クマムシのカラー走査型電子顕微鏡(SEM)画像。
STEVE GSCHMEISSNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY
- 緩歩動物(クマムシ)は、極端な環境でも生き延びられるが、2021年の研究で不死身ではないことが証明された。
- 秒速900m(時速およそ3240km)を超える速度で実験装置から砂袋に向けて射出されると、クマムシでも生き延びられないことがわかった。
- この研究結果は、2019年に事故で月面に衝突したクマムシたちが生き延びられなかったことを示唆している。
緩歩動物(クマムシ)は、動物界で最も頑丈な変わり者として有名だ。
体長約1mm以下という、このごく小さな生きものたちは、さまざまな極限的環境で生き延びることができる。たとえば、宇宙の真空や、火山の火口のなか、あるいは、南極で30年にわたって凍りついていたあとでさえ、卵を産むなど通常の機能を回復させた例もある。
だが、イギリスで行われ、「アストロバイオロジー(Astrobiology)」誌に2021年7月21日付で掲載されたある研究によれば、不死身に思える緩歩動物にも限界があるという。
ケント大学の研究チームが実施したこの研究では、緩歩動物を弾丸につめこんで、さまざまな速度でライトガスガン(水素やヘリウムなどの軽ガスを使い、物理実験で使う非常に高速な飛翔体を生成する装置)から発射し、その結果として生じる衝突の圧力を生き延びられるか否かを調べた(真空チャンバー内で、約50cm離れた砂袋めがけて射出した)。
この研究の共著者で、現在はクイーン・メアリー大学に所属する宇宙化学者アレハンドラ・トラスパス(Alejandra Traspas)によれば、秒速900m(およそ時速3240km)が限界で、緩歩動物がその後、回復する可能性もあるという。だが、それよりも速くなると生き延びられなかったという(なお、秒速900mというのは、平均的な銃弾よりも速いスピードだ)。
秒速900mより速く射出されると、衝突時に最低1.14GPa(ギガパスカル)の圧力を経験することになる。
「(1.14GPaを超えると)彼らはつぶれてしまう」とトラスパスはサイエンス(Science)誌に話した。
月での出来事の謎を解く
凍ったコケのサンプルで見つかった、南極の緩歩動物の顕微鏡画像。
Tsujimoto et al. 2016 Cryobiology (photo by Megumu Tsujimoto (NIPR))
緩歩動物は、クマムシ(water bear)やモス・ピグレット(moss piglet、「コケの子豚」の意)とも呼ばれる。この小さな生物を顕微鏡で観察すると、ひしゃげた顔と、小さな足のある8本脚のジャガイモのように見えるので、いかにもふさわしい呼び名だ。
クマムシは、華氏マイナス328度(摂氏マイナス200度)から華氏304度(摂氏151度)までの温度に耐えられるし、地球の海の最深部の6倍にのぼる圧力にも耐えられる。
クマムシが致死レベルの放射線や温度に耐えられるのは、その名のもとになった動物(熊)と同じく、一種の冬眠状態に入れるからだ。クマムシは、クリプトビオシス(乾眠)と呼ばれる活動停止状態になり、水や酸素がなくても長期間生き延びられる。乾眠状態になると、体が乾燥し、代謝が停止する。脱水状態になって活動を停止しているクマムシを水に入れると、数時間のうちに機能が完全に復活する。
そんなわけで、2019年4月に、乾眠中のクマムシを数千匹のせたイスラエル民間宇宙団体の宇宙探査機が、故障により月面に墜落したときも、探査機にのっていたクマムシたちはきっと生き延びただろう、と科学者らは考えていた。
だが、トラスパスはそれほど確信していなかった。「とても興味をもっていた。生き延びたのかどうか、知りたかった」とトラスパスはサイエンス誌に話している。
それを検証するために、トラスパスのチームは、20匹のクマムシ乾眠状態にして、中空のナイロン製弾丸につめ、ライトガスガンを使って、砂袋に向かって射出した。
その結果、弾丸の射出速度が秒速900mという限界を超えると、クマムシは衝突を生き延びられず、断片しか残らないことがわかった。衝突により生じる1.14GPaの圧力が限界であるせいだ。
この研究の2年前に、イスラエルの探査機が月に衝突したときの速度は時速310マイル(時速およそ500km)にすぎなかったが、探査機が月面に衝突したときの圧力は、1.14GPaの閾値を「はるかに上回る」とトラスパスは話している。
「生き延びられなかったことを確認できました」とトラスパスはサイエンス誌に語った。
2013年に地球の近くを通過した、緑色の彗星アイソン。
NASA
今回の知見は、パンスペルミア説と呼ばれる仮説にも、ちょっとした冷や水を浴びせている。パンスペルミア説では、小惑星が衛星と衝突して宇宙にはじきとばされた際などに、小惑星のかけらにのって、クマムシのようなごく小さな生物が太陽系を移動することもあり得るとされている。
パンスペルミア説の支持者によれば、そうした小惑星のかけら、つまり流星体――とそれが運ぶ生物――がいつの日か、別の惑星に生命のタネをまく可能性もあるという。
だが、クマムシが月との衝突の圧力を生き延びられないのなら、流星体と別の惑星との衝突も生き延びられない可能性が高いだろうと今回の研究の著者らは書いている。