【宇野常寛】30代でもやりたいことがない…。それなら「圧倒的な存在に打ちのめされる」経験をしよう

都内でもカブトムシやクワガタが集まるスポットはある。

都内でもカブトムシやクワガタが集まるスポットはある。

提供:宇野常寛さん

2023年4月に『ひとりあそびの教科書』を上梓した評論家の宇野常寛さん。10代に向けて、「ひとりあそび」の大切さを説いた本だが、この本は大人にも響く内容だ。

例えば、30代に入り、周囲の多くが結婚・出産し、今まで一緒に遊んでいた友達を誘いづらくなってしまった……。そんな人に向けた「大人のひとりあそび」について記者が聞いた。

自分以外に好きなものを見つけてみよう

—— 30代のビジネスパーソンの中には、休日にYouTubeやTikTokをだらだら見て気づいたら1日が終わってしまうなんて人も多いんじゃないかと思うんです。それで満たされているならいいのですが、不満を抱える人も多い。なぜこのようなことが起きていると思いますか?

宇野さん:自分自身の経験も踏まえて言うと、30代って自分が思っていたほど自由じゃないと思うんです。20代で思い描いていた“理想の30代の暮らし”って誰でもあると思いますが、だいたいそうなっていないでしょう。

30代になれば、ある程度社会的な立場を築いて、仕事、遊び、家庭含む自分の人生をデザインする力があると夢想していたんじゃないでしょうか。

理想と現実の乖離の最たるものは経済的な要因かもしれませんが、その次に大きいのは、思ったほどやりたいこととか、楽しいことが少ないという壁に直面していることだと思います。

でも、人は何かをやっていないと人生の虚しさに耐えられないから、手っ取り早い「承認の交換」に走るという構図があると思うんです。

『ひとりあそびの教科書』河出書房新社、1562円。

『ひとりあそびの教科書』河出書房新社、1562円。

撮影:杉本健太郎

—— 例えば、飲み会とかですか?

宇野さん:そうです。日本における飲み会文化というのは、ほぼメンバーシップを確認するためだけの行為だと僕は思っています。アルコールで酩酊して本音を開示することによって、メンバーシップを確認するための儀式。

でも、飲み会って精神安定剤みたいなもので、「私達は仲間です」って確認して、いっときの安心感を得られるけど、時間の経過とともにまた不安になってくるものです。それに心のどこかで虚しさを感じていた人も多かったんじゃないでしょうか。

僕は多分「自分のやりたいことで自己実現している側の人間」だと思われています。本もたくさん書いて、自分のメディアも運営している。それはあながち間違いじゃないけど、僕が仕事に使っている精神エネルギーって実は6割くらいなんです。

—— だいたい趣味や遊びにどのくらい使っているんですか?

宇野さん:僕はたぶん世の中の人より、趣味や遊びに対する時間や金銭の割き方がだいぶ大きいと思います。

例えば、ランニングが趣味で週2回は10キロ以上走る。その後栄養補給でご飯を食べたり 、お風呂に入ったりする時間を考えると、週に8時間はランニング関連のことに時間を使っています。

他にもアニメを見たり、模型を作ったり、仕事以外の読書をしたり、そういった趣味を入れると、週に20時間ぐらいは趣味に使っていると思います。金銭面でもフィギュアにはちょっと書けない金額を費やしていますね。

僕がこんなに趣味に時間を使う人間じゃなかったら、もっと仕事はたくさんできると思う。でも、それ以上に趣味や遊びから得るものが大きいんです。

それは何かと言うと、豊かな時間。幸せだなと思える時間は何ものにも代えがたい。気持ちのいいランができたとか、素晴らしいフィギュアを手にしたときの喜びがあるから仕事もできるんです

宇野さんの膨大なコレクションのほんの一部。

宇野さんの膨大なコレクションのほんの一部。

提供:宇野常寛さん

—— 飲み会は行かないんですか?

宇野さん:飲み会より楽しいことがたくさんありますから。僕は10年以上前に断酒してから、ほとんど飲み会には行っていません。「飲み会」みたいな形式を取らずにみんなで遊ぶのは好きですけどね。

ひとりが寂しいっていうのは当然の感情ですが、ひとりでいるからこそ楽しいことを見つけるのが大事だと言いたいですね。

—— 「30代独身でお酒や飲み会なしの生活なんて考えられない」みたいな人もいると思うんです。

宇野さん:気持ちは分かりますが、そういう人って自分以外に好きなものがないんじゃないでしょうか。まだ圧倒的な存在に遭遇していないだけだと思います。自分の外側にある圧倒的な存在に打ちのめされるみたいな経験をしてこなかったから、自分のことばかり考えちゃうんだと思います。

—— それは本当に自分が好きなものを見つけられなかったということでしょうか?

宇野さん:好きになるんじゃなくて、“好きにさせられてしまう”。交通事故のようなもので、偶然何かに襲われてしまうような体験。その衝撃を受け止めてしまった前と後では、もう同じ自分でいられなくなるような体験です。

あえてコミュニケーションを一切断ってみよう

—— そういう圧倒的なものはどうやったら見つかるんでしょうか?

宇野さん:とりあえず「突っ込む」みたいな作業が必要だと思います。なんでもいいと思うんですけどね。

—— 突っ込む?

宇野さん:うん。面白そうだからとか、流行っているからとか、そういうことじゃないんです。自分の本能の赴くままに何かをむさぼることが必要なんです。そのために1番必要なことはコミュニケーションを断つことです。

—— SNSも禁止ですか?

宇野さん:そう。とにかく人とつながらないこと。自分がこの先2日でも1週間でも、誰とも連絡をとれなくなったときに、何がしたいんだろう、何が欲しいんだろうと考えるといいですよ。そういう時に深く刺さる体験が生まれます。

—— ただ、コミュニケーションを断つことの寂しさとか、空しさ、孤独感に耐えられない人もいるんじゃないでしょうか?

宇野さん:それは、自分が求めているものが人間関係だと思い込みすぎていると思います。世の中には人間関係で「しか」埋められないものと同じくらい、人間関係「ではない」領域でしか得られないものも存在します

宇野流読書のススメ。「役に立つ」読書はやめよう

—— 宇野さんは著書の中で、人生そのものを遊びに変える最も効率的な手段が読書だと書いていますが、巷の読書と宇野さんが実践している読書は何が違うのでしょう?

宇野さん:僕の考えでは読書というものを「人生の役に立てる」ためにするのは大間違いです。 Life Insiderの読者にこんなことを言うのは過激かもしれませんが、本棚のビジネス書は全部捨てていい。ビジネス書ばかり読んでいると読書の本来の喜びを失います。

読書というのは、人の話を聞く快楽なんです。基本的に人というのは、自分の話をする方が面白いと感じる生き物ですが、いったん自己確認の快楽を捨てるべきです。物事を深く考えるためには、絶対に人の話を聞くプロセスが必要です。その時に「自分の生活に役に立つかどうか」「自分が何かするかしないか」という視点が入ると、本の内容に純粋に向き合えない。

でも、役に立たないけど面白いことってたくさんあるわけです。むしろ読書の喜びというのはそこにあると言っていい。「役に立つ」「役に立たない」という思考は、世界から目を閉ざす行為です。自分の狭い経験と生活世界の中に想像力を閉じ込めてしまうと、人生はどんどん退屈になっていきます。

街を歩くこと、走ることで世界の見え方を変える

—— 宇野さんはランニングを始めて生活が変わったそうですね。

宇野さん:移動手段を変えることによって、世界を見る目が変わります。ランニングを始めるまで、僕は東京という街を駅単位で捉えていましたが、今は自分自身の脚で走った土地感覚で見ています。

例えば、高田馬場から品川まで、普通は電車で行くでしょうけど、ランニングをしている人だったら、10~15キロって1時間半から2時間くらいだなって考えるわけです。全然走れる距離なんです。山手線圏内ならだいたいどこでも走っていけるという感覚になるんですよ。

新国立競技場沿いもお気に入りのランコースだ。

新国立競技場沿いもお気に入りのランコースだ。

提供:宇野常寛さん

—— 散歩だとまた感覚が違うんでしょうか?

宇野さん:街を駅単位でしっかり取り込むんだったら、散歩がいいと思います。そうではなくて土地の成り立ちや街同士のつながりを味わうんだったら、ランニングの方がいいと思います。

—— 電車や車だと見えない風景があるということですね。

宇野さん:世界に対する解像度の違いですね。特に電車だと点から点の移動になって、線や面の感覚を失ってしまう。車はそれを若干取り戻してくれますが、どうしても幹線道路中心の移動になってしまう。例えば土地の高低差みたいなものは自分の脚を使わないと分からないですよ。

—— 読書の時に役に立つことを目的にするなと仰っていましたけど、ダイエット目的で走ることもランニングの面白さを疎外するんでしょうか?

宇野さん:僕もダイエット目的で走っていたころは、ランの面白さが全く分からなかったんです。だから何かを目的に走るっていうのは良くない。タイムを気にすることも良くないと思います。「自分との戦い」というのもナルシシズムです。

そうじゃなくて、自分の体で移動する純粋な喜びを土地との対話の中で見出す。別に寄り道したっていいし、休んでもいい。僕はランニングの途中でカブトムシを探しに森に入ったりします。

最近は昆虫を持ち帰るのではなく、写真撮影や動画撮影をしているという。

最近は昆虫を持ち帰るのではなく、写真撮影や動画撮影をしているという。

提供:宇野常寛さん

—— 体を動かすこと自体が楽しいということですね。何かを目的にすると邪魔になると。

宇野さん:デートで食事をしている時に、相手の気持ちとかをあれこれ考えていると、ご飯の味がしないでしょう。そうじゃなくて、まずは目の前のご飯の味を堪能しなよという話です。

—— なるほど。まずは目の前の楽しいことを味わうと。

宇野さん:そう。もし楽しいことが思いつかないんだったら、自分が生理的に気持ちいいと思うことをとりあえずやってみたらいい。何かやってみることによって、自分の生活の乱数が変わり、人生に変化が生まれます。

世の中には、自分を確認する快楽と、自分がどうでもよくなる快楽の2つがあって、SNSを始めとした世の中の多くのサービスは自分が自分であることを確認する快楽を追求する方向に傾いています。でも、僕は後者を積極的に選んでいく人生のオプションもあった方が楽しいと思いますよ。


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