映画『バービー』の中でケンとバービー役を演じるライアン・ゴズリングとマーゴット・ロビー。
Warner Bros. Pictures
映画スタジオが支出を削減し、ストライキによって映画製作の中断を余儀なくされるなか、ブランドがハリウッドに救いの手を差し伸べ始めている。
大手の優良ブランドはこれまで、映画エンターテインメント業界に資金を投入してきた。マテル社の『バービー(Barbie)』は、ブランドから生まれた映画がいかに多くの観客を動員できるかを示す最新の例に過ぎない。マテル社は、監督のグレタ・ガーウィグ( Greta Gerwig)にバービーのストーリーを語る上で多くの自由裁量を与えたと言われており、この映画が成功すれば同様のストーリーテリングを追求するブランドが増えるかもしれない。
映画エンターテインメント業界における主要なブランドプレーヤーとしては、コロナ禍のロックダウンの状況を描いたHBOのドキュメンタリー『The Day Sports Stood Still』を手がけたナイキ、環境問題を解決するためにカイラ・セジウィック監督作品『Space Oddity』を支援したREIなど、想定内のブランドが名を連ねる。
意外なところでは、農業用トラクターメーカー、ジョンディア(John Deere)が今年2本のドキュメンタリーを発表している。黒人農家を描いた『Gaining Ground: The Fight for Black Land』などだ。
タイド(Tide)やジレット(Gillette)をはじめとするブランドを擁するプロクター・アンド・ギャンブルは、5年ほど前にP&Gスタジオズ(P&G Studios)を立ち上げた。現在では、パラリンピックを題材にした『Rising Phoenix: A New Revolution』を含む最大15の映画プロジェクトが進行中である。
ブランドはエンタメ業界から人材を採用
P&Gグループの広告未来担当副社長であり、P&Gスタジオズの責任者も務めるキンバリー・ドゥーべレイナーは、Insiderにこう語る。
「素晴らしいストーリー、力強いストーリー、興味深いストーリーを創り上げることで、人々はそれを見たいと思うし、我々のブランドはその中心やその周辺にいたいのです」
HBOの『The Day Sports Stood Still』にはBAのスター選手、クリス・ポールが出演している。
Warner Bros. Discovery
ペプシコやREIをはじめ多くのブランドはこうした取り組みを推進するために経験豊富なマーケターを起用している。『Dallas Buyers Club』などの映画プロデューサーとしてハリウッドで20年の経験を持つロビー・ブレナーをマテルが起用したように、エンタメ業界から人材を採用している企業もある。
NBCユニバーサルで台本なしの番組を担当し、2022年にアメリカン・エクスプレスのエンターテインメント・コンテンツ・ディレクターに就任したジル・ルボチンスキー、ファイル転送サービスのWeTransfer社に入った元ジャーナリスト兼プロデューサーのホリー・フレイザーもそうだ。ちなみに、WeTransferのデジタルアートと編集プラットフォームであるWePresentの依頼で製作された短編映画 『The Long Goodbye』は2022年にアカデミー賞を受賞している。
ブランドの持つ資金力は、低迷するハリウッドにとっては歓迎すべき収入源であり、彼らの活動源となっている。ストを起こした脚本家や俳優らは、(敬遠する人もいるかもしれないが)まだ収入を得て仕事をすることができるのだ。
ロン・ハワードとブライアン・グレイザー(ナイキの『The Day Sports Stood Still』のプロデューサー)が設立したイマジン・エンターテインメント(Imagine Entertainment)、リース・ウィザースプーン率いるハロー・サンシャイン(Hello Sunshine)、マイケル・シュガーのSugar23、そしてアノニマス・コンテンツ(Anonymous Content)といった製作会社は、積極的に大手ブランドからの資金調達に乗り出している。
「ブランドから、うちの会社で『Air(エア)』のような映画をつくったらどういう感じになるか、どんな風に考えたらいいのか、という問い合わせがこの1年で6件ほどありました」
と語るのは、イマジンのブランド部門を統括するマーク・ギルバーだ(マット・デイモンとベン・アフレックが共演するナイキを題材にした映画『Air』は、ナイキの監修により作られたわけではない)。
「私たちの使命は、常にこの種の感動的な実話を発掘し、本物のストーリーを制作することでしたから、このような挑戦は大好きです」(ギルバー)
WePresentが依頼した短編映画『The Long Goodbye』のリズ・アーメッドは、2022年度アカデミー賞を受賞した。
WePresent by WeTransfer, Vicky Grout
ブランド・ストーリーテリング(Brand Storytelling)は、過去7年間、サンダンス映画祭と並行してブランド・コンテンツの映画祭を開催してきた団体だ。ブランド・ストーリーテリングのディレクター兼共同創業者であるリック・パークヒルによると、ブランド映画の応募数は過去3年間で約3倍の160作品に増えたという。
「この分野に資金が流入してきています。コンテンツの質ははるかに高く、ディレクターのレベルや彼らが連れてくるタレントの質も高い。それは彼らの作品にも表れています。それに、この仕事を求めているディレクターたちがいるのです」(パークヒル)
例えば、サンローランはペドロ・アルモドバル(スペインの映画監督)やデイビッド・クローネンバーグ(カナダの映画監督)と組んで映画を作っている。
巧妙なパラダイムシフト
ブランドが資金を提供するエンタメ作品は、作品の途中に表示される広告形態以外の方法で消費者にリーチしようと、長年にわたりさまざまな試みをしてきた。
最近では、ブランドは自分たちの作品を確実に視聴者に見てもらうために(場合によっては費用の一部を負担してもらい、利益を出すために)大手ストリーミング企業での配信を模索している。また、パフォーマンス測定と結果の追跡についても、より体系的に行っている。
これはハリウッドにとっては巧妙なパラダイムシフトであり、ブランドが作った映画は純粋な作品ではないという見方は変化しつつある。ブランドはバイヤーに対し、自分たちのマーケティング・ノウハウで作品を幅広い観客に届けられるのだと知らしめたいと思っている。ブランド・エンターテインメント業界の関係者の中には、いずれストリーミング企業が、ブランドが主導するスタジオのコンテンツをハリウッド作品と同じように積極的に欲しがる日が来ると考える者もいる。
「映画監督は仕事を必要としている」と指摘するマーカス・ピーターゼルは、広告大手のオムニコムを退社して2019年にブランド映画スタジオ「パッション・ポイント・コレクティブ(Passion Point Collective)」を設立した人物だ。それ以来、彼はブランドのために36もの映画プロジェクトを手がけている。
最近じゃ独立系映画は資金調達が厳しい。だからブランドが新たな資金源になり得るのです」
しかし、ストリーミング企業をはじめとする配信事業者の中には、消極的な姿勢をとる企業もいる。また、ブランド側がプロジェクトを商業的にしすぎるケースも多く、視聴者に純粋なエンタメとして響かなかったり、社内からもこのようなプロジェクトはビジネスにとって意味がないと懸念する声も聞かれる。
さらに事を難しくしているのは、ストリーミング企業が視聴者データをあまり共有しないという事実だ。そこでブランド・ストーリーテリングは、調査やパフォーマンス測定などを通じ、ブランド映画の効果を測定するシステム開発に取り組んでいる。
ただ、ブランドが語りたがるストーリーの種類には限界がある。結局、誰が資金を提供するかによって、どのようなコンテンツに資金が行くのかは決まってしまうのだ。
パッション・ポイント・コレクティブのピーターゼルは言う。
「ブランドは自分たちが語りたいトピックを作り出しますが、それはかなり狭い範囲のものです。政治的な話題には近づきません」