新入社員世代と入社約10年の先輩社員世代では、大きな意識の差がある。
撮影:今村拓馬
「適性を考えて、SNSの運用責任者を任せたのに断られたんです」
「目の前の仕事を覚える前なのに、新規事業の提案には前のめりで……」
入社から10年程度の”若い先輩社員”世代が、新人世代の育成に悩んでいる。
新入社員と上司の「価値観のギャップ」は、いつの時代にも言われてきた。
ただ、現在の新入社員世代と10年目世代でも、キャリアの考え方は劇的に変化している。
若者の働き方に詳しいリクルートワークス研究所の古屋星斗・主任研究員は「今の新人世代はキャリアへの価値観も、身に着けているスキルも多様化している。従来の育成方法ではなく、『新しい時代の先輩・新人の関係』が求められている」と指摘している。
「今日はリモートでいいですか?」
広告関連の大企業に務める30歳の男性社員は「新人世代は出社したがらない」と嘆く。
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「若手社員は大学時代からリモートで授業を受けていた世代。出社予定の日でも当日になって『今日は家でできる業務なのでリモートでもいいですか』と言われます」
広告関連の大企業の管理部門に勤務するユタカさん(仮名、30歳)は、若手社員の「出社嫌い」に気をもんでいるという。
ユタカさんが勤務する会社は、コロナ禍でフルリモート体制にシフトした。新卒採用でもリモートワークが可能という条件で採用を進めていたが、最近ではクライアントが出社回帰を進めていることもあり、若手社員は「週2〜3日の出社」が全社的なルールになっている。
ただリモート勤務を希望して入社した若手も多く「出社を強制できないケースもある」とこぼす。
指導面を考えると、対面の方が業務内容を把握しやすいため、若手には出社してもらいたいのが本音だ。
「特に新人は一人で家で仕事をしていると、何に困っているのかも分からず管理が難しい。『出社は当たり前』という意識がないので、なんで出社が必要なのかはきちんと説明しないといけないなと。
『会社が決めたんだから従うのが会社員としては当然でしょ』と思う気もしますが、そういう訳にもいかず…」(ユタカさん)
やりたくない仕事は「はっきり断る」
入社9年目のテツヤさん(仮名)は、新人にTikTok運用責任者を任せようとしたところ断られたという。
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第2新卒として、現在の社員数100人のSaaS企業に入社して9年目のテツヤさん(仮名、31歳)は、「やりたくない業務」がはっきりしていると話す。
Sさんの会社では、先日新規事業の一貫でtiktokのアカウントを新しく始めることが決まり、運用責任者に新卒入社の社員を任命したが、「tiktokは炎上リスクも高いのでやりたくない」と断られたという。
「やりたくない業務があるのは当然かもしれません。でも例えば炎上が嫌ならば、どんな内容なら炎上しないのかを考えるとか、自分が出演したくないにしても代案を出すとか提案があってもいいのではないかなと。その子が活躍できる場所だと思い、適性を考えての配置だったのですが…」
評価につながらない仕事は手を抜く若手
撮影:今村拓馬
「ベンチャーあるあるかもしれませんが、評価項目に入っていない業務は明らかに手を抜く若手が多い。若い世代になればなるほど、その傾向があると感じます」
社員約250人の人材紹介業で経営企画部マネージャーを務めるヨウコさん(仮名、35歳)はそう話す。
ヨウコさんは本業の傍らで、年に数回開催している顧客向けイベントの企画・運営を任された。チームには他の部署から新人社員も数人配属されたが、タイムスケジュールの変更など、一部を変更すれば進行表全体の書き直しが必要になる仕事でも、頼んだ部分しか修正しなかったり、仕事の期日を守らなかったりする事態が続いたという。
「経歴も優秀な若手なのですが、評価につながる本業以外は手を抜くという姿勢が徹底しています。
評価基準のあり方をしっかり設定することや、会社としてのパーパスやカルチャーを作っていかないと、自分だけ良ければいいという空気が生まれてしまうと感じます」
「早くスキルをつけたい」という焦り
前出の大手広告業勤務のユタカさんは、若手の傾向として「目の前の業務よりも新規事業に手を出しがち」だと話す。
ユタカさんの部下にあたる若手社員は、担当業務を十分にはこなせていない面もあるが、他部署が企画する勉強会に積極的に参加したり、新規事業も熱心に提案するという。
ユタカさんは若手社員と接する中で、速くスキルを身に着けないといけないという不安を強く感じるという。
特に総合職で入社している若手は、3〜5年でジョブローテーションを経験する。しかしもっと速い段階で、自分の適性を見極めたいと思う傾向があるという。
「社内公募制度もありますが、前提になるのは現職での成果です。
積極的な姿勢はもちろん評価し、僕も石の上には3年などと言うつもりはありませんが、目の前の業務から逃げずに取り組むことで見えてくるものがあると思うのですが、すぐに成果がほしいんだと感じます」
「なぜ新人がやめたのか」人事からプレッシャー
新人世代の離職について、指導役である先輩世代の社員はかなり気を使っているという。
撮影:今村拓馬
そもそも先輩社員による「若手の指導」には、かなり神経を使わないといけない状況もあるという。
その理由の一つが、人手不足で売り手市場が続き、新卒採用のコストが上がっているにも関わらず、コストをかけて採用した若手が簡単に離職してしまうからだ。
ユタカさんの会社では「特に入社3年以内の離職については、中間管理職に人事部からのヒアリングもある」という。
ユタカさん自身もかつて、部下が離職した際には「ちゃんと話は聞いていたのか?」「なぜ離職をとめられなかったのか?」と人事部や上司との面談の席で聞かれたという。
「入社約10年の僕たちの世代に比べても、今の若手にとって転職は当たり前の選択肢。SNSで同期を気にする傾向もあり、やめるハードルは以前よりもずっと下がっています。1人の離職が他に連鎖することもあって、無神経ではいられません」(ユタカさん)
「Z世代」と一言ではくくれない
撮影:今村拓馬
そんな新人世代と、先輩・上司世代はどう向きあって行けばいいのだろうか?
リクルートワークス研究所主任研究員で、『ゆるい職場 ─ 若者の不安の知られざる理由』の著者でもある古屋星斗氏は「今の新入社員世代は特に二極化、そして多極化が進んでいる。キャリアにおいては『Z世代』とくくれるような現状ではない」と話す。
入社10年目以降の世代では、大企業に象徴される安定した企業に入り、その後は振られた仕事を打ち続けていれば安泰というキャリア観もまだ残っているものの、今の新人世代はすでに「新しい安定志向」を目指しているという。
「他の企業でも通用するようなスキルや実績を積むことが、キャリアの安定性につながると考えるようになっています」(古屋氏)
こうした若手世代の傾向は、ここ数年で「ゆるい職場」が増加したことも影響している。
若手を取り巻く職場環境は劇的に変化している。2015年の若者雇用促進法の施行、2019年の働き方改革関連法、2020年にはパワハラ防止法が施行されるなどの法整備が進み、長時間労働の是正や、有給休暇の取得率が大きく改善した。
一方、労働時間が減ったことで、新入社員を徹底的に教育するような従来型の育成が難しくなったことで、社内の育成だけに頼らず、社外での経験も含めて自主的に成長する機会を得る必要性も増している。
「ゆるい職場」によって、同期の間でも実力の差が付きやすい環境が生まれているという。
「こうした変化を考えれば、自分のキャリアにとってプラスにならないと考える仕事を断ったり、新規事業には前のめりという傾向は当然とも言えます」
「やりたいことだけやる」リスク
ただ、新人世代に見られるような「やりたいことだけやる」という姿勢にもリスクがあると、古屋氏はいう。
「自分の視野に入る分野しか見ないという意味では、近視眼的なキャリア選択になり、キャリアが行き詰まってしまう可能性がある。
その意味では、若い世代にとっても、目の前の仕事に打ち込むことの価値も自覚した方が有効だと思っています」
彼らを指導する先輩世代は、新人世代とどう接すればいいのだろうか?
求められるのは、指導する・されるという上下関係ではなく「対等な関係」だという。
「新人生を指導する入社10年目世代も離職が多い世代で、新人でも10年目でもキャリアに迷っているのは同じ。今の新人世代に対して、自分がされたような指導をしようとするのではなく、対等な視線で、ときには先輩であっても迷っている姿を見せてもいい。
それくらい気楽な姿勢で新人世代と接したほうがいいと思っています」