実証フィールド・ルナテラスで実施された、ブリヂストンのタイヤの性能試験の様子。重力が6分の1の月面環境を再現するため、車体は軽く作られている。奥に見える斜面の傾斜は5〜20度。月面探査の関係者のアドバイスを取り入れた。
撮影:井上榛香
鳥取県と鳥取大学が鳥取砂丘エリアに月面を模した「鳥取砂丘月面実証フィールド(愛称・ルナテラス)」を、7月7日オープンした。月面開発に取り組む企業や研究者が集まり、交流する拠点になることを目指す。屋外に月面実証フィールドが整備されたのは国内初だ。
10万年以上の歳月をかけてできた鳥取砂丘のきめ細かい砂や起伏に富む地形は、実は月面によく似ている。
民間初の月面着陸チャレンジのispaceも砂丘で実証
鳥取県・商工労働部産業未来創造課の井田広之さん。人工流れ星サービスなどを開発するスタートアップALEの岡島礼奈CEOが鳥取県出身だと知ったことが「星取県」の発案につながった。
撮影:井上榛香
「鳥取県で宇宙の取り組みを始めるにあたり、何か連携できないかとispaceを訪問しました。鳥取砂丘で月面探査車を試験したいというお話をいただいたときは嬉しかったですね」
こう話すのは、鳥取県商工労働部産業未来創造課の井田広之さんだ。
実は、この4月に民間企業として初の月面着陸に挑戦したスタートアップispaceは、2016年に月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」の参加チーム「HAKUTO」として鳥取砂丘で当時開発していた月面探査車(ローバー)の試験を実施していた。これが鳥取砂丘と宇宙との関わりの始まりだった。
その後、環境省の全国星空継続観察で鳥取市が1位になったことがあると知り、2017年に「星取県(ほしとりけん)」として美しい星空で観光誘致を図る取り組みをスタート。さらに2021年に県として宇宙産業の創出を目指す取り組み進めようとする中で出てきたのが、月面実証フィールドの整備だった。当時、県内外からアイデアや意見を募集すると、「鳥取砂丘で月面関連の実証がしたい」と複数の提案があったのだという。
月面実証フィールドの広さは、フィールド全体面積で0.5ヘクタール。23m×50mの斜面ゾーンと、10m×100mの平面ゾーン。さらに利用者が自由に掘削・造成可能な45m×50mの自由設計ゾーンからなる。
なお、月面実証フィールドの正面には、ドローンを使った3次元測量設計やICTを活用した建機などの実証の場として「建設技術実証フィールド」も整備されている。どちらのフィールドも、鳥取砂丘にある鳥取大学乾燥地研究センターの敷地内にある。
鳥取大学の中島廣光学長は、二つ実証フィールドについて「大学が新しく変わるための起爆剤になります」と期待を語った。
鳥取県と鳥取大学の基本協定締結式。平井伸治県知事(左)と鳥取大学の中島廣光学長(右)。
撮影:井上榛香
月面実証フィールドの利用料は無料。
利用対象は、鳥取県内に拠点を置いている企業(検討中含む)や研究機関。または、県内の大学や企業との共同研究・協業をしている県の産業振興や地域振興につながる取り組みを進める企業や研究機関など。実証フィールドには今後、探査車などを保管する車庫も設置される予定だ。
なお、月面実証フィールドと言えば、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の相模原キャンパス・宇宙探査実験棟内に「宇宙探査フィールド」がある。
鳥取県ではルナテラスの整備にあたり、JAXAの宇宙探査フィールドを視察し、意見交換もしてきた。JAXAの宇宙探査フィールドは屋内であるため天候の影響は受けない。ただ、広さには限りがあり、大型機器の実証実施は難しい。
井田さんは、利用者のニーズに応じてJAXAの宇宙探査フィールドを紹介するなど、相互に補完し合えるのではないかと説明した。
JAXAの宇宙探査フィールド。約400トンの砂や人工太陽光照明灯がされている。
撮影:井上榛香
月面目指す企業、研究チームが鳥取砂丘に集う
7日に開かれたオープニングセレモニーでは、タイヤメーカーのブリヂストンが開発中の「月面探査車用タイヤ」と、東北大学や慶應義塾大学を拠点に活動する学生団体ARESの惑星ローバーが月面実証フィールドを走行する様子が披露された。
ブリヂストンは、JAXAとトヨタ自動車らの有人月面車の開発に参画し、月面の気温や宇宙線(宇宙空間を飛び交う放射線)に耐えられるステンレス製のタイヤを開発している。
耐久試験の設備。月面探査車用タイヤの骨格(左)とゴム製のタイヤ(右)。
撮影:井上榛香
鳥取砂丘は中心部が国立公園になっているため、車両の乗り入れに規制がある。そのため、月面実証フィールドが整備される以前は、海岸線や鳥取砂丘の空いている圃場(ほじょう)を試験に利用していた。しかし、十分な広さがなく旋回できなかった上に、木やゴミが落ちているなど試験の環境が整わない場合もあったという。
「タイヤの開発では、まず骨格を作り室内で耐久を確認します。そして作ったタイヤが狙い通りの性能を出せるかフィールドで試すのですが、月面用のフィールドは今まではありませんでした。専用のフィールドができたことで、開発をかなり加速できると期待しています」(ブリヂストン・石山誠さん)
今回披露されたブリヂストンのデモンストレーションは、長距離を走行して耐久を測る試験と、砂の上での性能を測る試験の2種類。
試験のデータ収集は、鳥取県の建設コンサルティング会社アイコンヤマトが支援するなど、県内の企業との連携も生まれている。ブリヂストン・モータースポーツ開発統括部門長兼次世代技術開発統括部門長の石山誠さんは、今後の意気込みをこう語った。
「今後も鳥取県の企業さんに協力いただきながら、どんどん試験の種類も増やすつもりですし、我々もタイヤの改良を続けていきます。ここで鍛えていただいて、最終的に月面でどうなるかデータを持って帰って来られるようになれば、鳥取砂丘月面実証フィールドを使わせていただいたお返しもできるかなと考えています」
学生団体ARESの惑星探査ローバーと代表の阿依ダニシさん。
撮影:井上榛香
ARESは、火星探査機の学生世界大会への出場を目指して、惑星ローバーを開発している。今後は2〜3カ月ごとに月面実証フィールドで試験を実施する予定だという。
鳥取県との具体的な連携内容は調整中だが、代表の阿依ダニシさんは「将来は鳥取砂丘月面実証フィールドで日本の学生向けのローバー大会を開催できたら、日本の宇宙探査のボトムアップにつながると考えています」と話した。
日本一の「スナバ」から宇宙に
鳥取砂丘月面実証フィールドには、ブリヂストンや学生団体ARESのほか、月面開発への参入を目指すゼネコンなど複数の企業が関心を寄せているという。
平井伸治県知事は、
「大都会と違って、ニッチでもいいので、成長する産業というのはぜひつかみたいですね。県内の雇用と若い方々が夢を描ける舞台が出来上がるという意味で、私たちもぜひ宇宙産業にチャレンジをしてみたいと思っていました。しかし、なかなかハードルが高いわけでありまして。鳥取砂丘が宇宙産業をこちらに引き寄せるマグネットになればと思っています」
と実証フィールド完成の意味を語った。
有人月面着陸を計画しているNASAのアルテミス計画によって、今後はさらに実証の場のニーズは増すとみられる。
かつて「スタバはないですけれども、日本一のスナバ(砂丘)があります」と平井県知事が自虐的に語ったことで話題となった鳥取県。
「スナバが本当に素晴らしいフィールドになりました。これで月まで行けるわけですから、ツキ(月)が出てきたということです」(平井県知事)