テスラが自社のスーパーチャージャーステーションを競合他社にも開放し始めた。その真の狙いは?
Tesla; Britta Pederson/Getty Images; Alyssa Powell/Insider
マスタング・マッハEやシボレー・ボルトのオーナーで、かつて羨望の眼差しでテスラ(Tesla)のスーパーチャージャーステーションの前を車で通り過ぎていた人は、今かなり気分がいいに違いない。
フォード(Ford)とGMは先ごろ、テスラの北米充電システムへのアクセスを認める契約を結んだと発表した。低速の「レベル2」充電器を使用するほとんどの公共充電ネットワークに比べ、テスラが提供するNACS(北米充電標準規格)システムは非常に速く、アメリカ国内だけでも約1800のステーションで約2万のプラグを提供している。
しかしなぜテスラは、以前は固く閉ざしていたスーパーチャージャーの門を他社に開放することにしたのだろうか。初期の報道によれば、GMとフォードはアクセス料を支払っていないとのことなので、金のためということではなさそうだ。
米連邦政府はすでに、充電器ネットワークの構築を促進する75億ドル(約1兆円、1ドル=140円換算)の新しいプログラムに、テスラの規格を含めている。テスラのイーロン・マスク(Elon Musk)CEOはバイデン大統領の発表に対し、「テスラは、スーパーチャージャー・ネットワークを通じて他のEVをサポートできることを嬉しく思う」とツイートしている。なぜ、自動車メーカーで世界トップの時価総額を誇る同社が、業界の中でも突出した技術の1つを基本的に無料で提供するのだろうか?
洗練されたNACSの充電器の先端をのぞき込めば、その答えが目に飛び込んでくるだろう。充電器の3つの大きな穴は電気用だ。しかし、2つの小さな穴はデータポートだ。テスラは携帯電話の電波とWi-Fiを使い、車とユーザーに関するデータを収集している。
ある調査では、そのデータは「宝の山」と呼ばれている。そのようにしてテスラはブレーキシステムの効率からドライバーのエアコン使用頻度まで、車とユーザーに関するあらゆるデータを追跡している。
充電器のポートからは他にもまだまだ多くの情報が得られる。フォードとGMに充電器を接続させることで、テスラはライバル車のデータも吸い上げることができるだろう。そうなれば、テスラは自動車業界において優位に立てるだけでなく、データをコモディティ化して他社に販売することもできる。
これらの新しい充電システムをめぐる取引において、真の力はどうやら電子にあるのではなく、ビット、つまりデータにありそうだ。
充電器は充電以外にも役立つ
ガソリンポンプは、ガソリンタンクが満タンかどうか以上のことを知る必要はない。給油開始して5分もすれば、クレジットカード番号とベンゼンの香りしか残らない。
しかし、EV(電気自動車)の充電は違う。リチウムイオンバッテリーのスタックを最適な状態に保ち、電気効率を向上させることは、間違いなくEVの中核をなす技術的偉業である。
そこでは多くのエンジニアリングが行われているが、最も原理的なレベルにおいて、車内のバッテリー管理システムと電力を供給するものとの間で何らかの通信が行われなければならない。家庭用電線が供給できる以上のアンペアを引っ張らないようにするという、ごく基本的な事柄もある。
しかし、直流電流を使った高速充電では、車両と充電器がバッテリーのニーズについて情報交換できるようにするため、より複雑な技術——識別ハンドシェイク情報とサイバーセキュリティ・プロトコル——が必要になる。テスラ以外のほとんどの自動車メーカーが採用しているCSS(Combined Charging System)には、そのためのプラグがあるが、かさばり、使い勝手が悪い。
テスラはもっと合理的なアプローチを採用した。同社の充電ピンは交流と直流の両方に対応し、「こんにちは、どのような種類の電気が必要ですか」というような単純な情報を伝える「近接パイロット」と、車とドライバーに関する他のあらゆる情報をデジタルで伝えることができる「制御パイロット」の両方を備えている。
その結果、「プラグ&チャージ」のプロセスは、ガソリンポンプを使用するよりもさらに簡単なものになる。それはまた、テスラが充電のたびにユーザー層に関する大量の情報を得ることをも意味する。
データを組み合わせれば多くのことが類推できる
フォードやビュイック(Buick)、クライスラー(Chrysler)やボルボ(Volvo)がテスラの充電器に接続し始めた今、筆者が取材したアナリストによれば、テスラはほぼ間違いなくライバルのEVからデータを引き出すことができるという。
手始めに、テスラは車のバッテリーの充電状態と充電率のデータを収集するだろう。そして、そのデータをドライバーのクレジットカード情報や車の車両識別番号と組み合わせることで、テスラは競合他社のバッテリーシステムの性能に関して、事実上超音波検査に相当することを行うことができる。
ガートナー(Gartner)の自動車アナリスト、マイク・ラムゼイ(Mike Ramsey)氏は次のように話す。
「フォードもGMも、テスラが所有者情報を直接取得するのを防ぐ方法を用意しているはずです。しかしおそらく、別の手段を使えばテスラは情報を得られるでしょう。競合分析という意味では、データ値はほとんどがテスラの手の内に入ります」
充電ステーションの最も基本的な情報、つまりどれだけの電気が必要で、どんな給電方法が最適かという情報であっても、とりわけそれが支払いに必要な情報から構築可能な、車の所有者についての社会人口学的データと組み合わされれば、他の情報を推論する極めて重要な手がかりになりうる。バッテリースタックの経時的な性能、さまざまな使用パターンによる影響、さらには電力網全体の負荷計画をどう考えるべきかまで分かるのだ。
そして、車両のバッテリー管理システムを利用することで、テスラは競合他社からさらに多くのデータを引き出せるかもしれない。
一例を挙げると、テスラと同様、フォードとGMのシステムは、バッテリー管理、エンジン制御ユニット、その他多くのものをつなぐネットワーク上にある。EVのサイバーセキュリティを研究するリサーチエンジニアのサムラット・アチャリヤ(Samrat Acharya)は、次のように話す。
「バッテリー管理システムにアクセスできるのであれば、エンジン制御システムに侵入するのもそう難しいことではありません」
テスラはいずれ「データ会社」になる?
これらのことは、企業秘密の技術というわけではない。フォードはほぼ間違いなくテスラの仕組みを知っており、テスラはフォードの仕組みを知っている。単なるリバースエンジニアリングの範疇の話だ。
しかし、充電プラグに流れる潜在的なデータセットの大きさと、そのデータが時間とともにどのように変化するかを加味すれば、本当に有用なものができるかもしれない。
テスラの広報担当者は筆者の問い合わせに応じてくれなかったが、マスクがデータを重視していることはご存知の通りだ。マスクは、テスラの自動運転の鍵はデータだと言い、Twitterで研究者たちにデータへのアクセス料を請求し始め、脳チップを使いやすくするために初期のNeuralinkユーザーからの脳活動データを頼りにしている。シリコンバレーの多くの人々と同様、マスクにとってもビッグデータほど重要なものはない。
おそらく、他の自動車メーカーが独自のNACSネットワークを構築するにつれて、テスラから同様のデータを吸い上げることができるようになるだろう。そうなればお相子だ。しかし、テスラのようにデータを扱える企業はない。フォードやGMのオーナーが“ビッグブラザー”の要求に従うことに警戒心を抱いているのに対し、テスラのドライバーはテスラを愛する兄姉のように思い、エンジンをかけるたびに自分たちの情報を収集することを許している。
テスラは実は自動車メーカーのふりをしたカーボンクレジット会社だというジョークが何年も言われていた。一時期は、自動車メーカーのふりをした保険会社になりそうな気配もあった。今、筆者はテスラがデータ会社になるのではないかと考えている。しかし、それが結果的に、この会社が繁栄し続ける鍵となるかもしれない。
テスラはすでに、自社の自動運転ソフトウェアにデータを供給するために、自社のユーザーからのデータを分析していたことがある(おそらく成果は限定的だっただろうが)。競合他社のバッテリー・データを追加することで、テスラは自社のバッテリー効率、ひいては電気自動車の主な競争力である航続距離を向上させることができるかもしれない。
さらに、自動車データの市場は大きく、儲かる。The Markupによると、今後10年間で8000億ドル(約112兆円)規模になるとの予測もあるこの分野には、すでに30あまりの企業が進出しているという。
これは始まりにすぎない。筆者が取材したアナリストによれば、EVのバッテリーに関するデータを収集することで、電力会社というまったく新しい顧客層を開拓できる可能性があるという。
EVの急速充電は電力需要を増加させるが、現在の送電網の管理には数学モデルと公開データが必要だ。テスラの持つ数値は、ドライバーが電力を必要とする場所と時間帯を特定する鍵になるかもしれない。
さらには、誰が新しい充電ステーションを建設するかにかかわらず、どこに建設すると最も利益が出るのかということさえも分かるかもしれない。それは長期的に見れば、実際に自動車を製造・販売するよりも収益性が高いことが証明されるかもしれない。
トラックの納車開始や新型ロードスターの生産開始を華々しく発表してはいるものの、テスラは2020年以降、新モデルを発表していない。このデータをうまく活用すれば、その必要もなくなるかもしれない。