直近の資金調達ラウンドで評価額が15億ドルを超え、ユニコーンの仲間入りを果たした動画生成AI開発「ランウェイ(Runway)」のチーム。
Runway
動画作成・編集の効率化をうたう人工知能(AI)スタートアップが続々と登場しているが、ランウェイ(Runway)はとりわけ大きな注目を浴びる有望株だ。
6月末にはシリーズCラウンドで、グーグル(Google)やエヌビディア(Nvidia)などから1億4100万ドル(約197億円)を調達。評価額は15億ドルに達し、ユニコーン(評価額10億ドル超の未上場スタートアップ)の仲間入りを果たした。
クリエイター特化型のベンチャーファンドを運営するナイトベンチャーズ(Night Ventures)のベン・マシューズは、今年1月のInsider取材時にこう語っている。
「僕らはランウェイに出資していませんが、同社は『もしアーリーステージの段階で僕らがファンドをすでに立ち上げていたなら(実際には2021年3月に立ち上げ)ぜひ出資したかった』リストの最上位に来るスタートアップです」
ランウェイのアイデアを生み出したのは、アートとテクノロジーの交差点を共通のバックグラウンドとする3人の共同創業者たちだ。
台湾のスタートアップ専門メディア「Meet(ミート)」によれば、祖国チリの大学でデザインを教えていたクリストバル・バレンズエラは、AIアートの可能性に魅せられて渡米。ニューヨーク大学芸術学部に入学して、2年間のプログラムで機械学習や画像生成を学んだ。
バレンズエラは在学中に仕上げた研究論文をベースに、同じチリ出身の友人でニューヨーク大学卒業後はアドビ(Adobe)に勤務していたアレハンドロ・マタマラ=オルティス、同じくニューヨーク大学卒でバックエンドエンジニアとしての実績を積み上げていたアナスタシス・ゲルマニディスを誘って、2018年にランウェイを創業した。
ジェネレーティブ(生成)AIがブームになる相当前から、映画製作や動画作成にAIを組み込むクリエイティブツールの開発に取り組んできた。
バレンズエラによれば、ランウェイの研究開発は、2つの手段を用いてストーリーテリングという人類の営為をより容易にすることに主眼が置かれている。
1つは、動画編集ツールの強化を通じて、人々が「世界を知る」手助けをすること。もう1つは、コンテンツ生成を通じて、「この世界に(新たな)創造物を生み出す」ことだ。
ランウェイの顧客リストにはすでに、人気コメディアンのスティーヴン・コルベアが司会者を務めるトーク番組『ザ・レイト・ショー』のビジュアル効果担当デザイナーや、今年のアカデミー賞で最多7部門受賞を果たした映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の視覚効果(VFX)アーティスト、人気YouTuberのミスター・ビーストら、世界でも広く知られるクリエイターたちが名を連ねる。
クリエイターに何を提供しているのか
ランウェイがプラットフォームを通じて提供する「AIマジックツール」は、画像を生成するだけでなく、拡大したり、動かしたり、動画をスローモーションにしたり、動画内に登場するオブジェクトを消去したり他の何かに置換したりできる。
ランウェイ(Runway)の提供する「AIマジックツール(AI Magic Tools)」の各機能を紹介したダイジェスト動画。
Runway Official YouTube Channel
グラミー賞15冠のシンガー・ソングライター、アリシア・キーズとタッグを組むビデオエディターのクイン・マーフィーは、動画編集サイドの視点として、AIマジックツールはいずれもブラウザ上で動作するため、ロケ地など出先での編集時に重宝すると語る。
マーフィーが愛用するAIマジックツールの機能は「グリーンスクリーン」。動画に登場する被写体だけを切り抜いて背景を消去したり入れ替えたりする、映像業界の専門用語で「ロトスコープ」および「クロマキー合成」と呼ばれる作業を簡単にできてしまうツールだ。
ランウェイが提供するAIマジックツールのうち、「グリーンスクリーン(Green Screen)」の紹介動画。
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従来は被写体の背景に緑色のスクリーンを設置して別撮りするなど、非常に時間と手間のかかる作業工程だったが、ランウェイの機能を使えば簡単に作業が完了する。
著名VFX映像クリエイターのケビン・パリーが、ネットフリックス(Netflix)のイントロアニメーションを糸や布切れで自作するメイキング動画をYouTubeで公開しているが、その際にネットフリックスロゴの背景を消去してブラックスクリーンに入れ替える作業に使われているのがこのグリーンスクリーン機能だ。
視覚効果(VFX)映像クリエイターのケビン・パリーが公開している、ネットフリックス(Netflix)のイントロアニメーション自作動画。後半(4:37頃)に背景を消去するシーンが登場する。
Kevin Parry Official YouTube Channel
なお、上述の専門用語「ロトスコープ」は、動画に映り込んだ撮影機材や動画の世界観に即さない物体を消したり入れ替えたりするフレームごとの作業を指すが、AIマジックツールの「イレーズ・アンド・リプレース」と呼ばれる機能を使えば、自然言語によるプロンプト(指示命令)経由で、こちらも簡単にできてしまう。
ランウェイが提供するAIマジックツールのうち、「イレーズ・アンド・リプレース(Erase and Replace)」機能の紹介動画。
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一方、新たな物を創り出す文脈では、ランウェイは既存の動画から新たに別の動画を生成するツール「Gen-1(ジェン・ワン)」をリリースした。
ユーザーは撮影した動画コンテンツをランウェイのプラットフォームにアップロードし、自然言語でテキストプロンプトを入力してスタイルを自由に変更できる。例えば、同社が機能チュートリアル用に作成した下のYouTube動画では、子犬の元動画からライオンの動画を生成している。
既存の動画から新たに別の動画を生成するツール「Gen-1」の紹介動画。
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また、「AI駆動ディレクター」と自称するフリーランス映像ディレクターのマーティン・ハーリンは、インスタグラムにランウェイの「Gen-1」ツールを駆使した動画コンテンツを投稿している。
バレンズエラはハーリンの動画をこう評価する。
「これはパーフェクトな例です。彼がiPhoneで自撮りした元動画とテキストプロンプトだけで動画を完成させていて、前処理も後処理も施した形跡がありません」
ランウェイが踏み出した次のステップは、「Gen-2(ジェン・ツー)」と呼ばれるテキストプロンプトから新たな動画を生成するツールの開発だ。
テキストプロンプトから新たな動画を生成するランウェイの新ツール「Gen-2」の紹介動画。
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開発はまだ初期段階で、現時点では初歩的な動画しか生成できないものの、実験的な動画・映画で知られるポール・トリロ監督は、早くもこのツールを使って生成した短編動画をインスタグラムに投稿している。
ランウェイはユーザーがあらゆる種類のコンテンツを生成できるよう「Gen-2」の開発を進めていく考えで、そうすることで従来のクリエイティブ(創作活動)プロセスを根底から覆すことになるとバレンズエラは予想する。
ただし、「Gen-2」が目指すのは、クリエイティブプロセスから人間の関与する部分を完全に取り除くことではない。
「勘違いされがちなのですが、『スターウォーズみたいな映画を生成して』と簡単なテキストプロンプトを入力するだけで、上映3時間におよぶスターウォーズ的SF大作ができ上がるわけではありません。
確かに、撮影現場にいちいち足を運ばなくてもいいので、普通に映画を撮るよりは早く仕上がるかもしれません。けれども、生成した動画の断片をどうつなげるのか、それを通じてどんなストーリーを伝えたいのか、アイデアがなくては映画にならないのです」