SNS時代、分からないものにどう向き合うか。「あ、共感とかじゃなくて。」展覧会レポート

わたしたちは、「共感」がとても大きな力を持つ時代に生きている。

SNSでは、より多くの人からの共感を得られる投稿が良いものとされ、拡散され、さらに多くの人の目に入る。

日常のコミュニケーションにおいても、「わかる」「わからない」「わかってもらえた」「わかってもらなかった」といったことが、より重視されるようになってきているようにも思う。

そんな現代ならではのモヤモヤについて、何かヒントを与えてくれそうな展示が、東京都現代美術館で始まった。

結論を出さない面白さを

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撮影:野口羊

「あ、共感とかじゃなくて。」は、東京都現代美術館で開催されている企画展。

参加アーティストは、有川滋男、山本麻紀子、渡辺篤(アイムヒア プロジェクト)、武田力、中島伽耶子の5人だ。

その名の通り、安易な「共感」に疑問を投げかけ、別のアプローチでの思考や対話を試みることが全体のテーマとして設定されている。

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入り口には、この展示を鑑賞するときの指針となってくれそうなテキストが掲示されていた

撮影:野口羊

主に10代の若い来場者に向けたものだというが、公式サイトには、

「大人たちにも、すぐに結論を出さずに考え続ける面白さを体験してほしいと思います」

とあり、大人へも門戸が開かれているようだ。

想像することしかできない「謎の仕事」

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有川滋男 「(再)(再)解釈」シリーズ、展示風景

撮影:野口羊

展示室内に入ると、まず映像作家の有川滋男の《ブルー・フォレスト》《ラージ・アイランド》《ゴールド・タウン》《ストレンジ・ベルズ》という作品群に迎えられる。

まるで展示会の企業ブースのような形式で、不可思議な映像と、その映像に関する奇妙な物体が展示されている。

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有川滋男 「(再)(再)解釈」シリーズ、展示風景

撮影:野口羊

どのブースも、何らかの仕事を紹介しているようだ。

しかし映像の中の人物が、何を目的に何をしているのか、どれだけ注意深く観ていても終始謎が解けることはない。

身体に映像が投影された状態で逆立ちしていたり、トイレ用のラバーカップに真剣に向き合い何かをしようとしていたりするが、何の仕事なのか全くわからない。

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有川滋男 「(再)(再)解釈」シリーズ、展示風景

撮影:野口羊

しかし考えてみれば、この世界には自分のよく知らない仕事、何をやっているのかわからない仕事というものはたくさんある。

いざ、作業の様子を観察しても、結局よくわからない仕事のほうが多いのかもしれないし、普段自分がしている仕事だって、立場の異なる人から見れば、荒唐無稽の作業のように見えるのかもしれない。

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有川滋男 「(再)(再)解釈」シリーズ、展示風景

撮影:野口羊

この作品の場合は、制作した作者すらも答えを設定していない、いかなる立場にいる人も理解することのできない、純度100%の「謎の仕事」だ。

しかしながら、「この行為にはこんな意味があるのかもしれない」「ブースに置かれているアイテムと映像にはこんな関係があるかもしれない」と、随所に想像する余地が残されていて、モヤモヤを抱えながらも想像しながら鑑賞するのは、楽しい体験だった。

勝手な想像は、ときに思い込みや偏見を生む。しかしながら、わたしたちは自分なりの想像を介することによって、はじめて立場の違う人や、簡単には理解できないものに、近づいてみることができるのかもしれない。

パーソナルな体験から立ち上がる物語

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山本麻紀子のインスタレーション、《巨人の歯》、展示風景

撮影:野口羊

そこから先に進むと、展示室内に木製のパネルで区切られた空間が現れる。

フィールドワークやリサーチを通した制作を行うアーティスト山本麻紀子が、自身のアトリエ兼自宅をイメージしたインスタレーション作品だ。

各地に残る巨人伝説についてのリサーチをもとに制作したシリーズの《巨人の歯》や、その歯と共に眠ったときにみた夢を描いた絵、在日コリアンの住む地域として知られ、現在は再開発の進む京都の東九条地域の植物で染めた糸で刺繍したハンカチの作品、建物の取り壊し現場に落ちていたものなどが、部屋のあちこちに点在する。

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山本麻紀子のインスタレーション、展示風景

撮影:野口羊

どれも別々の作品で、作品同士に明確な繋がりや関連性はなさそうに思える。しかしそのどれもが山本の個人的な体験を通じて生まれた作品であり、アトリエ兼自宅というパーソナルな空間を模した部屋に同居している。

靴を脱いで、床に上がって空間を見回していると、作品同士の間に、なにか共通した物語を想像できるような気もしてくる。

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山本麻紀子のインスタレーション、展示風景

撮影:野口羊

ある地域の特徴や、そこに残る伝説といったものは広く共有され得るものだが、そこで得られた体験というものは、どこまでも個人的なものだ。

ましてや夢などは、最も個人的で他者に直接共有できないものの一つだろう。

しかしながら、この場所に身を置いてそれぞれの作品を眺めるうちに、作品や作者への親しみのようなものが湧いてくる。

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山本麻紀子のインスタレーション、《巨人の歯》、展示風景

撮影:野口羊

決してそのまま共有したり共感したりすることのできないはずの個人的な体験が、作品という形をとることで、全く関係のない他人にも何かを訴えかけてくる。

それは勝手にわかった気になったり、解釈を押し付けたりするのとは違う、想像力を介した作者とのコミュニケーションの一つの形なのかもしれない。

共感できない苦しみを想像する

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撮影:野口羊

さらに進むと、暗幕の中にインスタレーション形式の展示がある。足かけ3年の引きこもり経験を持つアーティスト渡辺篤(アイムヒアプロジェクト)の作品だ(撮影不可)。

コロナ禍でステイホームを余儀なくされたときに「孤独を感じている人」という条件で募集した50人が撮影した月の写真を展示した《同じ月を見た日》の他に、引きこもり当事者との協働による《アイムヒア プロジェクト》の作品が展示されている。

《アイムヒア プロジェクト》では、現在進行系で引きこもりの状態にある人から募った、自身の撮影による部屋の写真が展示されている。

部屋の写真は広さや状態もさまざまだが、どの写真にも生活の痕跡が克明に残されていて、社会問題として語られる一般名詞としての「引きこもり」ではなく、そこに生活する一人ひとりの息遣いまでが感じられるようだった。

この作品はカーテン付きのガラスケースの中に展示されており、カーテンの間を覗き見るようにしないと写真を見ることができなくなっている。

展示として決して見やすいとは言えない状態だが、もしこの作品が明るく全体が見える状態で展示されていたとしたら、引きこもり当事者の人たちの生活が、ある種見世物のようなものとして扱われてしまっていたかもしれない。

これは絵画や映像とは異なる、どこまでも個人的な生活の断片を、いたずらに鑑賞者の視線に晒させないための工夫なのだと感じた。

アイムヒアプロジェクト

渡辺篤(アイムヒア プロジェクト)、展示風景

提供:東京都現代美術館

また渡辺は、《同じ月を見た日》を含む、さまざまな生きづらさを感じている当事者と協働で作品を作る際に、作品として展示できるアーティストという特権的な立場を利用した一方的な搾取にならないように最大限の注意を払い、対等な立場で参加できるよう工夫をしているという。

さまざまな境遇でマイノリティとして扱われてしまう人たちが、自ら当事者として作品などの形で声を上げることのできる機会が増えることで、同時に当事者性というものの扱い方も問題になってくる。

たとえ引きこもりの当事者であっても、自分以外の引きこもり当事者や、他の生きづらさを抱えている人たちの苦しみを、そっくりそのまま理解したり、共感したりすることは難しい。

完全に分かち合うことのできない苦しみを扱う際に、それでもなるべく相手に寄り添いたいと考えるとき、わたしたちはどうすれば良いのだろうか。

この作品の中では、それは他者へ最大限向けられた想像力の帰結として、ガラスケースのカーテンや、なるべく対等な立場で参加できるためのプロセスなどの形で、作品に現れているのかもしれない。

そしてそれは、鑑賞者というさらなる他者へも、何かを訴えかける手立てになっているのだろうと思った。

見知らぬ誰かのことを想像する展覧会

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武田力 《教科書カフェ》、展示風景

撮影:野口羊

この他にも、演出家・民俗芸能アーカイバーの武田力が滋賀県の過疎集落の民俗芸能を継承した《朽木古屋六斎念仏踊り継承プロジェクト》や、移動図書館のようにあらゆる年代の教科書を見比べられる《教科書カフェ》、展示室を貫通する巨大な壁でできた中島伽耶子の《we are talking through the yellow wall》などの作品が展示されている。

どの作品も、それぞれ別のやり方で、共感ではない方法で他者や世界のことを考えるためのヒントが散りばめられている。

10代向けの展覧会とあって、作品数もそこまで多くはない。だが、タイトルの通り、共感という手段に安易に頼らない方法で、他者に想像力を向け、考えるきっかけをくれるだろう。

同館で、同時開催の「デヴィッド・ホックニー展」やMOTコレクション展ともあわせて、ぜひ足を運んでみてもらいたい展示だ。

「あ、共感とかじゃなくて。」

会場:東京都現代美術館東京都現代美術館 企画展示室 B2F

会期:2023年7月15日(土)- 11月5日(日)

開館時間:10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)

※サマーナイトミュージアムの日(7/21、28、8/4、11、18、25)は10:00-21:00まで開館延長

休館日:月曜日(7/17、9/18、10/9は開館)、7/18、9/19、10/10

観覧料:一般1,300 円/ 大学生・専門学校生・65 歳以上900円 / 中高生500円 /小学生以下無料

【お得な2展セット券】「デイヴィッド・ホックニー展」+「あ、共感とかじゃなくて。」

一般3,200円、大学生・専門学校生・65歳2,100円、中高生1250円

展覧会公式サイト


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