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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
仕事選びの際、多くの人が判断軸にするのが自分の適性やスキル、あるいは給料や待遇などの条件面です。しかし入山先生は、「カッコいい」かどうかが自分にとって何より重要な判断基準だ、と言い切ります。「カッコいい」を基準にすることの効用とは?
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カッコいいとは、最前線で戦うこと
こんにちは、入山章栄です。
前回はアメリカの学生たちの就活で安定志向の傾向が見られるという話をしましたが、今回は「どんな基準で仕事選びをするのがいいか」というテーマを、私見を交えて考えてみたいと思います。
僕は大学院を卒業したあと、1998年に三菱総研という三菱グループの民間シンクタンクに入りました。ここは安定している会社で、お給料も悪くなかった。優秀な同僚に囲まれて、社内で友人もできたし、仕事も楽しくて充実した日々を送っていたと思います。
でも実は、そんな僕は一方で、入社2年目には早くもひそかに会社を辞めて留学することを決意し、それからずっと留学準備をしてもいました。夕方に仕事を早く切り上げて、夜、留学ための予備校に行ったり、週末もTOEFLの勉強をしたり。仕事は面白かったけれど、一方で未来への仕込みをコツコツとしていましたね。
BIJ編集部・常盤
お話を聞くと、さも計画的だったような印象を受けますが、おそらく当時は「20年後は経営学者として活躍しよう」というような深慮遠謀はなかったわけですよね? 面白いと思うことをやってみた結果が現在につながっているということですね。
そうですね。考えてみたら、僕のキャリアはずっと自分が「カッコいい!」と思う人の背中を追いかけてきただけなんですよ。僕の基準では、「カッコいい」ということが何より重要なんです。
BIJ編集部・常盤
カッコいい、ですか。
今の自分がカッコいいかどうかは、棚に上げますよ(笑)。それはさておき、僕はカッコいいかどうかが、進路を考えるうえで最も重要だと思っています。そういうことを世間は言わなさすぎですよ。
一番分かりやすいのが、子どもたちは大谷翔平やイチローを見て野球選手を目指す、ということです。そのへんの腹の出たおっさんが草野球をしているのを見て、「よし!僕も野球選手になろう」とは思わないですよね。
カッコいいというのは、もちろん見た目の話ではありません。僕が個人的に思う恰好のよさとは、「どんな分野でもいいので、その世界の最前線に立って戦う」ということです。最前線で戦っていると何が起きるかというと、その分野で最も高いレベルにいるにもかかわらず、失敗したり負けたりすることも多くなるのです。
僕がかつて大学生の時に一瞬経済学者に憧れたのは、慶應義塾大学で僕の指導教官だった木村福成先生がめちゃめちゃカッコよく見えたからです。木村先生はまさに失敗したり負けたりする姿を包み隠さず学生に見せてくれる人でした。
当時の木村先生はニューヨーク州立大学の助教授を経て日本に帰国したばかり。新進気鋭の、バリバリの若手経済学者でした。木村先生のゼミでは、世界の最先端の経済学の英語の論文を読まされる。しかも木村先生は学者ネットワークを利用して学術誌に掲載前の論文を入手し、それを大学3年の僕たちに読ませるのです。
もちろん学生には分からないところも多いので、「先生、ここはどういうことなんですか」と質問します。すると木村先生は、「ごめん、俺も分かんないわ」と言うこともある。つまり最先端にいる人は、「自分は何でも知っている」なんて絶対に言わない。最前線で戦っているからこそ、「自分は知らない、分からない」ということを素直に言えるわけです。世界の経済学の最先端であるアメリカで、本当にフロンティアのギリギリのところで戦っていた、ということですよね。
道に迷ったらカッコいいほうを選ぶ
BIJ編集部・野田
そういえばスキルシェアサービスを手がけている「ココナラ」の南章行さんも、「迷ったらカッコいいほうを選ぶ」とおっしゃっていました。
そうでしょう。実は南さんは、僕の慶應大学の木村ゼミの後輩なのです。もしかしたら彼も、木村先生の生き方を見て影響を受けたのかもしれませんね。
他にも、当時の慶應の経済学部には、残念ながら最近ご逝去された佐々波楊子先生という本当にカッコいい方もいらっしゃって、僕は非常にお世話になりました。僕が経営学に転向したきっかけは、実な佐々波先生の何気ない一言だったんですよね。
ちなみに、僕は慶應大学の学部から大学院の修士課程まで行きました。でも、そこで一度、民間企業に出てみようと思ったんです。どこの会社に行こうかなと思ったとき、当時三菱総研が出していた『全予測シリーズ』という本があって、それをパラパラと立ち読みしたんですよね。
すると、そこに同社の研究員の名前と経歴が書いてある。「ハーバード大学院修了、専門は安全保障」「東京大学大学院修了、専門はマクロ経済」……。「なんか、カッコいい!」と思って三菱総研を受けることにしました。超ミーハーですよね(笑)。
そのときもう一社受けたのが、三菱総研とは別の某総研で、僕は幸い両方とも内定をいただきました。でもその2社で結局三菱総研を選んだのは、いま慶應大学の教授をしている牛島辰男さんという、当時の三菱総研のエースがやはりすごくカッコよかったからです。三菱総研を受けて面談に進んだ段階で、牛島さんとご飯を食べる機会があったんです。その時に「この人はなんて頭がいいんだろう。かっこいい!」と思ったので三菱総研に決めました。
さらに、冒頭に言ったように三菱総研で働き始めてからアメリカへ博士号をとるために留学することを決めたのも、「経営学の最先端で戦ってみたい。それはカッコいいよね」という感覚がありましたし、幸いなことに、アメリカで僕の指導教官になった先生方ももちろん世界の超フロンティアで活躍する経営学者だったので、カッコいいんですよね。本当に、上司や先輩、指導教官には恵まれました。
BIJ編集部・常盤
カッコいいかどうかが、先生の判断軸にそこまで大きなパーセンテージを占めていたとは……。入山先生の思う「カッコよさ」をもう少し要素分解すると、どういうところですか?
やっぱりその分野でトップレベルの人が、最前線で死ぬ気でやっているなと思えること。そして考え方や生き方が素晴らしいと思えることでしょうか。例えば僕が今いちばんカッコいいと思うお一人は、経営学者の野中郁次郎先生ですね。
BIJ編集部・常盤
確かに野中先生はカッコいいですね。あんなにすごい先生なのに、ジョークを交えつつ、聞き手のレベルに合わせながらも、核心をついた本質的なお話をされる。
しかも、80歳を超えられた今でも、いまだにとんでもなく精力的に現場に行かれますからね。野中先生の本を読んでいると、僕がこの前行ったベンチャー企業に、野中先生は2〜3年前に行っていたりするんです。本当に野中先生は憧れです。憧れても僕では追いつきませんが、尊敬しています。
憧れの人がいる会社がいい会社
BIJ編集部・常盤
最近の就職活動は「自分の適性はこうだから、自分の能力が発揮できそうな業界はこれ」というように、理詰めで就職先を選ぶ傾向がありますが、先生のお話を聞いていると、もっと感覚やパッションで選んでいいんだなと思えます。
人間は基本的に論理的じゃないですからね。大事なのは感覚と直観と、「自分の気分が上がるかどうか」だと思いますよ。どんなに論理的にこれがいい仕事だと言われても、気分が上がらない仕事はつらいですよ。
経営理論で言えば、これは「内発的動機を高める仕事を選ぼう」ということだと思います。つまり、心から「この仕事がやりたい!」と思えることですね。そこにはカッコいいという要素は入ってきますよね。一方で、お金や出世など外部から与えられるインセンティブでモチベーションを上げるのが「外発的動機」です。
もちろん昔の日本のように社会全体が貧しかったころは、そんな寝言を言っている場合ではなく、食べていくのが先決だったでしょう。外発的動機がより重要な時代だったわけです。
でも今は、特に若い世代は売り手市場でどんな仕事でも選べるでしょう。つまり、内発的動機がより重要な時代になってきたと思います。それなら「この仕事はカッコいいな」と思えるほうが気分がいいですよね。仮に自分はまだカッコよくないとしても、まわりの先輩がカッコいいとか、憧れの人がいるなら楽しく仕事ができるでしょう。
BIJ編集部・野田
以前、佐藤優さんが、「労働時間の長いブラック企業でも、尊敬できる人がいるなら、それはあなたにとっていい会社で、ブラックではないと考えたほうがいい」という意味のことをおっしゃっていました。逆もしかりで、「全然忙しくないけど、尊敬できる人、カッコいいと思える人がいないなら、それはあなたにとってはブラックかもしれない」と。
本当にそうだと思います。もちろん本当に長時間労働で体を壊しそうなら別ですが、尊敬できる憧れの人がいるなら、厳しい仕事も逆に面白いですからね。
BIJ編集部・常盤
なるほど。いや、思っていた以上にそういうことは大事ですね。頭で考えすぎちゃいけないなと思いました(笑)。皆さんも就職や転職を検討する際に、「カッコいい」という軸も加えながら選んでみるといいかもしれませんよ。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。