伊藤忠商事は7月25日から社内向け生成AIを導入した。
REUTERS
ChatGPTなどの生成AIの企業内利用が進んでいる。ただ、AIをどのように企業内で活用するかを模索している段階で、その効果を見極めようとしている、というのが現状だろう。
大手商社の伊藤忠商事は7月25日、大手商社としては早いタイミングで全社員約4200人でChatGPTの本格展開をスタートさせた。商社が使う生成AIの可能性と、その将来像を導入責任者に聞く。
伊藤忠全社で導入する生成AI
伊藤忠は、繊維、機械、金属、エネルギー、化学品、食料、住生活、情報、金融などといった幅広い分野で事業を展開する大手総合商社として知られる。
今回の生成AIの社内導入によって、社内にアカウントを持つ従業員約4200人が利用可能になった。
伊藤忠が生成AIを社内に導入した背景として、社内生成AIに関するサービス企画チームリーダーを務める磯谷太一氏は「総合商社としてChatGPTが業務の生産性向上につながるかどうか」を確認するためだったと話す。
サービス企画チームリーダーを務める情報・金融カンパニー情報・通信部門情報産業ビジネス部ITビジネス第三課の磯谷太一氏。
撮影:小林優多郎
OpenAIの「ChatGPT」が北米を中心に話題になった2023年初頭頃から、伊藤忠でも生成AIには注目していたという。生成AIがビジネスの現場にどのように波及するのかを見極めていたところ、「思ったよりも早く波が来た」(磯谷氏)。
そこで、3~4月ごろには伊藤忠としてのサービス化を検討し始め、まずは社内導入が必要と判断した。
同時期には、2020年1月から資本業務提携関係にあったブレインパッドも自社内でChatGPTの環境を整備して検証をスタートしていたため、共同で検討していくことを決め、5月に「生成AI研究ラボ」を立ち上げることになった。
今回の導入より前に、ChatGPTのテストを開始。当初は「禁止はしていないが、通達は出していた」(磯谷氏)状況だった。
検証の過程で、伊藤忠社内ではAzureを導入していたことから、まずはAzureとChatGPTの組み合わせ(Azure OpenAI Service)での導入を図ってシステムを構築する方針を立てた。
「大前提としてはセキュアな環境でないと、情報漏えいリスクも出てくるので、最初のステップで基盤を築くのが重要なマイルストーン」と磯谷氏。7月のスタート段階で、ChatGPTを安全に扱える基盤の構築を重要課題と掲げた。
伊藤忠の「生成AI研究ラボ」とは何か
「生成AI研究ラボ」の推進体制。
作成:Business Insider Japan
システム開発を担当した「生成AI研究ラボ」とはどんな組織なのか。
伊藤忠内の担当部門に加え、ブレインパッド、資本業務提携を結ぶ戦略コンサルタントのシグマクシス、システムインテグレーターの伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)などが参加メンバーだ。
生成AI研究ラボでは、各社の知見、ノウハウを集めてシステム開発、伊藤忠社内での生成AIの検証をし、利用状況の分析やシステムの改善を行いつつ、「生成AIのビジネス利用に向けた実証研究を進める」ことを目標としている。
時系列としては、5月にがラボを立ち上げ、伊藤忠社員向けに使いやすいインタフェースや利用できる業務といった要件定義も決定。
6月中にはセキュアにChatGPTを使える環境を整備し、検証作業を進めた上で、7月下旬には全社的な導入を実施するというスケジュール感で開発が進んだ。
サービス企画チームメンバーを務める情報・金融カンパニー情報・通信部門情報産業ビジネス部ITビジネス第一課の鳥内將希氏。
撮影:小林優多郎
社員全員に利用できるようにし、その利用ログの分析を進めて、早期にサービス改善につなげていく狙いもある。
サービス企画チームメンバーの鳥内將希氏は、「一般的なプロジェクトとしてはわりと早く展開できたと思っている」と話す。生成AI周りは動きが早いため、スピード感を重視した展開になったのだという。
議事録の作成、一部の調査業務への活用も視野
開発中の社内AIの利用イメージ。社内ビジネスチャットと連携させることで、社員が慣れ親しんだUIで使えるようにした。
出典:伊藤忠商事
7月の導入スタートでは、伊藤忠社内で使われるビジネスチャット「Benefitter」のUIを生かして、ChatGPTとAPI連携することとで、ビジネスチャットを使うように生成AIを利用できるようににしたという。
社内でテストしている範囲で、生成AIは想定している回答を返してくれていると磯谷氏。とはいえ、プロンプト次第で精度が変動するため、適切なプロンプトを示すなどしたマニュアルも提供していく。社員が期待する回答がきちんと得られるよう、勉強会などの取り組みも実施していくという。
「まずは慣れ親しんでもらう」ことが重要だと磯谷氏。その上で、利用が拡大していけば議事録の作成や文章の要約、一部の調査業務といった業務での利用が中心になると磯谷氏は想定している。
ChatGPTを社員はどう扱うのか(写真はイメージです)。
REUTERS
「プラグイン」で伊藤忠に特化した生成AIに
伊藤忠では、使い勝手の向上の一環として、プラグインによる機能拡張も想定している。
磯谷氏によると、このプラグインによる機能拡張では、伊藤忠社内の業務システムとも連携して、伊藤忠独自の情報も活用することで、「伊藤忠に特化した生成AI」実現を目指していく。
LLM自体に伊藤忠にある固有のデータを取り込んで、伊藤忠固有の質問にも回答してくれるような「専用AI」の構築という将来像も「選択肢としてはある」(磯谷氏)。
ただ、そうした対応をするにはかなりの開発工数やコストが必要になるため、「まずはできるところから地道な積み重ねをしていく」(磯谷氏)という。
そのため、伊藤忠に固有の契約書、規程類、商社として貿易業務に関する各種書類などのデータをAPIでGPTと連携。問い合わせに対してAPI経由でデータを取り込んでGPTの回答に生かしていくというのが当面の目標だ。
「年内をめどに伊藤忠の業務システムと連携したい」と磯谷氏は話している。
生成AIの活用で、伊藤忠の業務はどう変わるか。
伊藤忠の社員は「商社として新しいことを開拓していかないと自分たちの価値を見いだすことができない」という考え方なのだと磯谷氏。生成AIをどう自分たちの業務に生かせるかを考える人が多いと話す。
伊藤忠は総合商社の中では比較的社員数が少ないとし、必然的に社員1人あたりの負担が大きくなるため、生成AIによる業務効率化を期待する社員も多いとみているそうだ。
さらなる業務効率化が図れるという期待はあっても、生成AIによって業務が奪われるというネガティブな声は聞かれないという。
ただ、社内でもリアクションを返していない無関心層が社内導入で関心を持ってくれるかどうかは、生成AI研究ラボでも大きな注目点だ。
「AIサービス外販」も検討、効果測定が鍵に
社内向け生成AIのビジョンについて語る磯谷氏(右)と鳥内氏(左)。
撮影:小林優多郎
こうした社内の取り組みだけでなく、社外でも利用できるよう伊藤忠のサービスとしての開発も主導していく。
鳥内氏は、「生成AIの社内導入で、どの程度の生産性向上が実現できるか、どのように効果測定できるかは難しい」と認めつつ、ブレインパッドによるデータ分析で、そうした課題に対応できる点がラボの強みだとする。
生成AIを積極的に利用することで従業員の生産性は向上する、というのが鳥内氏の予測で、どのように改善されたのか、定性的に効果を検証できるかも今後検討し、多面的な分析をしていきたいという。
生成AI研究ラボでは、「Google Bard」など、他の生成AIへの検証にもつなげていく考えで、様々な生成AIに積極的にトライしていきたいと磯谷氏。伊藤忠として、社内導入だけにとどまらず、グループ内全体から社外への展開まで、生成AIの社内導入を推進していく展望を磯谷氏は話している。
全従業員がどの程度利用するか、その成果がどのように現れてくるかは注目だろう。