shutterstock / 各社HP、公式SNSより
出前館、ぐるなび、JTB、エイチ・アイ・エス(HIS)、ジャパンディスプレイ、スカイマーク、カクヤスグループ、ガイアックス、グリー……。
資本金を1億円以下に減らして税制上の「中小企業」になるケースが相次いでいる。
問題視されているのは、これらの企業の中には売上規模などが“実質的な大企業”である場合もあり、資本金が安易な節税の手段になってしまっていることだ。会社法の専門家は法律の抜け穴をふさぐべく、警鐘を鳴らす。
税負担が軽減する減資、アフターコロナでも加熱
出典:「中小法人税制と減資」(布袋准教授提出資料)総務省「地方法人課税に関する検討会」より
減資する企業が増えたのは、コロナ禍の不況がきっかけだ。
東京商工リサーチによると2020年度(2020年4月から2021年3月)に資本金を減資した企業は3321社あり、中でも資本金1億円超から1億円以下に減資した企業は997社と、前年度に比べて約4割も増えていた。業種はサービス業、製造業、情報通信業で多かった。
こうした「減資による中小企業化」ブームは止まる所を知らず、2023年3月末までの1年間では前年から約3割増の1235社あった。このうち黒字の企業が546社と半数近くを占め、さらに直近の売上高が100億円以上の企業も1割を超えており、経営不振だけではないさまざまな思惑が透けて見える。
なぜ企業は減資するのか? 最大のメリットは、資本金1億円以下の企業は税制上の「中小企業」とみなされ、資本金1億円超の「大企業」に比べて税負担が軽減することだろう。
具体的には上の図にあるように、法人税率が軽減したり、赤字を翌期以降の黒字と相殺する繰越欠損金控除制度で所得を控除できる限度額が50%から100%に拡大する。
また、所在地の都道府県に納める法人事業税の「外形標準課税」の対象外となる。
資本金は「膿(うみ)」なのか?シャープ事変から変化
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以下は資本金を1億円以下に減らして「中小企業化」したことがある企業の例だ。
出前館/ぐるなび/JTB/エイチ・アイ・エス(HIS)/日本旅行/スカイマーク/カッパ・クリエイト(「かっぱ寿司」運営)/大庄(「庄や」運営)/チムニー(「はなの舞」運営)/ペッパーフードサービス(「いきなり!ステーキ」運営)/カクヤスグループ/エキサイトホールディングス/ジャパンディスプレイ/ガイアックス/グリー/日医工/ジョイフル/小僧寿し/Retty/北陸コカ・コーラボトリング/仙台国際空港
たとえば出前館はコロナ禍の2021年11月(効力発生は2022年)と直近の2023年5月の2度にわたって、資本金を1億円に減資すると公表。いずれも減資した分は「その他資本剰余金」に振り分けると説明していた。
参考記事:「中小企業として再出発」の出前館、赤字幅が縮小。広告減らして利益率改善【決算】
資本金247億円を1億円に減資したHISの矢田素史社長は、「ハウステンボスの売却や1億円減資で、うみを完全に出し切った」と語っている(日経新聞2022年10月13日)。
減資は会社法に定められた手続きだ。株主総会にかけ、決議する必要がある。また取引先金融機関などの債権者には会社が官報に公告するなどして事前に通知し、異議申し立てがあれば弁済などで対応する。
「資本金は株主に配当できません。会社法における資本金の役割は『会社の株主への還元を制限することで債権者を保護する』ことなんです」
そう言うのは、会社法が専門の中央大学法科大学院・大杉謙一教授だ。
「逆に言うと債権者が文句を言わないのであれば、資本金をいくら減らしても構わない。
2015年には経営再建中だったシャープが1200億円超あった資本金を1億円にしようとしたことがありました。でも、世間から大きな批判を受けて中止に追い込まれた。
あれから時が流れて減資が批判されなくなった、大企業でも減資してもいい社会の空気に変わったと感じます」(大杉教授)
安易な節税できる法の抜け穴、どうふさぐ?
出典:外形標準課税の現状と課題(総務省自治税務局都道府県税課)
一方で大杉教授は、税負担の公平性という観点からは現状は「抜け穴」でしかないと警鐘を鳴らす。
「財政健全化や赤字縮小のための、合法かつ手軽な手段が減資です。脱税ではなく節税。経営者としては合理的な判断だと思います。
ただ税負担の公平性という観点からは、全くおかしな話です。実質的には大企業なのに、資本金だけ1億円にすれば軽減税率を受けられるというのは、いびつ。経営者が悪いというより、そんなことが可能な現在の法律に抜け穴がある。それは埋めるべきでしょう」(大杉教授)
出典:外形標準課税の現状と課題(総務省自治税務局都道府県税課)
前述の資本金1億円以上の企業に課される外形標準課税は、対象企業、税収ともに減少している。2022年度の対象企業は2006年度に比べて3分の2だった。
減資して中小企業化する企業の中に、以前より従業員数、総資産、売上高が大きな企業が増えているのも(総務省・地方法人課税に関する検討会)、この問題を象徴しているだろう。
とはいえ政界も傍観しているわけではない。最新(2023年度)の与党の税制改革大綱では、このままでは「安定した地方税収」や「税負担の公平性」を損なう恐れがあるとして、外形標準課税の対象から外れている「実質的に大規模な法人」を対象に、制度の見直しを検討することが盛り込まれた。
念頭にあるのは、減資した分を損失処理にあてるわけでもなく、単に資本金を資本剰余金へ振り替えるような形式的な減資のケースだ。
結局、「まだ法案に盛り込む段階ではない」(総務省・自治税務局企画課)として閣議決定版では見送られたが、制度改革の必要性は、政府の税制調査会が6月に4年ぶりにまとめた答申でも明記されている。
課税基準は「売上」「資産・負債」など“操作されない”数字を
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外形標準課税見直しの具体案は今後、総務省で検討を進める。「どういった方策がいいのか、これから検討していきます。まだ勉強段階です」と総務省の担当者は話す。
公平な課税基準について、大杉教授は提案する。
「資本金以外の基準を設けることが重要です。
たとえば中小企業基本法では、中小企業の定義を資本金の額または『常時使用する従業員の数』で定義しています。これを税制では『または』ではなく『かつ』にして、資本金1億円以下かつ従業員数が何人以下、などにするのもいいでしょう。
ただそれだけでは『じゃあ正社員を減らそう』と考える会社が出てくるかもしれないので、『売り上げ』や直近の『資産総額』『負債総額』など会社が簡単に操作できない数字を課税基準にするのが最も公平だと思います」(大杉教授)
総務省の地方財政審議会では、資本金に代わる基準として、「資本金と資本準備金の合算額」「純資産」「従業員数」などが議論されていた。
大杉教授は「節税対策としての減資」は今後も継続すると見ている。公平な法人事業税とは何か、官民あげた迅速かつ本質的な議論が必要だ。