国連の世界幸福度ランキングでは毎年10位前後と、生活充実度の高いイメージがあるオーストラリアだが、ミレニアル世代は他国と同様、経済的ストレスに苦しみを感じている模様だ。画像は2023年3月、同国東海岸にて。
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美容と健康に良いと評判のアボカドトーストに全財産をつぎ込んでいる——。そう揶揄(やゆ)されるのは、アメリカのミレニアル世代だけではない。
ミレニアル世代の紋切り型イメージをコミカルに表現したこの言い回しは、実はオーストラリアで生まれたものだ。
2017年、オーストラリアの大手テレビ局チャンネル9の看板ニュース番組「60ミニッツ」で、同国のミレニアル世代は永遠に住宅を持てないのかと尋ねられたメルボルンの不動産王ティム・ガーナー氏は、こう答えた。
「つぶしたアボカドとコーヒーに1日40豪ドルも費やし、満足に仕事もしないのであれば、間違いなくそうなるでしょう」
大富豪のこの放言が、いつの間にか海を渡り、アメリカをはじめ世界中でミレニアル世代の枕詞(まくらことば)として使われているわけだ。
オーストラリア統計局が発表した2021年の国勢調査によれば、オーストラリアとアメリカのミレニアル世代には、多くの共通点がある。
信仰心が薄く、結婚して子供を持つのが遅く、高学歴ではあるが学生ローンの債務を抱え、親以上の収入を得ているものの親世代ほどの生活の余裕はないと感じている。
とは言え、より詳しく見れば、違いも浮き立ってくる。
国公立大学の学費にはオーストラリア政府からの補助(無利子の貸与奨学金)があり、卒業後も課税所得が一定水準に達するまで返還を猶予され、物価変動に応じて債務残高の調整も行われる。
また、住宅価格の高騰で持ち家に手が届かないオーストラリアのミレニアル世代の有権者は、住宅問題の解消を訴える急進左派政党「緑の党」を連邦議会の第3勢力に押し上げた。
高収入でも生活に余裕なく、結婚と子供は先送り
オーストラリアのミレニアル世代は、それぞれ同居するパートナーはいても、必ずしも結婚や子供を望んでいない。
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首都キャンベラのオーストラリア国立大学(ANU)で公共政策を教えているピーター・ホワイトフォード教授によれば、オーストラリア経済は近年「大規模な変化」を経験しており、平均的な世帯像をイメージするのが難しくなっているという。
また、ミレニアル世代について同教授は、「非常によく働くが、生活に余裕がないと感じている」と説明する。
収入そのものは間違いなく増えている。
ミレニアル世代の週給は1527豪ドル、米ドルの年収に換算すると5万7304ドル(約802万円)だ。X世代(ミレニアル世代のすぐ上で、Z世代を子に持つ)が現在のミレニアル世代と同年齢(25〜39歳)だった頃の週給は930豪ドル、その前のベビーブーム世代の頃は520豪ドルだった。
絶対額で比べると、ミレニアル世代の収入は過去の世代を上回るものの、生活コストがはるかに上昇している上、急場や老後を支える持ち家などの資産も持っていないので、もっと稼がないとやっていけないとミレニアル世代の多くが感じている。
オーストラリアの金融情報サイト「ファインダー(Finder)」が毎年行っている家計意識調査によると、直近の2022年、ミレニアル世代の60%が経済的ストレスを感じたと答えたのに対し、ベビーブーム世代でそう答えたのはおよそ半分の29%だった。
「ミレニアル世代の所得は、ベビーブーム世代のそれを上回るペースで伸びているにもかかわらず、資産はそれほど増えていないのです」(ホワイトフォード教授)
家庭や子供を持つことをためらうミレニアル世代も増えている。
2021年の国勢調査によれば、パートナーとの同居率はX世代とほぼ同じだが、子供を持つ世帯の割合は21.1%と、X世代が現在のミレニアル世代と同じ年齢だった2006年当時の40.7%から半減している。
ベビーブーム世代が25〜39歳だった1991年当時の未婚率は26.4%だったが、ミレニアル世代のそれはほぼ倍増の52.6%となっている。
学生ローンの負担はアメリカより軽い
オーストラリアでは手厚い奨学金制度を使って大学に通うことができる。
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アメリカでは2022年、年間所得が12万5000ドル(世帯で25万ドル)を下回る学生ローンの債務者を対象に、最大2万ドルの返済を免除する措置をバイデン政権が打ち出していたが、今年6月末に連邦最高裁判所が「政府の権限を逸脱している」として、この免除措置を認めない判決を下した。
オーストラリアのミレニアル世代も同じように学生ローンを抱えているが、経済的負担はアメリカの同世代に比べれば、はるかに軽い。
そもそも、オーストラリアの大学の学費はアメリカのそれよりも安い。
オンライン融資仲介の米レンディングツリー(LendingTree)によると、大半のオーストラリア人は国公立大学に通っており、学費は平均して年1万〜2万2000米ドル。平均的な学生ローン債務は2万4000豪ドル、米ドル換算で1万6000ドル(約224万円)となっている。
オーストラリア政府が貸与する奨学金は大学の授業料全額をカバーする手厚いもので、卒業後の年収が5万1000豪ドルに達するまでは返還猶予を受けられる。しかも、返還額は課税所得に応じて累進する制度となっているので、低収入で返済が苦しいということはない。
ライリー・グローガン氏は、もうすぐ学生ローンの返済が終わる。
Courtesy of Riley Grogan
ライリー・グローガン氏(31歳)は「(オーストラリアでは)学生ローンの返済を心配する人はほとんどいません」と語る。
オーストラリアの大学では、多くの学部が3年制だが、グローガンさんは4年制の工学プログラムを専攻し、学位取得まであと1年のところで中退した。
「3年分の学費を借りましたが、(超過累進課税方式の)所得税と同じように収入が低ければ支払いを免除され、収入が増えると給与に応じて天引きされる仕組みなので、経済的な負担は大きくないのです」
グローガン氏は大学に2年通った後、ギャップイヤー(留学や社会活動などのための休学制度)を利用してアイスランドとアメリカを旅した。大学中退後は、スキーのインストラクターやブラックジャックのディーラーを経て、IT関係の仕事に落ち着いた。
「ギャップイヤー中の旅行でいろいろな文化を体験できました。アメリカやヨーロッパに行くのは時間も費用もかかるので、どうせ行くなら長く滞在した方がいいと、ほとんどのオーストラリア人は思っています」(グローガン氏)
住宅問題はミレニアル世代にとって悩みのタネ
シドニー郊外に位置するニューサウスウェールズ州バクルーズでは、住宅価格の中央値は100万豪ドル(約9500万円)を超える。
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ミレニアル世代のオーストラリア人の悩みのタネが、住宅問題だ。
前出の国勢調査によれば、住宅価格の高騰に直面するミレニアル世代の持ち家比率は、ベビーブーム世代が同年齢(25〜39歳)だった時に比べて10%以上低下している。
ミレニアル世代は、アパートや付帯住戸(既存の戸建住宅と同じ敷地内に建てられた賃貸用住戸)に住む人が多い。
前節で登場したグローガン氏は、シドニーから南へ車で約1時間ほど走ったところにあるウーロンゴンの在住で、友人が所有する家の裏手にある付帯住戸にパートナーと2人で暮らす。
一方、オーストラリア西海岸のパースに住むシングルマザーのルーシー・バンクス氏は、いつか持ち家を購入して安定した日々を送りたいと願い、それを実現した幸運な人物だ。
銀行の窓口係として働きながら2人の子供を育てていた彼女は、2019年に勤務先の銀行を辞め、会員制ソーシャルサイト「オンリーファンズ(OnlyFans)」をベースに、クリエイターとしての活動を始めた。同サイトでは、定額課金のアカウントを開設し、自分のファン限定で画像や動画を配信できる。
バンクス氏がInsider編集部に語ったところでは、年収は活動開始から3年間で3倍になり、2021年には念願だった3ベッドルームの戸建てを27万豪ドル(約2560万円)で購入した。
2022年の年収は40万豪ドル(約3800万円)だったという。
ルーシー・バンクス氏は、自身は幸運にも持ち家を手にすることができたものの、政府はミレニアル世代をもっと支援すべきだと語った。
Courtesy of Lucy Banks
パンデミックの最中、オーストラリアの平均住宅価格は世帯収入の増加ペースの3倍の勢いで高騰した。2020年6月以降、全国の不動産価格は平均26%も値上がりしている。
バンクス氏が暮らすパースは西海岸にあり、住宅価格の中央値が100万豪ドルを超える東海岸のシドニーやメルボルンからは数千キロ離れている。それでも、彼女が選んだ物件は購入後に大きく値上がりした。
実は、バンクス氏の話には前節の続きがあって、彼女は2021年に27万豪ドルで買った最初の家を1年後に35万豪ドル(約3320万円)で売却。オンリーファンズでの収入が増えたこともあり、新たに100万豪ドル(約9500万円)の邸宅を購入し、子供たちを連れて引っ越した。
バンクス氏は自分の幸運に感謝しているが、彼女の世代にとって持ち家がこれほど手の届かないものとなっているのはおかしいと考えている。
「責任は私たちの世代にあるのではなく、政府の無策にあります。家を持つのは人々の基本的な権利だと思います」
彼女の意見は、オーストラリアの多くの若者たちの気持ちを代弁している。そしてそれは、ミレニアル世代の投票行動にも表れている。
オーストラリアでは、保守連合(自由党、国民党およびクイーンズランド自由国民党)と労働党の2大勢力が長いこと政権の座を競ってきた。しかし、直近2022年5月の総選挙では、ミレニアル世代の支持を追い風に「緑の党」が議席を増やし、影響力を増しつつある。
2022年5月の連邦議会総選挙で演説する、「緑の党」のアダム・ブラント党首。
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政治学の第一人者であるオーストラリア国立大学のイアン・マカリスター教授は2022年12月、オーストラリアン・フィナンシャル・レビュー紙のインタビューで、次のように語っている。
「複数の大学の共同研究プロジェクトの一環で国政選挙の調査を続けてきましたが、過去35年の歴史の中で、現在ほど主要政党の支持率が下がったことはありません」
主要政党に代わって存在感を高めているのが、気候変動対策と住宅問題の解消を主要政策に掲げ、ミレニアル世代の支持を集める緑の党だ。
シドニー・モーニング・ヘラルド紙に掲載された最近の記事(6月29日付)によると、2022年5月の連邦議会下院総選挙では「ミレニアル世代とZ世代に関しては、(中道右派の第2勢力)保守連合より緑の党に投票した有権者のほうが多かった」という。
同紙はまた、現在のミレニアル世代とZ世代の投票傾向を考慮すると、保守連合は上下両院合わせて227議席の連邦議会で、将来的に最大35議席を失う可能性があると予測している。
全国的な家賃の凍結を主張する緑の党は、政府の住宅対策を手ぬるいと批判。今年6月には、与党・労働党が提出した住宅不足解消のための建設基金設立の法案に(上院の審議で)反対、否決に持ち込んだ。
バンクス氏の友人には、住宅購入資金を貯めるために実家で両親と同居したり、家を買うことをほとんどあきらめたりしている人も多いという。
「私たちの世代はアボカドトーストに全財産をつぎ込んでいるわけではありません。できれば貯蓄をしたいとみんなが思っています。けれども、それができないのです」