日銀がイールドカーブ・コントロール(YCC)の運用を柔軟化する。私たちの暮らしに影響が出そうなのが、住宅ローンだ。金利が上昇する可能性に加え、住宅ローン減税の控除枠が変更されることもあり、住宅市場そのものが縮小する懸念もある。
都心のマンションバブルは黒田日銀による異次元緩和の遺産だった。金融緩和の終わりの始まりとも言える“植田ショック”で終焉へ向かうのだろうか。
植田体制になって3カ月、軌道修正の真意は
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2023年7月27日と28日の両日、5月から新たに迎えた植田和男新総裁のもとで3回目となる日銀の金融政策決定会合が開催された。
黒田前総裁の金融緩和策を踏襲し、安定的な賃金上昇を伴う物価上昇率2%の達成に向けて粘り強く金融緩和を継続するとの方針でスタートした植田日銀。しかし今回の会合で、現在の金融緩和の代表的手法である長短金利操作=イールド・カーブ・コントロール(YCC)を軌道修正すると決めた。
以下が、さまざまな波紋を広げている今後の運用方針だ。
(1)長期金利の上限0.5%は一つの目安と捉え市場動向に応じて一定程度超えることを容認
(2)これまで0.5%に誘導するべく無制限に毎営業日購入していた「連続指し値オペ」の誘導目標を1.0%に引き上げる
これらは、長期金利が現在の日銀の上限である0.5%を緩やかに突破することを容認しながら、1.0%を超える上昇は抑え込むという意思表示であり、「事実上の政策金利の引き上げ」と捉えるのが普通だろう。
にも関わらず、植田総裁は今回の措置は会合後の記者会見で「金融緩和の持続性を高めるため」と、YCCを修正した狙いを説明した。
つまり、基本的な金融緩和ポジションは継続しつつも、従来のYCCや無制限の指し値オペという強力な手法をやや弱めて、国債市場における自律性や資金量の増大などを期待するものと言えるだろう。
暮らしにも影響、住宅ローン固定金利が上昇か
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今回の日銀の決定は住宅ローンの金利にも影響する。住宅ローン金利は、金利が借入期間中は変わらない「固定型」、半年ごとに見直される「変動型」、その中間の「固定期間選択型」の3種類があるが、この“植田ショック”によって上昇する可能性が極めて高くなったのが、固定型だ。
黒田東彦前日銀総裁が2022年末に実施した長期金利の誘導目標0.25%から0.5%への引き上げは、事実上の金融引き締めと市場から受け止められ、運用変更後数カ月に渡って目標上限の0.5%、もしくは0.5%をやや上回る水準で長期金利が推移したことは記憶に新しい。
長期金利(長期プライムレート)に連動している住宅ローンの固定金利も、相次いで金利の引き上げが各金融機関から公表され、例えば35年の固定金利(代表的な金融機関の優遇適用後新規貸出金利の平均)は1.6%台から1.8%台へ、さらには1.9%台へと上昇した。
その後はやや低下したものの、今回の軌道修正を受け、長期金利は現状の0.5%台から誘導目標の上限である1.0%に達するまでは指し値オペが実施されないため(日銀は他にも様々な国債買い入れ手段を持ってはいるが)、上限に向かって徐々に上昇圧力が高まることが考えられる。
当然のことながら、この0.5ポイント程度のバッファが1.0%に向かって上昇すれば、住宅ローンの35年固定金利も現状の1.9%台から2%台半ばの水準へと徐々に引き上げられていくことはほぼ確実だ。
7割超が利用する「変動型」には影響なし
一方で、唯一動きがほぼないと考えられるのが住宅ローン変動金利だ。
住宅金融支援機構の調査によると、2021年10月から2022年3月までに住宅ローンの借入をした人のうち、73.9%が「変動型」だった。
変動金利は短期金利(短期プライムレート)と連動しており、市場参加者も限られるため、長期金利の上昇圧力が高まる中でもマイナス金利を維持し、結果的に現状の0.2%~0.4%台の貸出金利(代表的な金融機関の優遇適用後新規貸出金利の平均)で横ばい推移する公算が極めて高い。
実際に2016年以降の住宅ローン金利の動向を確認しても、変動金利は極めて安定的に推移していることが見て取れる。
したがって、住宅ローン金利の中でも固定金利を利用した住宅の購入および買い替えを検討している人は、諸々の決断を前倒して進める必要があるだろう。
控除の変更と金利上昇重なり、バブルはじける?
足元では東京都心の新築マンションは平均価格が1億円を突破しており、坪単価が850万円~1000万円を超える物件も珍しくない。また、都心の築浅タワーマンション最上階近くのプレミアム住戸は、150平米程度で7億円以上の売買価格で流通しているから、価格だけ見ればバブル(もしくはそれ以上)と表現しても差し支えない水準に達している。
これらはまさに黒田日銀による異次元緩和の遺産なのだが、金融緩和の終わりの始まりとも言える今回の軌道修正によって、住宅市場そのものが縮小を余儀なくされる可能性も出てきた。
折悪しく、住宅ローン減税の仕様も2024年以降の制度変更が決まっているからだ。省エネなどの住宅性能の違いによって設定されている住宅ローン元本の上限が各々500~1000万円引き下げられるため、13年間(中古住宅は10年)の控除総額は50~100万円弱縮小する。
さらにウクライナ侵攻の長期化によるサプライチェーンのひっ迫も継続しており、資材およびエネルギー価格の高騰によるコストプッシュ型の住宅価格の上昇も避けられない状況だ。
一般に金利の上昇は住宅価格の頭打ちおよび下落を招くのだが、現状のようにコストプッシュが背景にあると新築住宅の価格は下げるに下げられないから、短期間で住宅市場のシュリンクが起きる可能性も高まることになる(その場合、先にストックである中古住宅の売れ行きが悪化して価格が下落する)。
金利上昇にコストプッシュ型の価格上昇、住宅購入優遇策の縮小が重なれば、その可能性は一気に現実のものとなり兼ねない。
景気後退招かぬ岸田政権のアンサーソングを
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本来、金融緩和策は、将来の消費や投資を現在に前借りする政策であり、高い生産性を前提としなければ前借りする意味がないのだが、低金利政策が10年以上続いたことで経済の新陳代謝が鈍り、結果的に潜在成長率は0.3%まで縮小している。
この財政規律の緩み(日銀の国債買入額は2022年度末で約581兆円まで積み上がっていて「財政ファイナンス」とも揶揄される)を引き締めなければ、将来に大きな禍根を残すことになるだろう。
財政の健全化に着手するためには、適正と考えられる金利水準まで、緩やかに、かつ極めて慎重なプロセスを経て引き上げることが求められている。金融政策のみで景気を浮揚させることが出来ないことは、この10年間の異次元緩和が示す通りだ。
その意味で“植田ショック”に合わせて、岸田政権の経済対策が公表されて然るべきだろう。
溯ること30年余り前の90年バブルは、当時の大蔵省が通達した総量規制(=不動産融資の伸び率が貸出全体伸び率を下回るように求めた規制)によって突如として崩壊し、その後遺症の大きさによって失われた20年(30年とも)という長いデフレ期から抜け出すことができなかったという苦い経験を日本経済はしている。
住宅ローン金利の急激な上昇は、確実に住宅市場を縮小させる。いつの日か必ず来る本格的な金融引き締め(その端緒が今回の“植田ショック”かも知れない)については、景気後退の引き金を引かないよう、緻密かつ慎重な制度設計を期待したい。
中山登志朗:LIFULL / LIFULL HOME'S総合研究所・副所長兼チーフアナリスト。出版社を経て、 1998年より不動産調査会社にて不動産マーケット分析、知見提供業務を担当。不動産市況分析の専門家としてテレビ、新聞、雑誌、ウェブサイトなどメディアへのコメント提供、寄稿、出演多数。2014年9月より現職。