面白いと思ったところに気軽にバンバン投資できる。
そういう意味では、いまインフレと金利上昇でスタートアップ市場が冷え込んでいるアメリカは、これからまさに仕込みの時期。5年後、10年後に振り返ったとき、「あのときの動きが今のアメリカをつくったね」という時期になるのではないでしょうか。
アマゾンも今年に入って大量のリストラをしましたが、10年後か20年後、アマゾンをクビになった人たちの中から巨大なスタートアップが生まれるはずですよ。これがアメリカのダイナミズムだと思います。
そう考えると、景気が悪いときは安定したところに行きたくなるけれど、そんなときがいちばんイノベーションが起きやすい。もし僕だったら、可能なかぎり変なことに挑戦しますね。でもそれはあまりにもリスキーだと思うなら、副業が可能な組織に行って、安くても安定した給料をもらいながら、なにかすごく変なことをするのが一番いいでしょうね。
BIJ編集部・常盤
確かに景気が悪いと、どうしても目先のことが気になって悲観しがちです。しかし将来への不安や、人からどう思われるかという世間体などをいったん脇に置いて、これをチャンスだと捉えるマインドセットが大事なのかもしれませんね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。