LegoCamera / Shutterstock.com
「無印良品」のブランド名で小売業を展開している良品計画の業績が好調です。
7月7日に発表された2023年8月期の第3四半期は、前年同期比で営業収益120%、営業利益209%と増収増益となりました。その結果、業績発表の翌営業日にあたる7月10日には、同社の株式は制限値幅の上限である前週末比300円(21.9%)高の1672円まで買われました。
(出所)MINKABU。
小売業の中で時価総額順に見てみると、4000億〜6000億円規模の企業がひしめく中にあって、良品計画は約5000億円となっています。
(出所)株ドラゴンのデータをもとに編集部作成。
そこで今回は、私たちの生活にとっても身近な良品計画について、ファイナンスと会計の視点から同社の事業の強みを考察していくことにしましょう。
売上好調でも減益予想
まずは良品計画の過去2年間のP/L(損益計算書)の実績と今期の着地見込みについて確認していきます(図表3)。
(出所)良品計画の有価証券報告書より作成。2023年8月期については、決算短信に記載されていた予想の営業収益と営業利益を記載。
売上高を意味する営業収益は、過去3年間で順調に伸びています。成長率で見ると、2022年8月期は9%だったものが、2023年8月期の見込みでは18%と大きく成長しています。
一方で、営業利益はやや減少傾向にあり、2023年8月期の営業利益率は5%と見込まれています。
営業収益は順調に伸びているのに、営業利益が減少傾向にあるのはなぜでしょうか?
まず、営業収益(売上高)が好調に伸びている背景ですが、これは端的に言って、前期にゼロコロナ政策で販売苦戦した中国大陸の売上が回復したから、そして国内外での新規出店数が伸びているからです。
第3四半期までの累計で見ると、営業収益は前年同期の3708億円から17.5%増となる4358億円にまで増えています。良品計画では地域別セグメントを、国内事業、中国を中心とする東アジア事業、東南アジア・オセアニア事業、欧米事業の4つに分けていますが、いずれのセグメントにおいても営業収益は増加しています(図表4)。
(出所)良品計画の有価証券報告書をもとに筆者作成。
また、1年前には1055店だった店舗数合計は直近1年で11%増加し、1172店舗にまで増加しています(図表5)。
(出所)良品計画の決算説明資料をもとに筆者作成。
それなのになぜ、利益は減少傾向にあるのか。良品計画はその理由を、「急激な円安および原材料の高騰に伴う仕入れ価格の上昇」にある、と四半期報告書で説明しています。
良品計画は2023年1月から2月にかけて、大型家具やプラスチック収納、食品など一部の商品で値上げを実施していますが、それでも利益率を維持できないほどの外部環境の急激な変化に晒されているということでしょう。
にもかかわらず今回の四半期決算を契機に株価が大きく上昇したのはおそらく、2023年8月期第3四半期における親会社株主に帰属する四半期純利益が187億円となり、通期の当期純利益見込みである186億円を超えたことを好感してのものだと考えられます。
ニトリは「規模の経済」、良品計画は「範囲の経済」
続いて、良品計画のP/Lの構成を具体的に見ていきます。2022年8月期の良品計画のP/Lを滝チャートで表現をすると、図表6のようになります。
(出所)良品計画の有価証券報告書をもとに筆者作成。
この滝チャートからどんなことが分かるでしょうか。
まず着目したいのは営業収益の53%を占める原価です。加えて、広告宣伝費が1%にとどまっている点にも興味を惹かれます。これらの水準は、同業他社と比べて高いのでしょうか、それとも低いのでしょうか?
良品計画は「無印良品」の企画開発から、商品調達、流通・販売までを行う製造小売業で、いわゆるSPA(Specialty store retailer of Private label Apparelの略)というビジネスモデルを採用しています。SPAで有名な企業といえば、ユニクロを展開するファーストリテイリングや、この連載で前回取り上げたニトリなどが挙げられます。
では、そのニトリと比較しながら、良品計画の特徴を捉えてみることにしましょう。
まず原価率です。
(出所)良品計画およびニトリの有価証券報告書をもとに筆者作成。
ニトリの原価率が約50%であるのに対し、良品計画の原価率は53%と、良品計画のほうが3%ほど高くなっています。割合で言うと3%ですが、小売業においてこの利益率の違いはかなり大きいものです。
良品計画の原価率がニトリより高いのは、扱っている商品の幅が圧倒的に広いからです。ニトリも品揃えは豊富ながら、アイテムの中心は家具や収納などです。これに対して良品計画の場合は、家具から雑貨、衣類、文具、食品まで幅広いアイテムを取り扱っています(通常小売の原価率は70%ほどですから、良品計画はニトリより原価率が高いとはいえ、OEM型のSPAとしてはかなり健闘していると言えます)。
同じSPAを採用している企業でも、ファーストリテイリングやニトリなどは取り扱う商品の幅を絞ることで「規模の経済」を働かせ、原価の低減や利益率の向上につなげています。他方、良品計画の場合は、規模の経済ではなく「範囲の経済」を働かせることによってシナジー効果を生むことを強みとしているのです。
少ない広告宣伝費でも購入の選択肢に
次に、売上に占める広告費の割合はどうでしょうか。
小売業にとって広告宣伝費は、売上を伸ばすうえで決定的に重要です。
図表8にあるように、良品計画の売上高に占める広告宣伝費の割合はわずか1.2%。対するニトリの広告宣伝費比率は2.1%ですから、良品計画の1.2%という数字がいかに少ないかが分かります。
(出所)良品計画およびニトリの有価証券報告書をもとに筆者作成。
良品計画はなぜここまで広告宣伝費率を抑えられているのでしょうか?
良品計画の広告宣伝費の割合が少ない理由のひとつとして、良品計画が提供している無印良品のコンセプトが挙げられます。
無印良品の特徴は、一言でいえば「シンプル」であり、無印良品は「『これがいい』ではなく『これでいい』」をコンセプトとして掲げています。
これが意味するところは、「これがいい」や「これでなくてはいけない」というような強い嗜好性やこだわりを誘うものではなく、「これでいい」という理性的な満足を顧客に持ってもらうことにあります。
実際、家具を買う際には無印良品がニトリの競合になり得ますし、服を買う際にも無印良品がユニクロの競合になり得ます。多様な商品を扱いながら、それぞれの領域に特化しているブランドの競合になり得るのは、それだけ良品計画の商品がシンプルで使いやすいからだといえます。
だからこそ、他社ほど広告宣伝費をかけずとも、購入の際の選択肢として消費者に想起してもらいやすいのでしょう。
OEM型のSPAモデルの良品計画
良品計画は製造小売の業態ではありますが、自ら生産設備を持ってはおらず、OEMの生産方式を用いています。ここが、「自社でできることはすべて自社でやる」をモットーにするニトリとの大きな違いです。
この違いは、両社のB/S(貸借対照表)の構成を見れば一目瞭然です(図表9)。
(出所)良品計画およびニトリの有価証券報告書をもとに筆者作成。
ニトリは、SPAモデルの中でも「製造物流IT小売業」を標榜するだけあって(前回の記事を参照)、資産に占める固定資産の割合は71%と非常に大きくなっています。
これに対して、良品計画の総資産に占める固定資産の割合は、ニトリの半分以下の34%です。さらにここで注目したいのが、良品計画の固定資産の内訳です(図表10)。
(出所)良品計画の有価証券報告書をもとに筆者作成。
固定資産の中でも有形固定資産が占める割合は全体の53%で、残る47%は無形固定資産とその他投資資産から構成されています。つまり、資産全体に占める有形固定資産の割合は18%程度なのです。
この連載で前回ニトリを取り上げた際には、内製化と外注それぞれのメリットとデメリットを整理しました。ニトリは内製化を推し進め、高い利益率と成長率を実現しています。良品計画もニトリと同じくSPAモデルではあるものの、ニトリのような内製化の投資は行っておらず、OEMという製造の外注を選択しています。
良品計画が、ニトリのように内製化を進めなくともOEMのSPAモデルで成功しているのは、やはり無印良品のシンプルな商品設計が大きいといえます。無駄を削ぎ落としたシンプルな「これでいい」という商品コンセプトだからこそ、OEM製品であっても上手にブランディングをすることで消費者に受け入れられているのです。
ここまで考察してきた良品計画のビジネスモデルの要点をまとめます。
第一に、良品計画の原価率は52.8%と、ニトリより高いとはいえ、一般的な小売業から見れば十分に低い水準を保っています。これはシンプルな商品設計が顧客に受け入れられ、十分な粗利益を確保できる価格設定が可能になっているためです。
第二に、ブランディングがしっかりしているからこそ、営業収益(売上高)に占める広告宣伝費の割合はわずか1.2%に抑えられています。ユニクロを擁するファーストリテイリングでさえ広告宣伝費率は3%ですから、良品計画の1.2%という数字がいかに低いかが分かります。
最後に、良品計画は製造をOEMとして外注していることから、内製化を進めるニトリと比べると、資産全体に占める有形固定資産の割合は少なくなっています。OEMであっても多様な商品を扱い、小売であっても高い利益率を確保できているのは、「『これがいい』ではなく『これでいい』」というシンプルな商品設計が顧客に受け入れられているからこそと言えます。
「これがいい」をどれだけ増やせるか
今回は、良品計画のP/LやB/Sの構成を確認しながら、同社の増収の背景を探ってきました。
振り返ってみると、我が家には無印良品の商品がかなり多くあります。棚、ソファ、衣服、食料、文房具などなど、気がついたら無印良品に囲まれた生活をしています。家の近くに比較的大きい無印良品の店舗があるからという理由はあるにせよ、やはりシンプルで洗練された商品やデザインを魅力に感じているところも大きいです。
本稿で見てきたように、良品計画は一部商品の値上げに踏み切っていますが、それでも全体として見れば売上は増加傾向にあることから、値上げをしてでも購入してもらえるほど、無印良品にはブランド力があると考えられます。
一方で、「急激な円安および原材料の高騰に伴う仕入れ価格の上昇」によって、利益は減少傾向になります。このまま利益が削られることになると、良品計画としてもさらなる値上げの実施も視野に入ってきます。もしそうなれば、需要と供給の関係から売上の減少圧力がかかることになるわけですから、経営としては難しい舵取りが求められます。
ただ、これまで無印良品のさまざまな商品を20年以上使い続けている身としては、「これでいい」をもはや通り越して、「無印の商品がいい」というのが正直なところです。それは、無印良品はデザインに加えて、商品のクオリティも高いと感じるからです。実際、一見100円ショップで売っていそうなハンガーも、私が無印良品で購入したものは15年以上使い続けてもまだ健在です。
私のように「無印がいい」と感じている人は、値上げがあったとしても無印を選び続けるでしょう。一方で、「これでいい」という感覚で今まで無印を利用してきた人は、値上げには敏感に反応するはずです。
多くの人の生活の一部になりつつある良品計画。その商品の値上げは、消費者行動にどのような影響を与えるのでしょうか。良品計画の商品に加えて、良品計画の今後の成長戦略にも注目です。
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社フェロー。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。跡見学園女子大学兼任講師。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』『一歩先の企業・株価分析ができる マンガでわかる 決算書ナゾトキトレーニング』(ともにPHP研究所)がある。