『君たちはどう生きるか』ヒットに映画関係者も驚く3つの“異変”

映画公開まで唯一明かされたポスタービジュアル。

映画公開まで唯一明かされたポスタービジュアル。

撮影:杉本健太郎

映画関係者も「予想以上」と驚く初速のヒット

宮崎駿監督(※クレジット上では、今回は宮﨑駿としている)の10年ぶりとなる最新作『君たちはどう生きるか』が7月14日から公開され、4日間で興行収入21.4億円(動員135万人)を記録したことが話題になっている。

これは宮崎駿監督最大のヒット作である『千と千尋の神隠し』(2001年公開:興行収入316.8億円)を超えるペースだ。

本作はポスターとタイトル以外の情報を一切出さないという「宣伝しない宣伝」戦略をとってきた。異例の宣伝戦略がどのような結果をもたらすか、誰にも予測できなかったが、今のところ実績まで「異例」づくしが続いている。

映画ジャーナリストの大高宏雄さんは、初速の大ヒットは「映画関係者も予想以上だった」と語る。一方で、スタジオジブリ内部からは「この結果は当たり前。千と千尋クラスのヒットを視野に入れる気構えでやっている」という話も聞くという。

本作のヒットを複雑な想いで見ている映画関係者もいる。ある配給会社関係者は大高さんに、「『宣伝なし戦略』が成功すると私たちは困ってしまう」と率直に不安を吐露したという。宣伝を仕事にしている関係者にとっては、派手な宣伝がなくてもヒットは可能だと証明されると、自らの仕事を否定されることになる。

7月21日撮影。ほぼ1時間毎に上映されている。

7月21日撮影。ほぼ1時間毎に上映されている。

撮影:杉本健太郎

大高さんは、『君たちはどう生きるか』をめぐって「3つの異変」があると指摘する。

異変1:「宣伝しない宣伝」の成功

今回、「宣伝しない宣伝」が成功した理由を大高さんは3つの要素に分解して説明する。

1)情報を遮断することで観客の飢餓感をあおった。

「情報がなくても興味を持続させられる監督は、世界を見渡してもなかなかいないと思います」(大高さん)

2)作品を独り歩きさせることで賛否両論巻き起こし、SNSで勝手に盛り上がってくれることを狙った。

「何も(事前情報が)ない中でも盛り上がってくれるであろう潜在的な層がジブリファンにはたくさんいたということです」(大高さん)

3)日本テレビ系列「金曜ロードショー」で10年間流し続けた今までのジブリ作品が実質的に宣伝だった。

「新しく何を作るかという情報はないけれども、これまで作ってきた作品の面白さを定期的にゴールデンタイムで発信し続けた効果は大きいと思います」(大高さん)

「パンフレットは後日発売」というのも異例の事態。

「パンフレットは後日発売」というのも異例の事態。

撮影:杉本健太郎

「宣伝しない宣伝」で成功した直近の例として、『THE FIRST SLAM DUNK』と比較されることがある。しかし、『君たちはどう生きるか』と『THE FIRST SLAM DUNK』の宣伝手法は全く異なるものだと大高さんは指摘する。

どちらの作品も謎に包まれてはいたが、『THE FIRST SLAM DUNK』は予告編を公開していたし、ポスターも何種類も出していた。声優の情報は公開され、SNS上では積極的な情報発信もあった。一方、『君たちはどう生きるか』は公開まで本当にポスターとタイトル以外の情報を出さなかった。

ジブリの鈴木敏夫プロデューサーが「(宣伝は)スラムダンク方式でいく」と公の場で発言していたが、「これは彼独特の言い回し。映画の情報が限られていたスラムダンクがヒットしていたので、ちょっと遊び心を出したのではないでしょうか」(大高さん)。

異変2:初週の観客はほとんど「大都市圏の人」だった

7月21日時点で劇場で販売しているグッズはポスター、下敷き、クリアファイルのみだ。

7月21日時点で劇場で販売しているグッズはポスター、下敷き、クリアファイルのみだ。

撮影:杉本健太郎

「宣伝しない宣伝」のせいなのかは不明だが、『君たちはどう生きるか』の初動では、映画関係者が首をひねるような不可解な現象が起きている。これもまた異例なのだ。

興行データを見ると、観客が極端に東京など大都市圏に偏っているという。

「通常、大ヒット映画はまんべんなく観客の支持を得ますが、『君たちはどう生きるか』は初日4日間の時点で東京など大都市圏の観客比率が異様に高く、ローカルが少し弱い。これは私も見たことがない現象です」(大高さん)

なぜこのような現象が起きているのか。

仮説に過ぎないが、「おそらく東京を含めた大都市圏の情報感度高めの客が集まったのだろう」と大高さんは推測している。テレビなどからの情報がなくても自ら能動的に情報を集めに行き、SNS上で積極的にコミュニケーションし、公開初日に映画館に足を運ぶような客だ。

4日間で21.4億円という興収のかなりの部分が、こうした大都市圏の熱心なジブリファンに支えられたものだった —— 爆発的な初動がこんなファンの支持によるものだったとすれば、確かに異例だ。

大高さんは「問題はこれを地方に波及できるかどうか」だと次の展開について指摘する。

「初速は好調でしたが、このペースをどこまで維持できるかはわかりません。夏休み興行で大ヒットを当てるには、東京だけでなく全国的なヒットが必要になりますから」(大高さん)

異変3:最終的な興収がまったく読めない

数少ないグッズにも同じポスタービジュアルのものを使用している。

数少ないグッズにも同じポスタービジュアルのものを使用している。

撮影:杉本健太郎

実際、映画会社関係者によると、いま映画館には保護者から本作を「子どもに見せていいのか?」という問い合わせがきているという。

本作はPG指定(子供の鑑賞には、保護者の指導を推奨)はついていない全年齢向け作品であるものの、あまりに情報がないことから、ファミリームービーとして楽しめる内容なのかどうか、保護者が不安に思っているようだ。映画館もそうした問い合わせへの対応に苦慮しているとの声も聞こえてくる。

異例づくしの「宣伝手法」だが、大高さんは今回のようなヒットは「一回限りの特例」だと見ている。長編映画を単独出資で製作できるだけの資金力と、これまでヒット作を積み重ねたジブリと映画配給会社の信頼関係があるからできたことだ。

例えば、新海誠や細田守といった有名クリエイターでも将来同じことができるかはわからない。

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