ニューヨーク・ブルックリン区で電動アシスト自転車に乗るグラブハブ(Grubhub)の配達員。
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デリバリー(宅配)サービスとEバイク(電動アシスト自転車)の普及拡大が、新たな社会問題を生んでいる。
バッテリーのリチウムイオン電池を火元とする火災の続発がそれだ。
近年、デリバリースタッフや通勤に自転車を使う人たちが、安くて耐久性が高く環境に優しい移動手段を求めるようになり、結果として全米の都市でEバイクの数が劇的に増加している。
Eバイクの増加、とりわけ混み合った都市部におけるEバイク宅配が増えたことで、火災発生のリスクも相応に高まっている。要因としては、リチウムイオン電池に対する安全規制の緩さ、不十分な製造品質、不適切な充電および保管などが挙げられる。
Eバイクや電動スクーターのバッテリーを火元とする火災の発生件数は、ニューヨーク市だけでも、2020年の44件から2022年の220件へと5倍に増加した。
バッテリーから出火すると火の手は急速に広がり、死者が出ることもある。ニューヨーク市消防局によると、同市内では2023年6月末までの約7カ月間に、バッテリー火災によってすでに13人が死亡している(発生件数は113件、負傷者71人)。
各都市の当局が安全性に警鐘を鳴らす中でも、Eバイク市場は拡大を続けている。
2022年、アメリカのEバイク輸入台数は110万台を突破、前年の80万台強から大幅に増加した。
ウーバーイーツ(Uber Eats)、インスタカート(Instacart)、ドアダッシュ(DoorDash)、グラブハブ(Grubhub)といったフードデリバリー大手の売り上げは、パンデミックのピーク時との比較では減少したものの、トランザクションデータ分析を手がけるブルームバーグ・セカンドメジャーによると、2023年6月は前年同月比6%増と拡大基調にある。
また、バッテリー火災は間違いなく厄介な問題だが、従来より安全性が高くしかも手頃な価格のEバイクやバッテリーを市場投入することで、問題の解決を図ろうとする取り組みも出てきている。
もう少し具体的に言えば、より安全なバッテリーの設計、Eバイクのシェアリングサービス、バッテリーの保管・メンテナンスの安全性コントロールなど、さまざまなアプローチで問題解決に取り組むスタートアップが続々と誕生しているのだ。
そうしたスタートアップの一つ、カナダ・ノバスコシア州ハリファックスでEバイク用バッテリーを製造するゼンエレクトリック(Zen Electric)の創業者、ラビ・ケンパイア氏はこう語る。
「現在のところ、安全基準を満たしていない粗悪品を販売する業者が横行しています。Eバイク市場にいま本当に必要とされているのは、長持ちし、安全に使えて、コストを抑えられるバッテリーです」
なぜ多くのバッテリーが爆発するのか
火災安全対策やバッテリーの専門家たちは、「Eバイク需要の急増が、アメリカ国内で極めて低品質なモデルやバッテリーパックの氾濫を引き起こしている」と口を揃える。
メーカー各社が価格競争でしのぎを削る中、Eバイクの構成要素で最もコストの高くつくバッテリーの品質が犠牲にされ、その結果、悲劇的な火災を発生させているのだ。
中国でバッテリー製造工程の監査に関わったことのある米メリーランド大学のマイケル・ペヒト教授(機械工学)は次のように指摘する。
「非常に品質の悪いバッテリーセルが中国本土から大量に輸入されています。それらは、安全衛生対策や品質管理など、今日のバッテリー製造基準に達していない工場で生産されているのです。中にはガレージのような現場もありました」
リチウムイオン電池技術の進歩によって、単セルあたりのエネルギー密度(蓄電能力)が高まり、長距離走行時もバッテリー切れが起こりにくくなった。
しかし同時に、バッテリーパックに膨大なエネルギーを蓄えられるようになったことで、それが制御されない形で放出された時の危険度は高まっている。
非営利団体の全米防火協会(National Fire Protection Association)所属のエンジニア、ブライアン・オコナー氏はこう警鐘を鳴らす。
「大型バッテリーがもたらす危険性がよく認識されていません。プロパンガスのボンベやガソリンの携行缶と同じようなものだと考えてください。そうした危険物を寝室やアパートの玄関前で保管する人はいないはずです」
Eバイク購入時に付属しているもの、交換用として単体で売られているものを含めて、低品質のバッテリーを過充電したり、改造したり、損傷させたりした場合、大惨事になりかねない。
「バッテリーセルがショートして過熱し始めると、可燃性ガスが室内に充満し始めます。そして、何か(多くの場合、発火したバッテリー)でそのガスに引火すると、瞬く間に室内全体が炎に包まれるのです。他の火災よりはるかに爆発的で、火の回りが速いのがバッテリー火災の特徴と言えるでしょう」(オコナー氏)
自治体側も安全対策を強化している。
バッテリー火災が相次ぐニューヨーク市は3月、再生バッテリーパックの販売を制限し、コンシューマー機器向けの製品安全・エネルギー効率認証サービスを提供する第三者安全科学機関ULソリューションズ(UL Solutions)の認証を受けていないEバイクの新車販売を禁止する法律を可決した。
さらに、2022年12月には、消費者製品安全法の運用を担う独立政府機関の米消費者製品安全委員会(CPSC)が、Eバイクや電動スクーターなどのメーカーに対し、ULソリューションズの安全基準を採用するよう勧告した。
イノベーティブな取り組みの数々
スタートアップもあらゆる角度からバッテリー火災問題の解決に取り組んでいる。より効率的に充電でき、熱暴走しにくいバッテリーを開発することで、根本的な問題解決に挑む起業家も出てきている。
Insider編集部は今回、より耐久性が高く効率も優れたバッテリーを開発して火災を防ごうとしている2社を取材した。
一方は前出のゼンエレクトリックであり、もう一方はカリフォルニア州カールスバッドに本拠を置くザップバット(ZapBatt)だ。
ザップバットのチャーリー・ウェルチ共同創業者兼最高経営責任者(CEO)は、バッテリーの安全性を担保する難しさについて次のように述べる。
「Eバイクのバッテリーは、小さな単セルがいくつも積み重なってできています。バッテリーが古くなり、セルのいずれかが劣化し始めると、他のセルがそれを補う仕組みになっていて、それゆえにバッテリー全体の健全性を判断するのは難しいのです」
ウェルチ氏によると、2024年出荷予定で新型バッテリーの予約注文を受け付けているザップバットでは、従来のバッテリー素材よりも耐久性の高い軍用レベルの基材を使用している。
同社はまた、特定の単セルが過熱している状態を検知するために、機械学習を活用したソフトウェアをバッテリーに組み込んでいる。これにより(成り行きにまかせることなく)他の正常なセルが劣化セル分の負荷を引き受け、バッテリー全体で出力を調整できるようにしている。
バッテリー開発以外の取り組みも見てみよう。
デリバリースタッフがレジャー向けに設計されたEバイクを酷使することでバッテリーの劣化が進み、しかも自宅で充電しっぱなしにすることで過充電になり、発火につながるケースも頻発中だ。
そこで、ニューヨークのスタートアップ、ジョコ(JOCO)は、宅配スタッフ専門のEバイクシェアリング・ネットワークを構築し、宅配スタッフがEバイクを自腹で購入したり、自宅で充電したりしなくて済むサービスを展開している。
ジョナサン・コーエン氏とその友人2人が2021年4月に設立したジョコは、ニューヨークに50カ所以上ある「ハブ」と呼ばれる拠点でEバイクを貸し出し、宅配スタッフは数時間の業務をこなした後、指定された充電ステーションに返却する。
利用には会員登録が必要で、レンタル料は1回6時間までで12ドル(約1700円)。利用回数無制限のプランは、週65ドル(約9100円)となっている。
同社はこの6月、ニューヨークのソーホー地区でデリバリーサービス大手のグラブハブ(Grubhub)と提携して宅配スタッフ向け休憩所の試験運用も始めた。
Eバイクを貸し出すハブの役割を兼ねたこの休憩所では、グラブハブの宅配スタッフが休憩したり、トイレを使ったり、給水したり、携帯電話を充電したり、消耗したEバイクのバッテリーを耐火キャビネットに保管された新しいものと交換したりできる。
グラブハブの広報担当によれば、これまでに1000人(実数ベース)がこの休憩所を利用した。両社は今後、休憩所の設置を拡大したいと考えているという。
「私たちは(休憩所の開設によって)ラストワンマイルの配達圏を中心とした新たなコミュニティを構築したのです」(ジョコのコーエン氏)
ジョコ(JOCO)とグラブハブ(Grubhub)が提携して開設した休憩所でくつろぐ宅配スタッフたち。
JOCO
また、宅配スタッフたちがそれぞれに所有しているEバイクと互換性を持たせながら、より安全度を向上させたバッテリーを開発しているのが、ニューヨークのポップウィールズ(Popwheels)だ。
同社のデイビッド・ハマー共同創業者兼プレジデントによれば、各社の宅配スタッフは毎月50ドル(約7000円)の利用料を支払うことで、一般的なEバイクと互換性があり、先述のULソリューションズの安全認証を受けた充電済みバッテリーを利用できる。
「デリバリーサービスでは、配達車両にまつわるコストは自己負担なので、宅配スタッフは最も安いバッテリーを入手しようします。なので、より安全で高品質のバッテリーを使ってもらおうと思えば、宅配スタッフにとって経済的メリットを得られる解決策でなければなりません」(ハマー氏)
同社のバルフ・ハーツフェルド共同創業者兼最高経営責任者(CEO)は、口コミ情報をもとに宅配スタッフたちのニーズを探り、この互換性バッテリー月額サービスを考案した。
2023年初頭に試験運用を開始したところ、初日の申し込みだけで手元の交換用バッテリーで対応できる上限人数に達するほど、大きな需要があることが分かった。
ハマー氏によれば、入会待ちを早期に解消するため、今後数百個のバッテリーを追加調達する予定だという。