撮影:三ツ村崇志
全日本空輸(ANA)と川崎重工業(以下、川崎重工)が、航空機のエンジンブレード廃材や航空機の製造過程で生じる端材・余剰材を生まれ変わらせる。ファン向けの商品として再利用(アップサイクル)し、7月20日から、ANAのECサイトANA Mallで発売を開始している。
開発背景にあったのは、ここ数年注目されているSDGsの意識とは少し異なる、「ファン目線」の考え方だった。
航空機水準の加工技術で廃材をアップサイクル
ANAと川崎重工が開発した、アップサイクル商品。エンジンブレードオブジェやエンジンブレードキーホルダー、パスケース、名刺入れ、タブレットスタンドがある。
撮影:三ツ村崇志
航空機と聞くと、ボーイングやエアバスなどの海外の企業によって製造されるものだとイメージする人が多いだろう。ただ、航空機に詳しい人には有名な話だが、ボーイングの機体の製造には川崎重工が携わっており、航空機のパーツの中には日本の企業が製造しているものもあるという。
今回のANAと川崎重工の取り組みでは、寿命を迎えた使用済みエンジン部品や、ボーイングの機体を製造する過程で生じた端材など、通常はスクラップとして処分される廃材を回収。航空機部品の製造業社の協力のもと、航空機のパーツを製造する場合に求められる精度で「商品化」したという。
商品ラインナップは、エンジンブレードから作られたオブジェやキーホルダー、航空機を製造する際の端材を活用したパスケースや名刺入れなど5種類。
販売は先着順で、どれも初回販売数は30〜50個と販売数量が限定されている。
川崎重工の宮澤康弘氏(左)とANAの碇浩司氏(右)。
撮影:三ツ村崇志
7月20日に開催された説明会では、ANAの整備センター部品事業室で今回の取り組みを企画した碇浩司氏が、商品を作った理由を次のように説明した。
「さまざまな商品を生み出す本取り組みをきっかけに、日本には世界の航空機の安全運航を支える重要な航空産業があることや、大きな可能性のある産業であることを深く知っていただき、 応援していただければと思います」
販売数量が少ないのは、材料となる端材などの確保が難しいためだ。
川崎重工航空宇宙システムカンパニーの宮澤康弘氏は、航空機の製造工程ではもともと廃材が生じないように工夫しているため、
「廃材を確保することが一つのチャレンジではありました」
と今回の取り組みについて語った。
エンジンを外から見ると、大きなブレードが何枚も装着されているが、今回使われたエンジンブレードは内側にある(この写真では見えない)小さなエンジンブレードだという。
撮影:三ツ村崇志
そもそも、年間でどの程度エンジンブレードの交換や廃材が生じるのか。
ANAによると、例えばボーイング737(B737)のエンジン1台には80枚のエンジンブレードが装着されており、エンジンは年間で10台程度交換するという。単純計算すると、1年に800枚程度の使用済みエンジンブレードが処分されることになる。初回販売予定のB737エンジンブレードキーホルダー50個を作るためには、試作も含めて20〜30枚のエンジンブレードを使用した。
碇氏は
「(廃棄されるエンジンブレードの)全量を我々が確保できるとは限らないのですが、今回の取り組みの様子を見ながら、そういった(回収できる)流れに社内調整していきたい。量産体制を整えたら、さまざまな場所で販売させていただきます。飛行機好きの方が喜んでいただける、ますますディープなものも取り揃えていく所存です」
と今後の展開を語る。
また、現状で生じている廃材の量については
「数量はお答えできないが、製造工程で廃材が出た場合は極力確保してアップサイクル商品の開発につなげていきたい」(川崎重工・宮澤氏)
と回答があった。
B737エンジンブレードキーホルダー(税込:9900円、送料:1500円)。左上にあるのが、1台のエンジンに80枚ほど入っているという小さなエンジンブレードだ。
撮影:三ツ村崇志
コロナ禍で求められた「ファンをつなぎとめる」新事業
B787エンジンブレードオブジェ(税込:4万6200円、送料:2500円)。B787のエンジンブレードをオブジェにしている。なお、ANAで使用したエンジンブレード廃材とは限らない。
画像:川崎重工
ANAでは、今回の事例にとどまらず、2022年からアップサイクル商品の開発などを進めてきた。
一般的に、アップサイク商品は、環境負荷の削減や、資源の有効活用を意識した取り組みが多い。当然、ANAと川崎重工の今回の取り組みにもその側面はある。
ただこの取り組みは、それだけが理由で始まったわけではないという。
アップサイクル商品の開発は、コロナ禍で当時専務だった井上慎一社長(2022年に社長に就任)の呼びかけに応じる形で始まった。
碇氏は当時のことをこう語る。
「(私自身)コロナ前から廃材などを使った商品化をしたいと思っていました。コロナ禍で当時専務だった井上社長から『新商品・サービス開発をやりたい人は集まれ』と社内に声掛けがあったんです。そこで手を挙げて、シートカバーからルームシューズを作りました」
ボーイング767の端材・余剰材を使ったパスケース(税込:1万1000円、送料:1500円)。ANAや川崎重工のロゴも入っている。
画像:川崎重工
当時、ANA内で新事業の開発に力を入れようとした背景には二つの理由があった。
一つは、コロナ禍で激減したフライト収入を補う新事業が必要だったこと。もう一つは、コロナ禍で飛行機に乗れない期間が長く続いたことで航空機ファンの心が離れていかないように、飛行機と接点を持ち続けられる取り組みを必要としたことだ。
「ファンの心を温め続けるものをやれという井上社長のお話がありました。それが今回の取り組みにもつながっています」(ANA・碇氏)
碇氏自身、「私もマニアなので」というほどの航空機ファンだ。
だからこそファンならどういう商品が欲しいのかを考え抜いて商品を開発。実際に航空機に使われた素材を使い、加工技術も航空機と同等の水準にした。
「触るとすごくフラットで、穴も綺麗につぶしてあるんです。さすがに実機に触るのはできないので、航空ファンの方にはリアルな機体の一部に触っていただいて、『これが飛行機の一部なんだ』と、愛していただければなという思いがございます」(ANA・碇氏)