インフレ沈静化は市場関係者にとって一見喜ばしいことだが、よく考えると非常に複雑な分岐点でもある。
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米労働省が6月の消費者物価指数(CPI)を発表し、それが前年同月比3.0%上昇という市場予想を下回る数字だと分かると、投資家たちは拍手喝采を送った。
それはそうだろう。一見する限り、インフレ率の低下は景気後退入りを懸念する市場関係者にとって好材料に映るからだ。
米金融大手ゴールドマン・サックスのストラテジスト(グローバル外為・金利・新興国責任者)、カマクシャ・トリベディは最近の顧客向けレポートの中で次のように指摘している。
「とりわけ、今回の利上げサイクルは、過熱するインフレを抑え込んで目標水準(の2%)まで押し下げることに主な狙いが置かれているので、連邦準備制度理事会(FRB)はインフレ鎮圧を優先して回復途上の景気をオーバーキル(過度に減速)しかねない、というのが景気後退入りを想定するもっともな根拠とされてきました」
投資家たちがインフレに悩ましい思いをする一方で、企業はインフレを一種の恵みと受けとめるようになった。インフレに乗じて財やサービスを値上げし、売上高を積み増すことで、その恩恵に与(あずか)る賢い立ち回りを見せたのだ。
しかし、インフレはいまや沈静化に向かい、企業の価格決定力も低下している。
第2四半期(4〜6月)の決算シーズンを迎えたいま、投資家たちにとっては、各企業の業績の中身を覗き込んでインフレの減速が売上高にどれほどの引き下げ効果を及ぼしているかを把握し、どの企業がディスインフレ環境の下でも利幅を確保できているのかを見定める絶好のチャンスと言える。
モルガン・スタンレーのチーフ米国株ストラテジスト、マイク・ウィルソンは7月24日付の顧客向けレポートで、インフレはピークアウトしたと結論した自らの2022年10月時点の分析は間違っていたと認めた。
ウィルソンの見立てが正しければ、インフレ率の低下に伴って企業の売上高が減り、それが株価の足かせになったはずだが、実際にはそれどころか、株式市場は10月以降上昇に転じ、その動きが予想を超えて長続きしていることに驚いていると、ウィルソンもレポートに記している。
ついにインフレは転換点に
しかし、今度こそインフレは転換点にたどり着いたようだ。ウィルソンは市場予想を上回るペースでインフレが減速を続けていると考えている。
「年初来、多くの企業が売上高のプラス成長を実現できている主な要因は(インフレ応じて切り上がった)価格です。それゆえに、価格決定力が失われる状況になれば、企業には強い逆風が吹くことになるでしょう」(ウィルソン)
パンデミック下の数年間、生産現場の閉鎖を受けた供給制約に加え、大規模な財政刺激策の導入で消費者の懐(ふところ)が潤ったこともあり、企業はインフレに乗じて値上げに踏み切ることができた。
とりわけ、財を生産する企業はその状況から大きな恩恵を被り、爆発的な売上増を記録した。行動制限下で消費者はみな自宅に閉じこもり、サービス(を生産する企業)にお金を使わなかったからだ。
ところが、インフレ減速が決定的になったことで状況は一変した。ひとたび値上げに踏み切った企業は身動きの取れない苦境に陥っている。通信サービス、一般消費財、ハイテクの各セクターは特にそう言える。
【図表1】最終需要財の生産者物価指数(PPI)は足元で急激に低下している(左)。しかし、PPIの上昇は売上高の成長要因だ。売上高が前年比プラスになるのはほぼ、最終財PPIが前年比プラスの時だけと言える(右)。
Morgan Stanley
「したがって、それらの(身動きの取れなくなった)銘柄が年初来同様に力強い株価上昇を続けるとすれば、売上高も相応に伸びていく見通しを示すしかありません。当社が決算発表に関して特に注目しているポイントもそのあたりです」
ただ、実際に企業がそうした見通しを示す可能性について、ウィルソンはさほど期待していない。むしろ、今回の決算発表シーズンではディスインフレが売上高を削り取ることで、期待は裏切られるとウィルソンは予想する。
「現時点における第2四半期の業績予想(前年同期比)は、売上高がゼロ成長、1株当たり利益(EPS)が9%減。価格決定力が低下し、遅れてやって来たコスト上昇の転嫁が進んでいないとの見立てです」
インフレ減速時に推奨される11銘柄
ウィルソン率いるモルガン・スタンレーのストラテジストチームは、ディスインフレのトレンドに対抗できる推奨銘柄リストを作成している。
時価総額上位1000銘柄の中から、フリーキャッシュフロー(FCF)利回り(FCFを時価総額で割った指標)で上位40%、なおかつ営業利益率で上位40%という条件を満たす銘柄を絞り込んだリストを作成し、その中から同社のアナリストが投資判断をオーバーウェイトにしている銘柄を抽出した。
以下に、該当する11銘柄をセクター、業種、時価総額とともに紹介する。
コムキャスト(Comcast)
Markets Insider
[セクター]通信サービス
[業種]メディア&エンターテインメント
[時価総額]1788.7億ドル
ベライゾン(Verizon)
Markets Insider
[セクター]通信サービス
[業種]電気通信サービス
[時価総額]1426.4億ドル
バスアンドボディワークス(Bath & Body Works)
Markets Insider
[セクター]一般消費財
[業種]一般消費財販売・小売り
[時価総額]79.6億ドル
マラソン・オイル(Marathon Oil)
Markets Insider
[セクター]エネルギー
[業種]エネルギー
[時価総額]159億ドル
メドトロニック(Medtronic)
Markets Insider
[セクター]ヘルスケア
[業種]ヘルスケア機器・サービス
[時価総額]1172.8億ドル
サーモフィッシャーサイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)
Markets Insider
[セクター]ヘルスケア
[業種]製薬・バイオテクノロジー・ライフサイエンス
[時価総額]2182.1億ドル
アバンター(Avantor)
Markets Insider
[セクター]ヘルスケア
[業種]製薬・バイオテクノロジー・ライフサイエンス
[時価総額]152.2億ドル
フォーティヴ(Fortive)
Markets Insider
[セクター]資本財
[業種]資本財
[時価総額]259.8億ドル
アクセンチュア(Accenture)
Markets Insider
[セクター]情報テクノロジー
[業種]ソフトウェア・サービス
[時価総額]2090.6億ドル
アトモスエナジー(Atmos Energy)
Markets Insider
[セクター]公益事業
[業種]公益事業
[時価総額]177.3億ドル
ピー・ピー・エル(PPL)
Markets Insider
[セクター]公益事業
[業種]公益事業
[時価総額]204.3億ドル