アメリカの所得格差は、わずかながら縮小傾向にある。
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- アメリカの所得格差が、わずかながら縮小していることがわかった。コロナ禍の影響で、低賃金労働者の賃上げが進んだこともその背景のひとつだ。
- 労働市場の競争激化が賃金上昇につながった形だが、現在、その勢いは以前ほどではなくなっている。
- 今後のさらなる格差是正について、Insiderが話を聞いた専門家の1人は、大卒資格を必要としない求人を拡大するための施策などが効果的だと提言した。
アメリカにおける格差の問題は、10年以上前から、経済の主要トピックとしてクローズアップされてきた。
「我々は格差拡大の時代を生きている」といった論調はいまだに根強いが、この数年は、ささやかではあるが、この流れを覆すチャンスが生まれている。これは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック前に多くの州で実施された最低賃金引き上げと、その後のコロナ禍による激動の時期に、比較的低賃金の労働者の間で待遇改善の動きが進んだことによるものだ。
こうした状況は、多数のアメリカ国民にとって明るい兆候と言える。可処分所得の上昇や経済的安定の向上といった形で、そのメリットを享受している人々も多い。
全米経済研究所(NBER)の論文によると、2022年9月の時点で、賃金額が全体の下位10%に位置する労働者の賃上げ率は、上位10%の労働者を上回っていたという。
実質賃金に関しても、2020年1月から2022年9月までの期間に、下位10%の労働者については6%以上増加してコロナ禍前のレベルに戻った一方で、上位層では逆に大きく減少した。ダラス連邦準備銀行は同年、このような傾向が生まれた理由のひとつとして、「大離職時代」と呼ばれる社会の動きを挙げた。
全米経済研究所の研究を主導したマサチューセッツ工科大学(MIT)経済学部のデイビッド・オーター(David Autor)教授はInsiderに対し、低賃金労働者の労働市場では、働き手を確保するための競争が激化していると指摘した。同氏によれば、賃金が高い企業は生産性も高い傾向があり、そのため競争が激化すれば、労働者がより高待遇の仕事に転職し、生産性を最大化する動きが強まるという。
「働き手を確保するための競争が激しくなっているという状況は、労働者にとってプラスで雇用主にはマイナスだという単純な話では収まらない」とオーター教授は述べる。
「それだけでなく、労働市場の効率が上がり、労働者は、より生産効率の高い企業で働くようになる。そのため、経済生産の増加にもつながることになる」
米国法曹協会(ABA)のリポートでも、雇用の堅調な回復と、連邦政府のコロナ救済対策プログラムによって、労働者側の交渉力が強まり、比較的低賃金の労働者も賃上げ交渉が可能になったり、より報酬が高い仕事を求めて今の仕事を辞めやすくなったりしているとの指摘がある。
ただし、低賃金労働者の底上げにより所得格差は多少縮小したとはいえ、企業も大幅な増益を記録しているため、最も所得が高い層が手にしている金額は、依然として、それ以外の層を大きく引き離している。
ジョージタウン大学公共政策学部のハリー・ホルツァー(Harry Holzer)教授は、「2023年に労働の現場で起きているのは、多くの労働者がコロナ禍を理由に離職したり、(条件の悪い)仕事に就くことを拒否したりする現象だ。人手不足が最も顕著な業種は、レジャーおよびホスピタリティ産業だ」と指摘する。
「従来型の需要と供給という見方をとれば、雇用主は人手不足に直面しており、これが賃上げを促す圧力になっている」
アトランタ連邦準備銀行のデータを見る限り、2022年末以降、低賃金労働者の賃金は、高賃金の労働者を上回るペースで上昇し、所得格差は縮まっている。ただし、こうした賃上げの動きは短期的なものにとどまり、すでにスローダウンしている可能性もある。
アトランタ連邦準備銀行のデータを見る限り、2022年末以降、低賃金労働者の賃金は、高賃金の労働者を上回るペースで上昇し、所得格差は縮まっている。ただし、こうした賃上げの動きは短期的なものにとどまり、すでにスローダウンしている可能性もある。
賃金水準別賃金上昇率。
Chart: Noah Sheidlower/Insider Source: Federal Reserve Bank of Atlanta
2022年6月に、低賃金労働者の報酬は前年比で7.2%上昇していたが、2023年6月には6.5%増と、上昇幅はやや縮小した。一方で、高賃金労働者に目を移すと、2022年には前年比の賃金の伸びはわずか3.7%だったのに対し、2023年6月には5.7%増となった。
賃金における上下の幅が狭まったことで、収入の大部分を企業の従業員として働くことで得ている大多数のアメリカ人に関しては、確かに賃金格差が是正された。だが、労働ではなく、株式投資や、自らがオーナーを務める事業などによって大半の収入を得ている超富裕層は、相変わらず膨大な額の収入を得ている。
所得格差のさらなる是正、有効な政策は
経済政策研究所(EPI)のデータによると、アメリカでは、上位1%に入る層の収入総額が、残り99%の総額の26倍以上に達している。国民総所得に占める割合も、21%にのぼる。
オーター教授は今後の賃金の動向について、このまま上昇し続けるとは考えにくく、頭打ちになる可能性が高いとの見方を示した。とはいえ、低賃金労働の受け皿となる若い成人の数が減り、一方でリタイアする人が増え、財やサービスの消費は伸びているという状況のなかで、今後10年間は労働市場の需給は厳しい状態が続くと、オーター教授は予想する。
「今起きている現象が、コロナ禍前の状況にそのまま戻ることはまずないだろう。というのも、それ以前からすでに、肉体的にきつい仕事を喜んで引き受ける、比較的若く学歴の低い人たちの労働市場が逼迫する流れが起きていたからだ」と同氏は述べる。
オーター教授によれば、所得格差をさらに縮小するためには、最低賃金の引き上げのほか、医療などのセクターにおける「大卒学歴を必要としない求人」の増加、高所得層向けの減税措置の撤廃といった施策に効果が期待できるという。
一方、ホルツァー教授は、労働市場の逼迫は、今後数年で解消される可能性があると警告する。今後は、さらなる金利上昇に加え、人工知能(AI)が一部の低賃金労働者に取って代わり、これによって、より創造的な職種への移行が促されるとの見方だ。
ホルツァー教授は、バイデン政権のインフレ抑制法(Inflation Reduction Act)や半導体製造支援インセンティブ創出(CHIPS)法などの政策が、雇用創出や職業訓練を推進する可能性があるとしながらも、こうした法制度の効果は限定的だろうと予想する。化石燃料産業における一部の雇用についてはグリーンエネルギー産業への転換が促されるかもしれないが、すべての地域や経済セクターが影響を受けるわけではないというのだ。
「経済全体を視野に入れると、全米で1億6000万の雇用と働き手がいることから、(新たな法制度によって)針が大きく動く姿は予想しにくい」とホルツァー教授は述べる。
さらに大きく「針を動かす」には、2018年に廃止された「十分な収入の得られる就職(gainful employment:GE)」規則(卒業生の学費ローン負債額が多額になっている高等教育機関を罰する規則)の復活や、学生ローンの返済免除を行ったりすることで、需要の高い職種に就くために必要な学位の取得を容易にするべきだと、ホルツァー教授は提案する。
また、雇用主に対して、より条件が良い職種を設けるよう促したり、利益分配を受けられる従業員の範囲を拡大したり、労働者にさらなる発言権を与えたり、といった政策は、所得格差の是正に役立つ可能性がある、と同氏は付け加えた。