ルイ・ヴィトンやティファニーなどを抱えるLVMHの2023年4~6月期決算は、中国人消費者の貢献で2ケタ増収を確保した。
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ファッションブランドの「ルイ・ヴィトン」や「ディオール」、コニャックの「ヘネシー」、宝飾品「ティファニー」など75のラグジュアリーブランドを抱えるLVMHが25日(現地時間)、2023年4~6月期決算を発表した。
インフレに直面する米国市場の売上高は前年同期比1%減少したが、中国市場の急回復で全体では同17%増の212億ユーロ(約3兆3000億円、1ユーロ=155円換算)を確保した。LVMHによると中国人消費者の高級品に対する消費意欲は、同ブランドの日本市場の業績にも波及しているという。
LVMH、北米の不振をアジアが埋める
「中国の回復に非常に満足している」
LVMHのジャンジャック・ギオニ最高財務責任者(CFO)は、決算発表時にそう語った。
2ケタ増収にもかかわらず、決算発表翌26日に同グループの株価は5.2%下げた。4~6月期は売上高の4分の1を占める北米市場が1%減少し、今後について悲観的な見方が広がったからだ。北米の落ち込みを補い、希望となったのが売上高の4割を占めるアジア市場だった。
LVMHにとってアジアは売上高の3分の1を占める最大の市場だ。
LVMH
LVMHの2023年4~6月期決算は北米市場がマイナスとなった。
LVMH
LVMHによると、日本を除くアジア地域の売り上げは前年同期比34%伸びた。その大部分を中国が占めている。ファッション・レザーセグメントに加え、ウォッチ・ジュエリーセグメントで中国人消費者の貢献が大きかったという。アジア地域(日本を除く)の店舗数は1年前から117店舗増えて1873店となり、世界で一番多い。
28日には仏高級ブランドのエルメスも2023年4~6月期の決算を発表した。売上高は前年同期比27.5%増の33億1700万ユーロ(約5200億円)だった。エルメスはLVMHが不振だった米州でも売上高を同21%伸ばし、日本を除くアジア太平洋地域は売り上げが同33%拡大した。
エルメスの売上高の半分はアジア太平洋市場からもたらされている。
エルメス財務レポート
エルメスは売上高の半分がアジア市場からもたらされている。2023年上半期のレポートは、「アジア太平洋地域は春節(旧正月)以降ずっと好調で、中国はもちろん、シンガポール、タイ、オーストラリア、韓国も売れ行きが良かった」と総括した。同社は上海ロックダウンなどで他のブランドが振るわなかった2022年も中国市場で非常に好調だった。
中国人富裕層の資産総額、GDPの1.6倍
エルメスのバーキンは、中古価格の値上がりも続き、中国人富裕層の間では投資品とみなされている。
Reuter
LVMHもエルメスもここ1年で頻繁に値上げをしているが、中国では「今が一番安い」「中古価値も上がる」という受け止め方をされ、逆風になっていない。中国のラグジュアリー消費はコロナ禍を機に、むしろ加速したように見える。
コンサルティングのベイン・アンド・カンパニーによると、2021年の中国本土のラグジュアリー商品の販売額は前年比36%増の4710億元(約9兆3000億円、1元=19.7円換算)。コロナ前の2019年(2340億元)から倍増した。2025年には米国を抜いて世界最大のマーケットになると予想されている。
コロナ禍で中国のラグジュアリー消費が伸びた理由の一つは、それまで海外旅行で消費していた高所得層が中国でブランド品を購入するようになったからだ。中国人が海外でブランド品を買いまくっていた2010年代後半、中国政府は内需拡大を妨げる消費行動として眉をひそめていたが、コロナによって図らずも国内での購入に切り替わった。
そのタイミングでラグジュアリーブランドは中国の内陸都市に触手を伸ばすようになった。
エルメスは2022年3月、世界最大のiPhone工場が立地する内陸都市の河南省鄭州市に店舗をオープンした。現地メディアの報道によると、オープン日には4時間並ぶ人もおり、店舗の在庫は1日で売り切れた。バーキンを手に入れるために他商品と抱き合わせのセットを購入し、2596万元(約5億円)を払った女性もいたという。
ラグジュアリー品が中国で爆売れするもう1つの要因は、富裕層の金余りとされる。コロナ禍で経済活動が停滞し、多くの労働者が収入減に直面する一方で、富裕層の資産は株高や金融緩和でむしろ増えた。中国民間シンクタンクの胡潤研究院が今月まとめた富裕層レポートによると、2021年の中国の富裕層の資産総額は前年比9.6%増の160兆元(約3200兆円)で、2020年の中国国内総生産(GDP)の1.6倍に達した。資産1000万元(約2億円)の富裕層は前年比2%増の206万世帯。1億元(約20億円)の超富裕層は同2.5%増の13万3000世帯で、コロナ禍にもかかわらず増えている。
限定品や希少性の高いものは、自身のステータスにつながるという考えが強い中国で、お金の使い道がない富裕層が、数百万円のバーキンをはじめ高額消費に走ったというわけだ。
ヴィトンは内陸部にレストラン
ラグジュアリーブランドは、中国の地方都市が成長の鍵を握ると考え、攻勢を強めている。2022年には内陸の大都市である四川省成都市に、ルイ・ヴィトンとラルフローレンが飲食店をオープンさせた。ヴィトンが同市中心部に出店したレストランは、ミシュランの星を獲得したシェフを起用し、地元の食文化を取り入れたメニューを提供する。エルメスも2022年11月中旬、ブランドを紹介するイベントを成都市で開いた。
SNSでの拡散を狙った期間限定のカフェやコラボも活発だ。ヴィトンは今年6月、中国の人気コーヒーチェーンとコラボした期間限定カフェを上海で展開した。LVMHグループのフェンディも5月、高級ティードリンクチェーン「喜茶(HEYTEA)」とコラボし、北京に期間限定のコンセプト店舗をオープンさせたほか、全国の店舗でコラボメニューを提供した。
中国は不動産市況の不振などで経済が低迷し、デフレに突入したとの指摘もあるが、物価高の日本と同様に、全体が沈んでいるというよりは貧富の格差がさらに拡大しているのが実相だ。たびたびの値上げによってシャネルやヴィトン、エルメスといったブランドは、学生やサラリーマンのような普通の消費者をふるい落としながら、富裕層をがっつりとつかんでいる。
日本で買って中国で転売も
2001年、東京・銀座でオープンしたエルメスの新店舗に行列をつくる日本人消費者。当時、日本はエルメスにとって最大の市場だった。
Reuters
LVMHの決算では、コロナ禍が収束し海外旅行が復調する中で、中国人のラグジュアリー消費が日本に波及していることも示唆された。ギオニCEOによると、アジア(日本を除く)以外の売上高に占める中国人の消費額は、2022年の15%から2023年は30%まで伸びた。同年前半の日本市場の売上高は前年比31%上昇したが、ギオニ氏は「中国人旅行者のヨーロッパでの消費はまだ回復していないが、日本では急回復しており、コロナ前の2019年の水準に近づいている」と述べた。
全国百貨店売上高は、インバウンドの拡大で今年6月まで16カ月連続でプラスとなり、免税総売上高はほぼコロナ前の水準に戻っている。とは言え、中国人については訪日団体旅行の規制が続き、「戻りは鈍い」との見方が多い。だが、ギオニ氏の説明やLVMH、エルメス(2023年前半の日本市場は26%伸びている)の決算を見る限り、個人旅行で日本を訪れている中国の高所得者がラグジュアリー商品を買い込み、このセグメントは一足先に回復していることがうかがえる。筆者が4月に都内のヴィトンの店舗を訪問した際も、中国人の女性店員が「月に2回は買い物に来る」という中国人男性を接客し、いくつもカバンを広げていた。
LVMHの決算発表から数時間後、中国のSNSでは「中国人旅行者が日本でヴィトンを爆買いしている」というワードがトレンド入りした。その中で一つ気になった議論は、免税と円安によって日本で安くブランド品を購入した中国人が、中国で転売する行為が後を絶たないという指摘だ。ラグジュアリーブランドは転売を抑止するため、日本で値上げに動くという予想が少なくなかった。ブランド品がさらに手の届かない価格になりそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。