2023年に入って販売台数が激減している宏光MINI。
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50万円EVとして日本でも大いに話題になった上汽通用五菱汽車の「宏光MINI」が2020年の発売以来3年ぶりにリニューアルを進めていることが、同社が自動車政策を担う工業情報化部に提出した資料から明らかになった。ヘッドライトのサイズが小さくなり、フロントグリルやロゴのデザインも一新された。現行車種より全体的に丸みを帯びている。
間もなくリニューアル車発売か
発売の承認を得る前のリストであるため、消費者が一番知りたい価格や発売時期、航続距離は公開されていない。全体のサイズと車内のスペースは大きくなっており、充電口にも変化があることから多様な充電設備に対応する可能性がある。機能性の向上が期待され、販売テコ入れのためのリニューアルという見方がもっぱらだ。
宏光MINIが大幅なリニューアルを計画していることが明らかになった。
工業情報化部に提出された新車申請書より
2020年7月末に発売された宏光MINIは日本の軽自動車を思わせるキュートなボディと、2万8800元(約57万円、1元=19.7円)からという格安価格で超小型EVブームを巻き起こし、「神車」と呼ばれた。
発売1カ月後には販売台数でテスラの「モデル3」を抜き、EV国内トップに躍り出た。販売する五菱汽車や全国乗用車市場情報連合会(CPCA)によると、2022年の販売台数は55万4000台を超え、同年の小型EV販売台数で世界首位に立った。
「50万円」「テスラを抜いて世界販売トップ」のインパクトは世界に衝撃を与えたが、機能を割り切って低価格を実現した宏光MINIは中国のセグメントでは自動三輪車以上乗用車未満という位置づけだ。主に高齢者の足代わりの「代歩車」として、地方や農村部で売り上げを伸ばしてきた。五菱汽車が公表した2020年の同車種の地域別販売比率を見ると、いわゆる「田舎」と言われる3級以下の小さな都市が63%を占め、上海、北京、深セン、広州から構成される1級都市は3%に満たない。
宏光MINIがヒットした当初、中国では、「価格なりの品質」「おもちゃ」「技術的には見るものはない」という声も少なくなかった。だが、価格破壊によってEVの購入者層を大きく広げ、新たなマーケットを創造した功績は非常に大きい。
価格で対抗 vs バランス型
だが昨年末以降、宏光MINIの快進撃に陰りが見え始めた。2023年に入ると販売台数で前年割れが続き、6月の販売台数は前月比6583台減の1万3763台。前年同月比でも65%減少した。昨年まで毎月平均4~5万台を販売していたのが、ついに2万台を割り込んだ。
宏光MINIの失速の直接の原因は、ブルーオーシャンが競合の参入によってレッドオーシャンになってしまったことだ。同車種のシェアを食った主な競合を見てみよう。
奇瑞汽車(チェリー)「QQ 氷淇淋(アイスクリーム)」
最新バージョンは最低価格が3万元を切ったQQ 氷淇淋。
奇瑞新能源の公式サイトより
宏光MINIの最初の競合に名乗りを上げたのは、老舗メーカー・奇瑞汽車が2021年末に発売した「QQ 氷淇淋(アイスクリーム)」。外観、性能を宏光MINIにかなり寄せつつ、発売時価格は宏光MINIより若干安く設定した。よくある「そっくりだけどさらに安い」製品だ。
QQ 氷淇淋の6月の販売台数は6041台。原材料価格の高騰などで、超小型EVは発売以降少しずつ値上げされてきたが、同社は7月に2万9900元(約59万円)と3万元を切る同車種の限定バージョンを発売した。エアバッグと空調をなくして徹底して低価格で勝負する戦術を維持している。
長安汽車「Lumin」
宏光MINIの背中を追う長安汽車のLumin。
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大手国有メーカーの長安汽車も2022年6月に超小型EV「Lumin」を発売した。こちらも宏光MINIの最安グレードと同じ価格帯になると予想されていたが、ふたを開けてみると1.5倍ほど高い4万8900~6万3900元(約96万~126万円)だった。
Luminは価格が高い分、宏光MINIより車体がやや大きく、スマートロック機能や車内ディスプレイを搭載するなど、走行体験の向上にも気を配ったバランスの取れた製品にした。エアバッグも標準装備しており、安全性でも一歩抜きんでている。
2023年6月の販売台数は前月比2223台増の1万714台。発売から1年経って、宏光MINIの背中を捕らえる寸前まで来ている。
吉利汽車(Geely)「熊猫(パンダ)mini」
個性的な外観と機能性のバランスで出足好調な熊猫mini。
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吉利汽車は今年2月、女性消費者の好みに全振りした「熊猫mini」を発売した。こちらも価格は3万9900元(約79万円)~と、宏光MINIより数十万円高い。その分、より遠出ができるよう航続距離を伸ばしたり急速充電機能を強化し、既存車種と差別化を図った。
熊猫miniは出足が非常によく、吉利汽車の同月の世界販売台数を前月の5位から3位に押し上げた。3、4月の販売台数は1万台を超えたが、直近の6月は7238台とやや失速している。
値下げ合戦の圧力も
超小型EV市場には他にも複数のメーカーが新車種を投入しているが、今のところまとまった数字を出しているのは宏光MINIと上述した3車種の計4車種になる。
市場をつくった宏光MINIの知名度が他を圧倒する中で、後発メーカーの判断は価格で勝負するか、同車種を研究しユーザーのニーズに併せて「改良」するか分かれたが、選択肢が増えた結果、安全性と快適性を向上させて、その分価格も上げた車種に消費者が流れている。宏光MINIがリニューアルに動いたのも、消費者の選択を踏まえてのことだろう。
宏光MINIにとって、競合の台頭以外に超小型EV市場の発展性も脅威になっている。6月の超小型EVの販売台数は前年同月比43%減の4万7800台。前月比でも7.5%減少した。
中国のEV市場は拡大が続く一方で、100を超えるメーカーが過当競争を引き起こし、利益を犠牲にした値下げ合戦が続いている。7月上旬には工業情報化部とテスラなど自動車大手16社が、過当競争を回避するための合意書をつくったほどだ。
値下げ合戦の結果、小型SUVやセダンと超小型EVとの価格差が縮小し、通勤や買い物だけでなく家族でのレジャーなどにEVを利用したい消費者が、よりスペースのある車種に流れているとの指摘もある。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。