円安と資源高の余波「終息」論が楽観的すぎる理由。企業物価「変化率」だけでは実態を見誤る

ガソリン価格

原油価格の高止まり、ガソリン補助金の段階的縮小など、順調なインフレ終息を見通すには不安材料が多すぎて……。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

円安・ドル高の勢いは一服、小康状態といったところだろうか。

6月30日におよそ7カ月ぶりとなる145円台を付けたドル円相場は、その後一転して137円台まで持ち直し、7月20日時点では140円前後で推移している。2022年第1四半期(1~3月)の116~117円という水準に照らすと、大幅な円安が続く。

したがって、円安のもたらす副作用も残っている状況だ。ただ、経済指標を一瞥した感じでは、そうした弊害の消える日も近いように思えてくる。

日銀が7月12日に発表した6月の企業物価指数(PPI)は、前月比で0.2%下落、前年同月比では4.1%上昇と、年初来の鈍化傾向が引き続き確認された。消費者物価指数(CPI)と並んで、コストプッシュ型インフレも終息に向かう雰囲気が漂う【図表1】。

図表1

【図表1】消費者物価指数(CPI)と企業物価指数(PPI)の推移。

出所:Macrobond資料より筆者作成

しかし、前年比の「変化率」だけを見て、インフレの動向を楽観的に解釈するのは危うい。

前年に急騰した物価がいずれ落ち着いて下落するのは想定された展開だ。物価の伸びが鈍化したからと言って、そこまでの物価上昇が帳消しになるわけでもない。市井の人々の痛みは相応に残る。

6月の企業物価指数を押し下げた主な要因は、事前に想定されていたようにエネルギーだった。

具体的には、原油価格の下落を背景に上昇率の鈍化が続く「電力・都市ガス・水道」が全体感を規定した【資料1】。

資料1

【資料1】6月の企業物価指数について、前月比で上昇・下落した主な類別・品目。本文で特に言及している「電力・都市ガス・水道」「石油・石炭製品」をハイライトしてある。

出所:日本銀行「企業物価指数(2023年6月速報)」

一方、政府が燃料価格の激変緩和策として石油元売り会社に支給してきたガソリン補助金が6月から段階的に縮小され、その影響で「石油・石炭製品」が企業物価指数を押し上げる要因に転じた。

ただ、企業物価指数から上記のようなエネルギー関連を除いて考えたとしても、前月比の変化率は横ばいであり、上昇基調が足元で一服していることは間違いない。

とは言え、企業物価指数は今後下げ止まる展開も予想される。

すでに触れたように、政府のガソリン補助金はすでに段階的縮小が始まっており、9月末までには終了する。また、電気・都市ガス料金の負担軽減策も、9月には支援額が半減され、その後は終了に向かう予定だ。

2022年のエネルギー価格・料金高騰が凄まじかっただけに、前年比の変化率は下落が続くと想定されるものの、冒頭で述べたようにここまでの物価上昇が帳消しになるわけではないので、変化率から経済の実態を汲み取るのは難しいことに留意したい。

原油価格は下げ止まり、円安は再起動

円安や資源高との関連で注目されてきた輸入物価指数にも目を向けておこう。

契約通貨建ては前月比3.1%の下落、前年同月比では14.3%の下落。円建てについては、前月比1.2%の下落、前年同月比で11.3%の下落と、いずれも大幅な下落を記録している【図表2】。

図表2

【図表2】輸入物価指数の前年比変化率。円建て(橙線)と契約通貨建て(黄線)。

出所:日本銀行資料より筆者作成

企業物価指数と同じように、変化率だけを見ると、円安の副作用は急速に薄まっているように感じられる。

しかし、2023年第2四半期(4~6月)は再び円安・ドル高が進み、原油価格も高止まりを続けていることを忘れてはならない

原油価格は2022年6月末の1バレル105.76ドルから、2023年6月末の70.64ドルへと、1年間で約33%下落したものの、その後7月19日時点では75.35ドルまで値を戻している。

同時期のドル/円相場は、2022年6月末の135.68円から、2023年6月末の144.30円へと、円安・ドル高が約6%進んでいる。

端的に言えば、原油価格は下げ止まり、円安が再起動しつつあるのが現状であり、そうであれば、円建ての輸入物価指数の下落ペースは徐々に鈍化していく展開が予見される。

輸入物価の「水準」は「高止まり」と認識すべき

下の【図表3】を見ると一目瞭然だが、物価の「変化率」が正常化したからと言って、物価の「水準」まで正常化したとは必ずしも言えない。

図表3

【図表3】円建て輸入物価指数の推移。図表2でも示した前年比変化率(青線)と2020年平均を100とした時の輸入物価水準の推移(橙線)。

出所:日本銀行資料より筆者作成

円建ての輸入物価指数は、変化率だけでなく水準も低下に向かっている。しかし、変化率と比較すると、その動きはかなり緩やかだ。

この水準(橙線)の推移を詳細な数字で見ると、パンデミック直前(2019年12月)は110.4だったが、その後ピーク(2022年9月)の188.8まで上昇し、現在(2023年6月)は157.9となっている。

ピークに比べて下落したものの、まだ高い水準にあると表現すべき状況だ。

前節で述べたように、ここから円建て輸入物価指数の下落ペースは鈍化していく可能性が高く、そうなれば当然、水準が切り下がるペースも遅くなる。

したがって、輸入物価を経由した一般物価の上昇に伴う人々の痛みも、急激に消えてなくなる流れにはないと言える。

企業物価指数も消費者物価指数も、変化率だけを見て、歴史的な円安や資源高の余波が終息したと整理するのは性急すぎる。水準にも目を向け、より現実に即した実態把握に努めるべきだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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