REUTERS/Rick Wilking
2023年の株式市場は、多くの投資家にとって想定外の展開が続いている。
S&P500種株価指数は2022年に約20%もの下落を記録しており、米ウォール街の金融専門家たちが2023年を強気予想とできなかったのも無理はない。
2022年の米経済はインフレと金利上昇が続き、米連邦準備制度理事会(FRB)は利上げとバランスシート縮小の手綱を緩めることはなかった。経済指標の強さとは裏腹に、実質賃金の低下に苦しむ労働者たちの弱音が「感情不況(vibecession)」を誘発し、株式市場は世界金融危機の起きた2008年以降で最低のパフォーマンスに終わった。
ところが、翌年には誰も予想できなかったことが起きた。
対話型AI(人工知能)「ChatGPT」のリリースに端を発するAIブームとそれに伴う株式市場の活況だ。AIに関連するいくつかのハイテク銘柄が、突如として急激な株価上昇に転じたのだ。
実際、米金融大手ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)のチーフ米国株ストラテジスト、デービッド・コスティン氏は、AI市場拡大への期待とそれに伴う買い注文の殺到を受け、S&P500種指数のバリュエーションは急上昇したものの、年初来の上昇幅に寄与したのはわずか7銘柄の値上がりだったと指摘している。
ただ、そうした半狂乱のお祭り騒ぎも一段落し、現実が重みを取り戻しつつある。
ウォール街の金融専門家の大半は、従来の予想通り2023年後半に株式市場の減速を想定している。
6月の米消費者物価指数(CPI)は前年同月比3.0%の上昇と12カ月連続での鈍化を記録し、FRBの金融引き締めが弱くなるとの楽観的観測も出てきたが、それでも多くのアナリストは景気後退入りが迫っているとの見方を崩そうとしない。
今後を占う重要な(2023年第2四半期の)決算シーズンに突入し、FRBによる一連の利上げサイクルの終了も目前に迫っている可能性があり、投資家は適切な資金配分を見極めるのが非常に難しい時期を迎えている。
Insider編集部では、ポートフォリオマネージャーからエコノミストまで、米ウォール街の金融専門家6人に取材し、手元にいま1万ドル(140万円)だけ持っているとしたら、どう投資するかを聞いてみた。
なお、各専門家の回答は相当な長尺になるため、読みやすさを重視して日本版編集部で圧縮と編集を加えてある。実際の投資に際しては、米国版の原文を参照されたい。
JPモルガン・アセット・マネジメント(JPMorgan Asset Management)
フィル・カンポレアリ(ポートフォリオマネージャー)
JPMorgan Asset Management
想定される景気後退入りの可能性は25%。FRBが6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げを見送ったのは、5月の雇用統計で賃金の伸び鈍化を確認したため。直近6月も平均賃金は前月と同水準(前年同月比4.4%上昇)だった。
株式は全般的に強気の投資判断。アメリカを除く先進国の株式市場に最大のチャンス。前年同月比3%超のインフレが下支え要因となっている日本株と、1年前にマイナス金利を解除して世界金融危機時の水準まで政策金利を引き上げた欧州株は「オーバーウェイト」の投資判断。
米国株については「ニュートラル」。ビッグテックを中心とする巨大テック銘柄以外には割安感。強靭な収益力を持つハイテク銘柄が年明け反発することを2022年末時点で正確に予測していたものの、値上がり幅は想定外。したがって、上振れ余地は狭い。
一方、景気後退入りさえ回避できれば、「S&P490種」すなわち時価総額トップ10以外のS&P500種構成銘柄には大きく株価を伸ばす余地がある。
伝統的な「株式6割、債券4割」のポートフォリオバランスを維持すべき。債券については、償還期限1〜3年の短期債および投資適格社債を推奨。安全性と流動性のより高い資産でポートフォリオのバランスを取りたい。
コハンジック・マネジメント(Cohanzick Management)
デービッド・シャーマン(創業者兼ポートフォリオマネージャー)
Crossing Bridge Advisors
市場の先行きは読めないが、金利は高止まりが続く。FRBが次回会合で利上げサイクルを終了あるいは引き下げる可能性はあるにせよ、フォワードレート(現在の金利から計算される将来の適用金利水準)は低すぎる。
その点を踏まえると、推奨されるのは(償還までに利率が変動する)変動利付債。金利が高止まりすれば、固定金利債より多くの利息(クーポン)を得られる。
その他、1万ドル投資の選択肢として考えられるのは償還期限1年未満の短期社債(CP)だ。短期の米国債もしくは譲渡性預金(CD)より流動性が高く、利回りも相対的に高い。
債券以外だと、アクティビストの動きと企業行動(コーポレートアクション)の変容に着目する日本株運用の投資ファンドも選択肢になる。
東京証券取引所による株価純資産倍率(PBR)の改善要請やプライム・スタンダード・グロースへの市場再編など、コーポレートガバナンス改革の本格化を受け、長年低迷を続けてきた日本の株式市場に海外投資家の流入が勢いを増している。
アメリプライズ・ファイナンシャル(Ameriprise Financial)
ジェイソン・ベッツ(プライベートウェルスアドバイザー)
Jason Betz
投資家は分散投資の徹底を常に最優先事項とすべきだが、2023年後半から24年にかけて深刻なボラティリティが予想されるため、現時点ではディフェンシブ寄りのポートフォリオが推奨される。
国内外の金融資産に分散投資するバランスファンド、安定成長型のアセットアロケーションファンド、S&P500種指数に連動するインデックスファンド、債券、コモディティや貴金属などのオルタナ資産など、検討すべき投資対象は複数にわたる。
ただ、タイムホライズン(時間軸)やリスク許容度は投資家によって大きく異なるので、誰にでもリターンをもたらす万能なポートフォリオというものは存在しない。
S&P500種指数は2023年後半にボラティリティ上昇局面が予想されるが、投資家は株価下落がいつ始まるのか予測したくなる衝動を抑えるべきだ。
それよりは、毎月投資託商品を少額ずつ購入するとか、ドル・コスト平均法に則ってある金融商品を常に一定金額、定期的に分散購入することで長期的に価格変動リスクを低減するとか、他にやるべきことがある。
アメリカ経済研究所(American Institute for Economic Research)
ピーター・アール(エコノミスト)
Peter Earle
中期と長期、2つの投資期間に分けて、それぞれの推奨投資先を挙げる。
中期的には、伝統的なディフェンシブかつリセッションプルーフな(景気低迷に左右されにくい)分野への投資が推奨される。
具体的には、生活必需品、公益事業、ヘルスケアの各セクターや、ディスカウントストアがその分野に相当する。
「バンガード・コンシューマー・ステープルズETF」「ヘルスケア・セレクト・セクターSPDRファンド」「iシェアーズ米国公共事業ETF」などの上場投資信託(ETF)商品を通じて、同分野へのエクスポージャーを取ることができる。
一方、長期的に推奨される投資先は「金(ゴールド)」などだ。背景には、米ドルの弱体化がある。
各国の外貨準備における米ドルの比率は低下を続けており、世界経済で米ドルが果たす役割が低下していることの反映と見る向きもある。
パンデミックに際して米ドルが世界的に大量供給され、歴史的なインフレが発生し、ウクライナ侵攻に対する経済制裁の一環としてロシアを「国際銀行間通信協会(SWIFT)」の決済ネットワークから排除したことにより、米ドルに対する信頼が失われた面がある。
金と銀は現在、資金の投下先として相当な人気を博している。各国の中央銀行による金や銀の純購入量が増加しているが、(それらの目的は米ドルへの依存回避と考えられるので)よく状況を認識している賢い消費者と言えるだろう。
なお、金へのエクスポージャーを取る手段としては、「ゴールドマン・サックス・フィジカル・ゴールドETF」が挙げられる。
セブンス・リポート・リサーチ(Sevens Report Research)
トム・エッセイ(創業者兼社長)
Tom Essaye
数カ月先の景気後退入りを予測している。それを前提に、1万ドルが手元にあるなら即座に米長期国債に全額投資する、というのが質問への回答だ。
一般的に、投資家は景気後退が起きると国債のような安全資産に殺到するので、結果として国債価格が急上昇し、利回りは低下することになる。そうすることで、株式がアンダーパフォームを免れない環境のもとでも、投資家は利回りを確保できる。
いま米国債を購入すれば、(短期から長期まで償還期限に応じて)3〜5%程度の利回りを確保できる。さらに、予想通り今後数カ月ほどで景気の減速が訪れたとすれば、(投資家が殺到して)国債価格は上昇することになるので、さらに大きな利回りを得られることになる。
債券の利回りはいま過去数十年の中でも最高水準で推移している。本当に久しぶりのことだ。足元で米長期国債へのエクスポージャーを取る選択肢としては、例えば「iシェアーズ米国国債20年超ETF」が推奨される。
一方、もし国債ではなくどうしても株式に投資するなら、「インベスコS&P500種イコール・ウェイトETF」を推奨する。時価総額加重平均型のインデックスはハイテク銘柄偏重になっており、それらの株価高騰がいつまでも続くとは思えないからだ。
とは言え、そればかりでなく仮に景気後退入りが回避された際にも、均等加重型インデックスはヘッジ効果を発揮できる面がある。
ジェームズ・アレン(米国公認会計士)
ジェームズ・アレン(米国公認会計士)
James Allen
景気後退入りの懸念される不透明な環境においては、常に分散投資を徹底したい。
投資先として推奨される分野の一つは、健全なバランスシートを有する高配当な優良株で、それらの銘柄へのエクスポージャーを取る選択肢としては、例えば「プロシェアーズS&P500ディビデンド・アリストクラッツETF」が挙げられる。
別の投資先としては、インデックスファンドを推奨する。「SPDR(スパイダー)S&P 500ETFトラスト」は、その名の通りS&P500種指数に連動する投資成果を目指す上場投資信託だ。
もう一つの投資推奨先は、配当(分配金)利回りが魅力的な不動産投資信託(REIT)。ショッピングモールやデータセンター、集合住宅などのオルタナティブ資産へのエクスポージャーを取ることができる。
「アパートメント・インベストメント&マネジメント」「タンガー・ファクトリー・アウトレット・センターズ」「エクイニクス」などがその例だ。
複数のREITへのエクスポージャーを同時に取る選択肢としては、アメリカで上場されているREITに分散投資する「SPDRダウ・ジョーンズREIT ETF」がある。