本社のあるアメリカでパタゴニアの製品企画を担当するマーク・リトル氏がBusiness Insider Japanの取材に応じた。
横山耕太郎撮影/shutterstock
「地球を救うことの我々の本気度を多くの人は理解していないが、私は死ぬほど真剣だ(I’m dead serious.)」
世界的アウトドア企業・パタゴニア創業者のイヴォン・シュイナード氏は、2023年に公開した動画でそう語った。
イヴォン氏は2022年、彼と家族が保有していたパタゴニアの株式を環境保護に取り組むNPOなどに譲渡。毎年約1億ドル(約130億円)という株式配当金が、環境保全に使われることになり話題になった。
「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というミッションを掲げ、政府への提言も続けるパタゴニア。
だが一方で、新製品を作り販売することは環境に負荷を与えることにほかならないという矛盾も抱えている。
パタゴニアは1973年に創業し、今年は創業50周年の記念イヤーにあたる。今回は50周年に合わせて来日した、本国アメリカで製品企画を担当するマーク・リトル氏に「環境保護と製品作りは両立できるか?」を聞いた。
マーク・リトル…パタゴニアのメンズ・ライフ・アウトドアのグローバル・プロダクト・ライン・ディレクター。2012年1月パタゴニアに入社。メンズ・スポーツウェアとサーフ・アパレルの製品ライン・マネージャーを務め、2015年3月から現職。
「その製品を作る意味はあるのか?」
パタゴニアの店内。「パタゴニア 東京・ゲートシティ大崎」で撮影。
撮影:横山耕太郎
「私たちが製品を作る上で何よりも重視するのは品質です。
長く使っても飽きが来ず、寿命を長く使えることを私たちはタイムレス(時間の影響を受けない)と呼んでおり、タイムレスな製品を作ることが重要だと思っています」
パタゴニアでグローバル・プロダクト・ライン・ディレクターを務めるマーク・リトル氏はそう強調する。
マーク氏はアパレル業界で23年以上の経験を持ち、パタゴニアでは製品の製造過程における環境負荷の軽減にも関わってきた。
マーク氏ら製品開発のチームでは、製品を企画する前の段階で「本当にその商品を作る必要があるのか」をまず確かめるという。
「製品開発を進める前に、パタゴニアがこの製品を作ることで、どんな問題を解決できるのだろうかと考えます。製品を作ることは、貴重なリソースを使うことでもあります。
製品作りでは持続可能な素材で、できるだけ責任ある形で作られたものを使うことが重要だと考えています」
とは言え、新しい製品を作ることは、環境負荷を与えることでもある。
その点についてマーク氏は「地球のことを思えばモノを作らないことがいい。ただ事業活動を停止することがいいとも思っていない」という。
「人々が消費することは変わらない。ただ私達は、人々が何をどう消費するのかについて、また人々が消費する製品で使われる材料や製法について、影響を与えることができると考えています」
2015年「ビジネスから離れた」
パタゴニアは2015年、「デニムは汚いビジネスだから」というキャンペーンを展開した。
動画を編集部キャプチャ
マーク氏が「パタゴニアのものづくり」を象徴する例として挙げるのが、2015年に発表したジーンズだ。
当時パタゴニアは、新作ジーンズの発表時に「デニムは汚いビジネスだから(Because Denim is Filthy Business)」と自虐的なコピーを打ち出し注目を集めた。
デニムの製造過程においては、特にデニムの特徴でもある青色は、その染色の段階で大量の排水を生んでいたが、当時の消費者の多くはまだその事実を知らなかったという。
2012年にパタゴニアに入社し、このデニムプロジェクトに関わったマーク氏は「チームとして目指す方向に向かった分岐点だった」と振り返る。
「環境に対して良いことがないのであれば、パタゴニアでは『もう作らない』と決めたシーズンでした。
これまでの考え方をきっぱりと諦めて、ある意味ではビジネスから離れたとも言えると思います」
ビジネスの先にくるもの
パタゴニアの店内には「成長のために成長するという考えを捨てる時がきた」などとするメッセージが掲示されていた。
撮影:横山耕太郎
当時パタゴニアが発表したのが、染色方法や素材にこだわったジーンズだった。
新しい染色方法を導入したことで排水を8割以上削減し、二酸化炭素の発生量も25%は減らした。
もともとパタゴニアでは、デニムで使う素材を含め、1996年から原料の綿については、農薬を使用せずに栽培されたオーガニックコットンに切り替えていたが、より原材料の認証を徹底。製造工場にもフェアトレード認証を取得してもらい、ジーンズを製造したという。
別のアパレル企業で働いた経験もあるマーク氏だが、「その時はとにかく売り上げを上げて、どんどん新しい製品を出すという世界にいた」と振り返る。
その上で、パタゴニアの姿勢は他の企業とは大きく違うという。
「パタゴニアももちろん一つの民間企業であり、影響力を持つために売り上げも大事です。
ですが何よりも大事なのは責任ある形で製品を作ること。それがビジネスの先にくる。死んだ地球ではビジネスはできませんから」
株式の譲渡で影響は?
前述の通りパタゴニアの創業者・イヴォン氏は2022年、保有する株式を環境保護NPOに譲渡した。
「地球が私達の唯一の株主」というイヴォン氏の言葉は、パタゴニアの哲学とも言える。
イヴォン氏とも日常的に意思疎通しているというマーク氏だが、株主が変わったことで社内に変化はあったのだろうか?
「製品の作り方とかアプローチ、考え方のアプローチは変わっていない。今や地球が“上司”になったので、『今日は森(=上司のこと)が怒っているな』と思うことがありますが(笑)」
漁網から生まれた新素材
パタゴニアが2022年秋冬商品として発売した「ダウンセーター」。 2022年7月撮影。
撮影:横山耕太郎
マーク氏がタイムレスな製品作りを目指す上で欠かせないのが、新たな素材の開発だ。
パタゴニアが2022年秋冬モデルとして発表したダウンセーターには、表面の素材として廃漁網をリサイクルして作られた素材「NetPlus(ネットプラス)」から作られた繊維を使っている。
「ネットプラス」はチリの漁業コミュニティと共同するベンチャー企業が、廃業される漁網を回収して、分解・再形成した素材。
「従来のリサイクル素材は、アパレル業界から出た素材をリサイクルし、新しいものに変えるもの。
でもネットプラスのような新素材は、海洋プラスチックゴミや、処理場・焼却場から出る素材を原料としていて考え方が一歩違う。この素材を使えば使うほど、海洋プラスチックを減らすことにつながるという考え方です」
2023年新作では「社会面の価値も」
マーク氏は「新作は環境面と社会面を意識したものになる」と語った。
撮影:横山耕太郎
これから発表する2023年秋冬の新作については、「素材だけでなく、社会的な面も含まれる」という。
パタゴニアでは現在、ハイチとコスタリカ、ホンジュラスなどの発展途上にある国の低所得地域で、現地のパートナー企業と共同し、廃棄されたペットボトルを新たな素材に変え、新製品を開発したという。
「これからも環境面と社会面、その両方の価値がプラスされた製品づくりを目指していきたい」
環境を保護しながら、新しい製品を生み出し利益を上げていく。
アパレル産業が担うその責任をどう果たしていくのか。パタゴニアの挑戦がその一つの答えになるのだろうか。