Robust Intelligence共同創業者の大柴行人さん。
撮影:土屋咲花
「世界で挑戦するなら、早い段階で米国に行くメリットは大きい」
そう断言するのは、シリコンバレーに拠点を置くAIベンチャー「ロバストインテリジェンス(Robust Intelligence)」創業者の大柴行人さん(27)だ。同社は米国の有力VCセコイア・キャピタル(Sequoia Capital)から出資を受けるほか、CB Insightsが選ぶ「世界で最も有望なAIスタートアップ100社」に選出されるなど、「すごいAIベンチャー」として知られる。
大柴さんは日本で生まれ、開成高校を卒業後、ハーバード大学に進学。2019年に指導教官でもあったコンピューターサイエンスの権威であるYaron Singer(ヤロン・シンガー)教授と共にロバストインテリジェンスを創業した。
大柴さんに、日米のスタートアップ環境の違いと米国で起業するメリットを聞いた。
人、モノ、金が充実
「米国防総省といったものすごい名前の知られている相手に製品を使ってもらえるというのは、大学で教授と一緒に会社を作り、米国でファンディングを受けていたからだと思っています」
ロバストインテリジェンスは、AIのリスク管理をするプラットフォームを手掛ける。米国では国防総省やExpediaといった大手企業・組織が導入する。2021年からは日本にも展開し、楽天グループやセブン銀行、NTTデータなどの大手企業を顧客としている。
ロバストインテリジェンスはハーバード大学の大学発ベンチャーだ。
日米を比較すると大学発ベンチャーの環境は大きく異なる。経済産業省の資料によると、日本では大学発ベンチャーの直近5年の存続率が99%なのに対し、米国はわずか1.8%。ただ、厳しい世界ではあるものの、大柴さんによるとメリットも大きいのだという。
「きちんとエコシステムが形成されていて、資金が集まりやすいのが米国の良さです。僕たちはAIのスタートアップですが、バイオテックやロボティクスなど、ソフトウェア以外の領域に対しても専門性や理解力のあるVCが結構いますし、ディープテック系(長期の研究開発が必要な企業向け)のファンドもしっかりあります。さらに、イグジット(出口戦略)を考えたときに、ディープテック領域の企業をM&Aする会社もたくさんあるので挑戦がしやすいです。競争が激しくシビアな面もありますが、そこで勝てるとかなり大きな会社になれる」
次に大きな利点として挙げるのは人脈だ。
「やはり、色々な人に出会えることが大きいです。ハーバード大学は学部以外にもビジネススクールやロースクールがあり、普通に生活していたら会えないような人が講演に来てくれます。また、同級生や先輩にも成功している人が多く、刺激を受けました」
ハーバード大学の出身者には、上はメタ創業者のマーク・ザッカーバーグ氏やマイクロソフトのビル・ゲイツ氏、大柴さんと近しい年代ではオンライン決済のStripe(ストライプ)共同創業者のジョン・コリソン氏らがいる。
「友達や友達の友達といった身近で成功している人がたくさんいるので、視座が上がります。創業後も初期の採用はボストン(ハーバード大周辺のエリア)で行っていたので、大学のコミュニティを生かしてハーバードの友人を誘って拡大していました」
名門VCからの調達も「人脈」影響
ロバストインテリジェンスはこれまでに、名門VCのセコイア・キャピタル(Sequoia Capital)やタイガー・グローバル・マネジメントなどから合計60億円を調達している。プロダクトの良さは大前提ではあるものの、大柴さんによるとコミュニティや人脈が物を言うケースもあるという。
AppleやGoogle、Zoomなどに投資してきた名門VC、セコイア・キャピタルからの資金調達についても、紹介がきっかけだったと明かす。
「セコイアはシード期から出資してくれていますが、先に出資を決めていたVCのエンジニアリングキャピタルからの紹介でした。『よく一緒にやっているパートナーを連れてくるから』とピッチの機会を得ました」
米国で挑戦する利点を挙げる一方で、大柴さんからは「消去法で米国にいる」という冷静な言葉もあった。
「日本から海外に展開した企業がビッグヒットしているかというと、難しい。リクルートのように米国企業(Indeed)の大型買収を成功させるやり方もありますが、難易度が高いです。世界で挑戦することを考えた時に、最初から米国で通用するプロダクトを作る意義は大きい」
と話す。
特にディープテック領域においては、製品が日本語であることや、日本の商慣習を理解していることの必要性がなく、日本で創業するメリットはほとんどない。
「Uberのように、国の規制によって海外進出が難航するケースもありますが、特に、ロバストインテリジェンスが取り組んでいるようなテクノロジー系の領域においては、米国が産業のリーダーです。ここでスタンダードになれると、それがそのまま世界のスタンダードになる傾向が強い」
起業するなら海外大学?
IVS2023 KYOTOのセッションでは、米国起業するメリットや大変さについて語った。
撮影:土屋咲花
大柴さんは米国で永住権を得ているが、いつまで米国で暮らすかは未定だ。
「今後、市場(米国)がどうなるかにもよります。特にテクノロジー領域においては今、産業のリーダーとして米国市場がすごい伸びていますが、それが40年後どうなっているかは分かりません。向こう10年から20年はきっと米国にいると思いますが、骨を埋めるという感覚はないです」
という。
「より良いマーケットに自分を置くことで、メリットを得るという発想を持つことは、自分が何をしたいかよりも大事な気がしています。
会社が100億の会社になるのか、1000億の会社になるのかは、個人としてどれぐらい優秀かというよりは、良い市場選択ができたかどうかに委ねられると感じています。
東工大を出たエンジニアと、UCバークレーを出たエンジニアのプログラミングのスキルは、大卒時点ではそれほど変わらないと思うんです。 ただ、マーケットが全然違う。規模も伸びも全然違いますし、その中でのエンジニアの待遇も違います。『どういう環境に身を置くか』を、人生の早めの段階で決めておいた方が良いと思っています」
そういった意味で、大柴さんは世界に向けてインパクトのあるプロダクトを生み出したいのであれば、大学や大学院で米国に進学すべきだと指摘する。
「起業して、成功したいなら絶対に日本の方が良いと思います。日本はマーケットもそこそこ大きいですし、二桁億円の売り上げがあれば、上場してキャッシュも入ります。ただ、開発系の領域で人々に使ってもらえるようなツールを作りたかったり、世界でインパクトを出したいのであれば、さまざまなハードルを乗り越えて米国でやるしかないと思います」
大柴さん自身、高校を卒業と同時にハーバード大学へと進学した。当時は「日本でちゃんと成功してから外に出ないと意味がないよね」などと、周囲から批判もされたというが、それが逆にエネルギーになったという。
6月28日〜30日に開催された国内最大のスタートアップカンファレンス「IVS2023 KYOTO」のセッションにも登壇した大柴さんは、テック領域の起業における「勝ちパターン」の仮説をこう語る。
「大学でも大学院でもいいので、米国の大学に行く。そうすれば、ビザで3年間働けます。Googleやセールスフォースといった技術系のツールを内製できる余力のあるテック企業に入り、彼らが課題として感じていることの解決策を事業として起業する。遅かれ早かれ、他の企業も同じ課題を持つはずです。7~8年はかかりますが、良い会社を作るのであれば、米国で学位やグリーンカード(永住権)を取った方が、大きな会社を作れる確率が上がると考えています」