ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長。「冬眠」から目を覚ますか。画像は2018年11月の記者会見時のもの。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
人工知能(AI)スタートアップのトラクタブル(Tractable)は、ソフトバンクグループ傘下の投資会社ソフトバンク・ビジョン・ファンド2(SVF2)をリードインベスターとする資金調達ラウンドで6500万ドル(約91億円)を集めた。
ツイッター(Twitter)の初期投資家として知られる有力ベンチャーキャピタル(VC)のインサイト・パートナーズ(Insight Partners)や、カナダのフィンテック投資ファンド・ジョージアン(Georgian)など既存の投資家も追加出資に加わった。
ロンドンに本拠を置くトラクタブルの創業は2014年。保険会社を主な顧客とし、画像認識AI技術を活用して、スマートフォンなどで撮影された画像の分析を通じて自動車や建物の損傷度合いを視覚的に評価する「損害査定および修理見積」サービスを提供する。
トラクタブル(Tractable)の画像認識AIを活用した各種サービスの紹介動画。
Tractable YouTube Official Channel
同社は2021年のシリーズDラウンドで6000万ドル(約84億円)を調達し、その時点で評価額が10億ドル超となりユニコーン(評価額10億ドル以上の未上場スタートアップ)の仲間入りを果たしていた。
ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は6月21日の株主総会で、AIの劇的な技術的進化を背景とするブーム到来を受け、「攻撃モードにシフトする時が来た」と発言しており、偶然かどうかはともかく、そのわずか1カ月後に今回の出資案件が発表された形だ。
孫会長は、同社傘下のソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)が2023年3月期決算で320億ドル(約4兆4800億円)の巨額損失を計上した後、積極的なスタートアップ投資を控えていた。
ただ、同社最高財務責任者(CFO)の後藤芳光氏は上記の決算発表の場で、次の2024年3月期は「守りと攻めの両面に対応できる運用をしていく」と発言している(ロイター、5月11日)。
トラクタブル(Tractable)のアレックス・ダリアック創業者兼最高経営責任者(CEO)。
Tractable
トラクタブルのアレックス・ダリアック創業者兼最高経営責任者(CEO)は、ソフトバンクグループとの関係について、Insiderの取材に次のように語った。
「パートナーシップが実現したことで、さまざまの相乗効果を期待できます。
とりわけ、当社がサービスを提供する主要な市場の一つである日本では、テクノロジー分野の革新に実績を残してきた孫正義氏がリーダーとして大きな敬意を集めていることもあり、より大きな相乗効果を得られると考えています」
ユニコーン化の翌年に人員削減
対話型AI「ChatGPT」の提供開始(2022年11月)に端を発するAIブームで投資熱が高まり、同分野のスタートアップはハイテク不況の影響をさほど受けずに済んできたが、トラクタブルはその例外と言えるかもしれない。
Insiderは5月23日付の記事で、トラクタブルが2022年9月と2023年1月にそれぞれ従業員の一部を解雇したことを報じた。
同社の広報担当はそれらの人員削減について、Insiderのコメント要請に応じ、「解雇は常に痛みを伴う困難なものですが」「厳しい経済環境に備え、2023年の戦略的成長を実現する態勢を整えるために必要な決断でした」と説明している。
今回の資金調達ラウンドに関するトラクタブルの発表によれば、同社はここ数年、米アメリカンファミリー生命保険(アフラック)や英アビバなど世界保険大手とのパートナーシップを強化。
日本市場では、東京海上日動火災保険、損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険など損害保険大手との提携を継続しつつ、損害査定案件を拡大しているという。
また近年は、マイクロソフト(Microsoft)やアドビ(Adobe)でプラットフォーム責任者を務めたベンカット・サティアムルシー氏を最高製品責任者(CPO)に、アマゾン(Amazon)でコンピュータービジョンおよび機械学習の責任者を務めたモハン・マハデバン氏を最高科学責任者(CSO)に就任させるなど、幹部人材の補強にも余念がない。
さらに今回の出資を機に、ソフトバンク・インベストメント・アドバイザーズ(SBIA)のインベストメントディレクター、星野菜穂子氏が同社取締役に就任する。
同社ウェブサイトによれば、星野氏は米金融大手ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)、米資産運用大手フィディリティ・インベストメンツ(Fidelity Investments)を経て、コンタクトセンター向けペアリングAI開発を手がけるアフィニティ(Afiniti)のマネージングディレクターに就任、同社の日本進出を担った人物。