大手マスコミ記者を辞めて“主夫”に。パリに移住、2児の子育てに奔走する日々

パリの保育園。

保育園の正面玄関。防犯のため外から中は見えないようになっており、登園時間以外は常に施錠されている。

撮影:田中拓

妻の仕事で海外転居を決め、会社を辞めた私はフランスで「主夫」になった。今はパリで妻と一緒に5歳、3歳の子どもを育てている。

ほんの1年前までは、大手マスコミの記者として10年以上働き、夜勤に転勤、出張が多い不規則な生活が続いていた。

日本で仕事と育児の両立に悩んでいた頃によく感じたのは、集団の規律を重んじる日本の育児環境のルールの多さ。

一方、パリは「なんでもあり」な個人主義社会だが、その代わり機会と権利は自分で交渉し勝ち取らなければならない。

日本とフランスの振れ幅の大きさに翻弄されながらも、次第にフランス式育児の面白さに気づき始めた。

パリでも大事な「日々のあいさつ」

「ボンジュール!」。朝8時20分、公立幼稚園に登園してきた子どもたちの声が響く。

長男(5歳)が通う幼稚園は、北アフリカにルーツを持つ園児が多く、髪型はコーンロウやドレッド、ストレートなどさまざまだ。

もちろん服装やリュックも特に規定はなく、職員もデニムにTシャツ姿など自由な服装をしている。

ここで重視されるのは、子ども同士、そして送迎のために付き添う保護者や職員が、きちんと言葉を交わしてコミュニケーションを図ること。私も父として、門番の職員や担任に満面の笑みで「こんにちは!」と話しかけ、「もうすぐバカンスですね、良い一日を」と告げる。

もし私がずっと冷淡で、ぶっきらぼうな態度だったら、我が子に対する職員の姿勢は「塩対応」に変わるかもしれない。

そう、フランスでは個々人の関係性が極めて重要だ。お互い人間なので、親しくなればどんどん面倒見が良くなり、逆に疎遠になれば“石ころ”のように扱われてしまう。

例えば入園まもない頃、こちらが朝にどんなに挨拶しても目を合わせず無言で長男を引き取る職員がいたが、こちらが毎日「ありがとう!」と声をかけ続けた。長男が懐くようになると下校時に「今日はあの子とても上手に絵を描いてかわいかったわ〜」などと教えてくれるようになった。

「妻のキャリアアップ」応援したい

日本の写真

筆者は12年間、大手マスコミに勤務していた(写真はイメージ)。

REUTERS/Kevin Coombs

私は2022年4月、仕事を辞めて家族とフランスへやってきた。

それまで12年勤めた大手メディアでの記者職は、それなりにやりがいがあり、退職への迷いは多かった。

それでも決断した理由は、研究者である妻が「キャリアアップのために2年間EUで研究したい」と希望したため

専門職としてより高い知見を求める人を応援するのは当然と思えたし、自分が記者時代に2回育児休業を取得した経験から、「海外で成長する我が子」を見守ることは非常に興味深く思えた。

今はほぼ専業主夫として家事、育児をこなしながら、パリ市が主催する移民向けフランス語教室に通っている。

パリでも過酷な「保活」

パリにある区役所

美しい外観の区役所。保育園と同様に国旗とEU旗が飾られている。

撮影:田中拓

ところで、「家族でパリへ移住」と聞くとなんだかとても優雅なイメージが浮かびそうだが、実際は正反対でむしろ過酷そのものだった。

「個人主義」の手強さを痛感しながら、家族みんなで力を合わせて毎日を生き抜いている。

「主夫」とはいえ、私は細々とライター業やカメラマン業をしている。子連れでは全く仕事にならないし、かといって研究に勤しむ妻に子育てを任せてしまうのは本末転倒だ。

知人、友人の少ないパリで、完全に家に引きこもって子どもを育てるのはおそらく精神的負担が大きいし、子どもの発育の観点でも決して好ましくないだろう。

だが、3歳の次男を子どもを公立保育園に入れるのが一苦労だった。

最初に説明すると、フランスの義務教育は幼稚園から始まる。だから、長男(5歳)を幼稚園に入れるのはさほど難しくなかったが、次男の「保活」には手間がかかった。

まず、未就学児の保育には大きく分けて2種類ある。保育アシスタント(いわゆるベビシッター)を頼むやり方と保育園に入れるやり方だ。

フランスでは手っ取り早く保育アシスタントを頼むスタイルが主流だが、渡仏間もない我々にはフランス人の保育アシスタントを探すのは骨が折れたし、個別に契約を結んだり良い人物を見極めたりするのは困難だった。そこで次男を保育園に入れることにしたのだが、そこからが大変だった。

パリ市で子どもを公立保育園に入れるには、最初に区役所へ行き、待機児童リストに子どもの名前を載せてもらう必要がある。

次に、区役所内の審査で入園の優先順位が決まり、新年度に空き枠が出るとめでたく入園できる仕組みだ(なんと年度途中での入園は認められていない)。

ここまでは日本とさほど変わらないが、大変なのはここから。

オンラインで面談予約を何度も取り付けて担当部署に足を運び、とにかく担当者に名前と顔を売って「困っているから早く入園させて」と言い続けなければいけない。

そうしなければ「ずっと何も言わないのは入園の必要がない証拠」と見なされ、入園はどんどん後回しにされ、やがて忘れ去られてしまう。

うちは幸い、現地の知人に助言してもらって3回面談に訪れ、さらに催促メールを送ることでフランスに来てから5カ月後、新年度が始まる9月には入園できたが、パリ在住の日本人からは実際に「半年以上黙って待ち続けているが何の音沙汰もない」という体験談も聞いた。

だが例えば日本だったら、現状の私のようにライターなどの仕事を少ししかない場合、そもそも保育園への入園のハードルは、特に都内ではかなり高いはずだ。そう考えると、個別に苦境を訴えることでそれを汲んでくれるフランスは、「融通が利く」とも言える。

頻繁なストライキで休園

パリのデモの写真

フランス政府の年金改革計画に反対するパリのデモの参加者。2023年2月撮影。

REUTERS/Yves Herman

「個人主義」といえば、もちろんデモやストライキに参加するのも個人の自由なので、それらに伴う休園にも悩まされた

折しもフランスでは、2022年秋から年金制度改革問題で議論が百出し、特に2023年1〜3月頃はパリ市内のあちこちで毎日のようにデモがあった。保育園の職員がデモやストライキに参加すれば、その職員が担当する子どもたちは登園できなくなる。

それに、給食センターの職員がストライキをすれば当然、その日の給食は配送されないから、昼に子どもを迎えに行って帰宅するしかない。

その時は私が普段通う語学教室を休むしかないため、保護者の一人としては「◯日はデモのため保育なし」などの通知メールがいつ届くか、常に戦々恐々としていた。

東京ならそもそもストライキで保育園が休園になることはほぼないし、事前に休園日が分かれば子どもを個人ボランティアに預かってもらうこともできた(全国の自治体が実施している有償のファミリーサポートセンター事業を利用できた)。

張り紙の写真

「年金制度改革反対のために短縮授業にする」と告げる貼り紙。

撮影:田中拓

「シラミ注意」約1年で3回

苦労話ばかりで恐縮だが、日仏の衛生環境の違いも頭痛の種だ。

最近は日本でも増えているようだが、パリの子どもはシラミに悩まされることが多い。

我が家の場合は、2022年9月〜2023年7月の間に幼稚園の園長から3回「校内におけるシラミ流行のお知らせ」メールが届いた。

園内にも注意を促すポスターが張られ、下校時間には職員が「シラミがいないか子どもの髪をよく確認して!」と何度も呼びかけた。

衛生環境の違いは感染症にもみられ、幼稚園や保育園ではしばしば水疱瘡が蔓延する。まず次男が2022年11月に水疱瘡に感染し、長男も私も感染して家庭内がパンデミック状態になってしまった。

シラミのポスター

シラミ(poux)への注意を呼びかけるパリ市のポスター。

撮影:田中拓

3人とも日本で過去に予防接種を受けていたはずだが、どういうわけか発症を防ぐほどの効果がなかったようだ。

ただ水疱瘡にかかっても、「発熱が38.5度未満ならば登園しても良い」というルールの緩さは大変ありがたかった。

もちろん、妊婦への危険性などを考慮しており、感染者が出たことは関係者に告知されるが、子どもたちは水疱が残ったまま元気に園内で走り回っていた。

それを眺める職員も、「フランスではみんな子どもの時にかかる。大人になってからかかると大変だからそのほうがいいでしょ」と涼しい顔だ。もちろん普通の風邪をひいた時でも、38.5度未満なら(少なくとも我が子が通った園では)登園できる。

しかし、そのルールが感染を必要以上に広げているように思える面もあり、フランスの長所と短所の両方を思い知らされた気がする。

少なくとも、日本から見れば「ありえない」光景が、フランスでは「ありえる」のだ。

地下鉄でベビーカーを運んでくれるパリ市民

地下鉄の写真

パリの地下鉄の様子。2023年1月撮影。

REUTERS/Benoit Tessier

だが、それでも東京で子育てをしていた頃を思い出すと、「パリがいい」と思える機会が多い。

例えば、子連れでバスやメトロなどの公共交通機関を利用すると、ベビーカーを見た瞬間さっと座席を譲ってくれる市民が非常に多い

車内で子どもに「何歳なの?かわいいね」と気さくに話しかけてくるご高齢のパリジェンヌも多く、子どもの代わりに私が返事をすると「あなたじゃなくてこの子に聞いてるの」と言われてしまうこともある(これも個人主義の表れに思える)。

メトロの駅はエレベーターが少なく、バリアフリーとは程遠いが、階段の下にベビーカーを置いて立っていれば「手伝いましょうか?」と通行人がすぐに声をかけてくれる。

そして、座席を譲られたりベビーカーを持ってもらったりした人は、過剰に恐縮したり遠慮したりせず「ありがとう!」とさらりとしている。

ここでは手を差し伸べる側も受け取る側も、過度に気を遣うことなく、さも当然といった表情をしているのが興味深い。

日本で感じる「外部からの圧迫感」

パリの公園

パリ市内の公園。芝生やベンチが多く、休息やピクニック、ジョギングなどにはもってこいだ。

撮影:田中拓

私は東京で4年近く育児を経験してから渡仏したが、電車や飲食店で子どもが泣くとじろりと睨む人がいたり、商業施設のエレベーターにベビーカーが乗り込むと迷惑そうにため息をつく人がいるなど、常に周囲への配慮が迫られる東京に比べ、パリでの育児は緩急のメリハリがあり、割り切ってしまえばストレスを管理しやすいように感じる。

交渉や衛生など、日本以上に気をつけるべき要点をしっかりすれば、あとは自由。

育児経験がある方にはお分かりと思うが、日々続く育児の中でほっと一息つけることは、何よりありがたいものではないだろうか。

パリでは、保育園への持ち物について「タオルはこの大きさ、工作用のりはこの種類で」などといった細かい規定はないし、「使用済みオムツはお持ち帰りください」と言われることもない

街中どこに行ってもベンチがあり、腰をおろして小休止もできるし、歩道には数十メートルおきにゴミ箱があり、子どものオムツもすぐに捨てられる。

子連れでカフェに入れば、にっこり笑って子どもにアメをサービスしてくれる店員も多く、日本で育児をしている時に感じる「外部からの圧迫感」は全くない。

それに、パリには子どもが遊べる巨大な公園が数多くあり、アスレチックで子どもを遊ばせたり、週末に家族同士が広い芝生でピクニックを楽しんだりするのも思いのまま。

そして夏休みや冬休みには、市が主催する子ども向けのダンス教室や音楽教室など、さまざまな体験講座も安価で受けられる。

中には田舎の農場に泊まり込んで農業を体験したり、海沿いの街に滞在してヨット技術を学んだりする教室まであるから驚きだ。

フランス式育児は少子化対策になるか?

もちろん、物事には表裏があるから、判断は人それぞれだろう。

パリの至る所にあるゴミ箱は、暴動が起きればすぐに暴徒に放火されてしまうし、保育園での給食時は、子どもが床にパンを落としても気にせず拾って食べさせるおおらかで“適当”な職員が多い。

木漏れ日が心地よい街路樹の下のベンチは、犬のふんや立ち小便にも気をつけねばならない。

それでも、OECDの発表によれば、フランスの2020年の出生率は1.83と加盟国中4位をマークし、ヨーロッパ域内ではトップ。日本の出生率1.26(2022年)と比べれば、社会での子育てへの意欲の差は歴然としている。

フランスはある意味「適当」な代わりに、自分の努力次第で子どもを保育園に入れられる融通が利き、また「子どもは病気にかかるもの」というリスク前提で保育環境が作られている上、社会全体が子どもに寛容な国だ。

ますます出生数が減る日本の将来を考えた時、我が国も「フランス式育児」を少し参考にしてみても良いのでは……と考えるのは先走りすぎだろうか。


田中拓(たなか・ひらく)…フランス在住のライター。一橋大学卒業後、大手マスコミに12年勤務。2022年春に退職し、同年4月からフランス在住。2児の父。

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