NYタイムズは、なぜ岩手・盛岡に「行くべき」と紹介したのか。岩手県知事は“地方都市ならではの魅力”を分析

風光明媚な自然と調和する街の景観は、盛岡市の魅力の一つだ。

風光明媚な自然と調和する街の景観は、盛岡市の魅力の一つだ。

Shutterstock/PixHound

ニューヨーク・タイムズ(電子版)が今年1月に発表した「2023年に行くべき52カ所」の一つに選ばれた岩手県盛岡市。県庁を盛岡に置く岩手県も、増加が見込まれるインバウンド需要に対応するべく環境整備に力を入れる。

岩手県の達増拓也知事は7月19日、日本外国特派員協会(東京・千代田区)で会見し、岩手・盛岡の観光地としての魅力とインバウンド向けの施策や課題を説明。加えて、盛岡市のような地方の中規模都市には少子化問題を改善できる潜在的な力があると指摘。この機会に「地方の魅力や良さ」に注目してほしいと語った。

歩きやすい街、歴史的な建物、魅力的なグルメ…それが「盛岡」

白龍の「盛岡じゃじゃ麺」とぴょんぴょん舎の「盛岡冷麺」。

白龍の「盛岡じゃじゃ麺」とぴょんぴょん舎の「盛岡冷麺」。

撮影:吉川慧

ニューヨーク・タイムズの記事では、チャールズ3世の戴冠イヤーに沸くイギリス・ロンドンに次ぎ2番目に盛岡が紹介された。必ずしも紹介順が「訪れたほうがいい順位」を意図したものではないようだが、観光業界を中心に話題となった。

JR東日本は「世界の人が憧れる街 盛岡を旅しよう」というキャッチコピーを記したポスターを駅構内で掲示。YouTubeでも盛岡の魅力を動画で発信する力の入れようだ。

JR東日本公式チャンネル/YouTube

ニューヨーク・タイムズの企画で「行くべき場所」に盛岡市を推薦したのは、日本在住の作家・写真家のクレイグ・モド氏だった。実際のところ、どんな推薦文だったのか。モド氏はこう記している

2022年10月まで、日本は主要国の中で最も厳しい渡航制限を維持していた。今では東京、京都、大阪といった人気観光地に旅行者が戻り始めている。

しかし、岩手県盛岡市は、しばしば素通りされ、あるいは見過ごされている。

山々に囲まれ、東京から新幹線で2〜3時間の距離にある。市街地は歩きやすく、西洋と東洋の建築美を融合した大正時代の建物、モダンなホテル、いくつかの伝統的な旅館、曲がりくねりつつ流れる川がある。古い城跡が公園となっている(盛岡城跡公園)のも魅力のひとつだ。

日本のサードウェーブコーヒーのひとつを含む素晴らしいコーヒー店もある。「NAGASAWA COFFEE」では、オーナーの長澤一浩氏が豆にこだわり、自ら輸入・修理したドイツ製のビンテージ焙煎機「プロバット」を用いている。「東家」では、小さなお椀に何十杯と盛られたわんこそばが食べ放題だ。「BOOKNERD」では、日本の年代物の美術書を取り扱っている。そして、40年以上の歴史を持つジャズ「喫茶ジョニー」も。

車で1時間ほど西に行けば、田沢湖や世界有数の温泉が多数ある。 

インバウンド需要に対応、県知事が語った施策と課題

岩手県の外国人観光客の入込数推移。

岩手県の外国人観光客の入込数推移。

出典:岩手県

県によると、2022年度に岩手県を訪れた外国人観光客の入込数は2万3948人回(前年比120.6%)。ただ、訪日客の数自体は復調傾向にある。政府観光局によると6月の訪日客数は207万3300人(2019年同月比72.0%)に達し、コロナ禍前の水準の7割超まで回復した。

盛岡市はコロナ禍前から台湾や中国などアジア圏の観光客から人気だったが、達増氏は「(最近では)盛岡市内で外国人、特に欧米人の観光客が実際に増えているのを目にする」と話す。

2020年度の盛岡市の外国人観光客の入込数と国・地域別の入込数。

2020年度の盛岡市の外国人観光客の入込数と国・地域別の入込数。

出典:盛岡市

県全体盛岡市のいずれもコロナ禍前の外国人観光客の数は年々増えていたことから、今後はインバウンド需要の回帰が今後も見込まれる。一方で、「宿泊施設のキャパシティ」も課題の一つだと達増氏は指摘する。

「盛岡市内のホテルや旅館は満室になることが多いと聞く。観光客が盛岡のホテルの予約に苦労しており、対策を講じる必要がある」(達増氏)

街の魅力を維持しつつ、観光客の増加に対応する施策も求められている。

達増氏によると、ニューヨーク・タイムズで「2023年に行くべき52カ所」に選出されたことを受けて、地元の観光協会では市内各所に「ニューヨーク・タイムズに選ばれました」という幟(のぼり)を掲げるアイディアがあがったという。

ただ、川や山々の自然が溶け込んだ街の景観こそ、盛岡が「行くべき」場所として選ばれた背景だった。

ニューヨーク・タイムズの記事掲載後、盛岡を再訪したクレイグ・モド氏は「盛岡を推薦した理由」を報道陣にこう語ったと回顧している

あなた方の街が美しいからです。食事がとてもおいしいからです。市民が心優しく、献身的だからです。あなた方の街は自然と向き合い、心を豊かにしてくれるからです。

「(「選ばれました」と喧伝する幟は)盛岡の土地柄には合わない」。市はこの「幟」のアイデアを認めなかったと、達増氏は語る。

達増氏によると、県と市は盛岡の街の景観を維持しつつ、外国人観光客を受け入れる体制づくりを目指している。具体的には散策の参考になる案内や地図の整備を考えているという。

東京にはない「中核市」の魅力と可能性

1911年に建てれられた岩手銀行赤レンガ館。東京駅と同じ辰野金吾の設計。国指定重要文化財。

1911年に建てれられた岩手銀行赤レンガ館。東京駅と同じ辰野金吾の設計。国指定重要文化財。

Shutterstock/PixHound

街の美しさ、食事の美味しさ、市民の優しさ ──。それに加えてクレイグ・モド氏は、こんな魅力があると記している

「(盛岡のような街では)リスクを取って、自分の店を経営し、街のコミュニティーや文化の中心の一員になることができる。こうした小規模なビジネスの在り方は、森ビルのようなデベロッパーによる東京の巨大開発と対極にある。巨大な構造物の中には同じような店ばかりが並び、小規模事業者は出店することは叶わず、木目や錆(≒個性)はない」

クレイグ・モド氏が「東京から新幹線で2〜3時間」と記したように、交通網の発達も盛岡の強みだ。

かつて東北地方と首都圏を結んだ特急「はつかり」は上野〜盛岡間を6時間20分で走った。それが今では東北新幹線「はやぶさ」で東京〜盛岡間は2時間10分だ。1987年に全面開通した東北自動車道の存在も人・モノの輸送に大きな役割を果たしている。

達増氏も、自然環境や地方独自の文化といった個性と都市インフラのバランスを兼ね備えていることが、地方都市の魅力だと分析する。

特に、盛岡市と同様の「中核市」(政令指定都市以外で人口20万人以上の要件を満たす規模や能力などが比較的大きな都市)が、少子化に悩む今後の日本の在り方を考える上でのヒントになると指摘した。

「今必要なことは、地方の魅力や良さに目を向け、その環境を維持し、さらに発展させることだ」

「東京一極集中が日本の少子化を招いているという見方もある。地方(の環境)を良くすることが出生率の向上にもつながるかもしれない」

「地方では人口が減少しているという固定観念がある。しかし、実は地方には意外な才能が溢れていると提言したい」

盛岡が注目されたことは、これからの未来の街の在り方、暮らしの在り方を考えるヒントなのかもしれない。

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