7月6日にインスタグラム(Instagram)がツイッター(Twitter)対抗のソーシャルメディアアプリをリリースすると話題だが……。
REUTERS/Dado Ruvic/Illustration
※アプリの正式リリースに合わせて内容を一部アップデートしました(7月6日)。
メタ・プラットフォームズ(Meta Platforms)傘下の画像・動画共有アプリ運営インスタグラム(Instagram)は、プラットフォームとしても企業としても、多くの人にとって謎の多い存在だ。
2017〜19年にインスタグラムのプロダクトマネージャーを務め、現在はクリエイター向けフィンテックを手がけるカラット・ファイナンシャル(Karat Financial)の共同最高経営責任者(CEO)として活躍するエリック・ウェイは、インスタグラムの謎を解き明かそうと、今日に至るまでその動きを追い続けてきた。
ウェイ自身の説明によれば、彼はインスタグラム在籍中、ライブ配信機能「インスタライブ」などのプロダクトや、企業あるいはクリエイター向けの新たなエクスペリエンス創出に携わった。
インスタグラムの経営を理解しようと分析検討を重ねた結果、その行動の特徴は次のような2点に集約できるとウェイは結論した。
「インスタグラムは、要は確信がない限り動かない」
プロダクトやサービスの構築について、同じメタ傘下のフェイスブック(Facebook)が、何事もまずは試してみて、その後はよく知られるモットー通り「迅速に行動し、破壊する」カルチャーを持つのに対し、インスタグラムはもう少し合理的で、テストやプロダクトローンチには比較的慎重だという。
これは最近の傾向ではなく、近ごろ「インスタグラムは魂を失った」と批判を公言したケビン・シストロムら創業者が在籍していた時代からのカルチャーだとウェイは語った。
「インスタグラムは何よりユーザーエクスペリエンスを優先して考える」
インスタグラムにとって、クリエイターや著名人、顧客企業より大事なのが、ユーザーエクスペリエンスだ。ウェイはこう語った。
「インスタグラムがクリエイターを重視するのは、あくまで彼ら彼女らがユーザーをプラットフォームに連れてきてくれるからです。
自分の在籍した時代は少なくとも、企業や著名人向けに何かを作ったり始めたりするにしても、『オッケー、趣旨は分かった。それで、根本的なところだけど、一般ユーザーのエクスペリエンスはどう改善されるんだっけ?』といった具合でした」
ウェイが退社して間もなく、インスタグラムはクリエイター重視の運営にシフトしていった。
新たなアプリは「スレッズ(Threads)」
インスタグラムは、ツイッター(Twitter)やブルースカイ(Bluesky)、マストドン(Mastodon)などテキストベースのソーシャルメディアと競合する、全く新しいアプリのローンチに向けて準備を進めてきた。
そして、アップルの公式アプリストアAppStoreに事前掲載された情報などから噂が飛び交っていた通り、7月6日に新アプリ「スレッズ(Threads)」がリリースされた。
インスタグラムは2019年にも同名のメッセージングアプリをローンチさせ、2021年12月末に提供終了しており、それとの関係性も注目される。
前出カラットの共同CEOとしてクリエイター向け金融サービスを展開するウェイは、インスタグラムのこの動きについて、ツイッターが(イーロン・マスクによる買収後)変調を来したことで、ある程度固定化された市場に「他の競合アプリが入り込む余地が生まれました」と説明する。
インスタグラムのプロダクトマネージャーを経て、現在はカラット・ファイナンシャル(Karat Financial)の共同最高経営責任者(Co-CEO)として活躍するエリック・ウェイ。
Courtesy Eric Wei
「IGTV」撤退の過去を忘れていないか
さて、インスタグラムの新たなアプリはツイッター自滅の間隙を縫って、テキストベースのソーシャルメディア市場で首尾よくシェアを獲得できるのだろうか。
ウェイは新たな「スレッズ」アプリのポテンシャルを評価する上で、インスタグラムの過去の動きを振り返っておくことには一定の意味があると指摘する。
とりわけ、ユーチューブ(YouTube)対抗を狙ったインスタグラムの長尺動画共有機能「IGTV(アイジーティーヴィー)」は良いケーススタディの材料だという。
IGTVは2018年に最大60分の動画を投稿・視聴できる専用アプリとしてローンチしたものの、21年10月にはインスタグラムのビデオ機能に統合され、翌22年3月をもってアプリ提供も終了した。
IGTVのローンチ当時、クリエイターたちにはユーチューブとフェイスブック以外に長尺動画をシェアする手段がほとんどなかった。
そこにシェア獲得のポテンシャルを見出したインスタグラムの経営陣は、クリエイターとのパートナーシップを担当するチームに命じ、著名人やインフルエンサーのスカウト、積極活用を促進するサポートを強化し、IGTVのテコ入れを図ろうとした。
この手口、どこかで聞き覚えのあるような……前出ヴァージの別記事によれば、インスタグラムは間もなくローンチする「スレッズ」アプリのテコ入れ策にも、「世界で最も影響力のある女性」と称される名司会者オプラ・ウィンフリーや、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世らの起用を検討しているという。
結果的に専用アプリの提供終了に至り、プロダクトとしては失敗に終わったIGTVだが、ウェイに言わせれば、「的を射ていた」面もあるという。それは「ティックトック(TikTok)の大ブレイクを先取りしていた」ことだ。
インスタグラムの共同創業者で、2018年まで最高経営責任者(CEO)を務めたケビン・シストロムは「(画像共有から動画共有への)変化が起きることを見抜いていた」(ウェイ)という。
しかし、IGTVと専用アプリのローンチに関して言えば、インスタグラムのこだわった信念が、結局は躓(つまず)きにつながったとウェイは語る。
「強い信念に従うことには危険も伴います。信念が間違っていることもあるのです。
IGTVは長尺で、縦長動画で、スマホ向けでした。スマホでの利用に最適化したのは正しかったし、縦長動画も正しかった。しかし、長尺を選んだのは間違いでした」
「単独で機能するアプリ」の成功体験がない
前節で振り返った「IGTV」や前出の同名アプリ「スレッズ」、2018年にテスト運用を開始したアプリ「ダイレクト(Direct)」は、あえなく撤退に至った。
一方で、ループ動画作成アプリ「ブーメラン(Boomerang)」と、画像コラージュアプリ「レイアウト(Layout)」はいずれも2015年に発表され、それなりの成功を収め、インスタグラムの本体アプリにも機能として統合された。
それでも、インスタグラム傘下の専用アプリが単独で(つまりインスタグラムとの連動なしで)成功を収める可能性について、ウェイは懐疑的だ。
「単独で機能するアプリに関して、インスタグラムには成功体験がないのです」
そうなると、成功の可能性を残すための唯一の選択肢は、インスタグラムの本体アプリにツイッターのようなフィードを追加することかもしれない。
ただ、その最後の手段についても、ウェイの見方は否定的だ。
「現在のインスタグラムはあまりに複雑すぎます」
そう考えているのはウェイばかりではない。2018年10月からインスタグラム責任者を務めるアダム・モッセーリも、2023年初頭に本体アプリのナビゲーションを変更した際、やはりプラットフォームとしての複雑さに言及している。
これはソーシャルメディアアプリが陥りがちな難問だとウェイは語る。
次々登場するソーシャルメディア市場で競争力を維持しようと思えば、好むと好まざるとに関わらず、競合アプリとの差別化を図る新機能を「追加し続ける」必要がある。
それに、アプリがひとたび成功して一定の地歩を固めたなら、次の何かを打ち出す際には、先に成功を収めたアプリの基盤の上に構築・展開して、既存のネットワークを最大限活用するのが王道だ。
だからこそ、「スーパーアプリ」への成長を目指すアプリが後を絶たないわけだが、インスタグラムでそれをやるとむしろ後退につながる可能性が高いと指摘する向きもある。端的に言えば、機能が詰め込まれすぎて「ごちゃごちゃになる」との懸念だ。
「一般消費者向けのソーシャルアプリには、あらかじめ定められているのにほぼ近いライフサイクルが存在していて、インスタグラムはいままさにその時期に差しかかっているのだと思います」
ウェイの目には、インスタグラムの最新の動きは「ヘイルメアリー(Hail Mary)」、つまり負け気味の試合の最終盤に逆転を狙って投げるロングパスに見えているようだ。
いまあるアプリにこれ以上機能を詰め込むことができないのなら、残る選択肢は新しい何かを生み出すしかない、ということか。