2008年の大暴落を予言した人物によると、アメリカの株式市場は前途多難だ。
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ジョン・ハスマン(John Hussman)氏は、2000年と2008年の株式市場の暴落を予言した悪名高きバブル相場の賢人だ。彼によると、現時点で市場には災難を予感させる特殊な条件のカクテルができあがっているという。
主な材料は3つある。割高なバリュエーション、投資家のセンチメントの低さ、そしてテクニカル面での市場の過熱だ。
ハスマン氏によれば、投資家はここしばらくの間、割高なバリュエーションと投資家のセンチメントの低さのミックスをちびちびと味わってきた。だが、彼が現在目の当たりにしているような過熱したテクニカル指標は、直近では2021年11月のレシピに含まれていたという。それは株式市場が史上最高値に達した数週間前のことだった。
7月23日付のメモでハスマン氏は次のように書いている。
「最後にこのような要因の組み合わせが同様の水準で観測されたのは、2021年11月のことでした。S&P500が25%下落した直前です。10月以降の市場の反発をめぐる熱狂とは裏腹に、アメリカ史上最も極端な利回り追求型投機バブルの崩壊劇において、2021年11月当初の下落相場はささやかな序章に過ぎなかったことが後に明らかになりました」
大暴落のレシピとは
バリュエーションに関しては、非金融株の時価総額と非金融株の売上高合計を比較するのがハスマン氏の好むやり方だ。将来の市場リターンの指標としては、これまでに見つけた中で最も信頼できるという。
この指標は史上最高値から下がったとはいえ、まだ史上最高水準の範囲内にある。この水準は、今後12年間の年平均リターンがマイナス4%になることを示唆している。
このバリュエーション指標とその後のリターンの関係は、以下のグラフに示したとおりだ。通常、バリュエーション(横軸)が低いほど、将来のリターン(縦軸)は高くなる。
ハスマン氏によれば、比率がおおよそ3であることは良い兆候ではない。
Hussman Funds
これに加えて、ハスマン氏が「市場内因(マーケット・インターナル)」と呼ぶ投資家心理の指標も問題になってくる。これは市場の横幅、つまり現時点でどれだけ多くの銘柄が上昇しているかということを示すものだ。市場の横幅が小さければ、投資家が市場において個々の銘柄の大半に弱気であるというサインだ。
下図の赤線は市場の横幅に関するハスマン氏の独自指標だ。これが横ばいになると、株価(青線)はアンダーパフォームすることが多い。
Hussman Funds
市場が再び史上最高値を狙う動きをしているのに、投資家心理が芳しくないとされるのはなぜか。説明の一つとして考えられるのは、投資家はS&P500指数を構成する銘柄の大半について投資に気乗り薄である一方で、人工知能(AI)技術の開発競争を繰り広げている少数の大型テック株に対して積極的に資金を投入しているということだ。
そのことがハスマンが発見したテクニカル指標を動かしているのかもしれない。彼はテクニカル的な過熱状態を判断する基準として、S&P500の14日相対力指数(RSI)が70を超えていること、直近14日間のS&P500の変動率が4%以上であること、S&P500が50日移動平均線(MA)を4.5%以上上回っていることなどを挙げている。
2023年7月23日の時点では、これらの基準はすべて満たされている。このような状況は、通常、近い将来相場が下落することを示している。
下の図は、これらの基準が満たされた後の40取引日におけるS&P500の騰落を示している。
Hussman Funds
だが、それも短期的な話だ。長期的に見れば、S&P500は64%も下落する可能性があると、ハスマン氏は言う。
この具体的な数値は、バリュエーションが年率換算利回り10%の水準、またはリスクフリーとされている国債利回りに2%のプレミアムを上乗せした水準まで戻るのに必要な、市場の下落幅の大きさが根拠となっている。これは極端に聞こえるかもしれないが、バリュエーションが高騰していたり、国債利回りとの間でズレが生じていたりする場合、株価はこれまで決まって大幅に下落している。
Hussman Funds
ハスマン氏の実績とこの状況での見解
ハスマン氏の見解は、ウォール街のストラテジストたちの見解と比べ、かなり極端だ。彼は2023年末のS&P500の目標値の中央値は4300で、現在の水準より6%安としている。
もっと弱気なウォール街の大物もいるが、最近の上昇相場が強力だったことを考慮して、予想を上方修正せざるを得なかった。例えば、パイパー・サンドラー(Piper Sandler)のマイケル・カントロウィッツ(Mickael Kantrowitz)氏は最近、目標値を3225から3700に見直している。
それでも、3700ドルまでの下落幅は19%もあり、決して小さなものではない。また、カントロウィッツ氏のスタンスを支えている根拠のいくつかは、ハスマン氏の主張と似ている。特に予想成長率の低さを考えると、バリュエーションは割高だというのが彼の見方だ。
Piper Sandler
一方、テクニカル以外では、マクロ経済的なファンダメンタルズ要因が、今後数カ月の市場リターンを左右する主な要因となりそうだ。
好調な雇用統計、低い失業率、健全なGDPなど、ソフトランディングの兆候が次々に発表され、強気筋の確信を強めている。しかし、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)がインフレを抑制するため再び利上げを行い、高金利のより長期的に維持する可能性はまだあり、いずれは景気後退に陥るかもしれないという懸念に拍車をかけている。
補足しておくと、ハスマン氏はこれまで繰り返し、60%を超える株式市場の下落を予言したり、株式リターンは10年間にわたりマイナスになると予想したりしており、何度もニュースを賑わせてきた。そして、株式市場が大方高値圏での推移を続ける中でも、破滅的な予測を崩していない。
もちろん、ハスマン氏を信用に値しない万年弱気論者だと否定することは可能だが、その前に彼の実績をいま一度見直してみよう。彼のこれまでの主張は以下のとおりだ。
- 彼は2000年3月にテック株が83%急落すると予言した。その後、2000年から2002年にかけて、テック株の構成比率が高いナスダック100指数が「ありえないほど正確に」83%下落した。
- 2000年にはS&P500の今後10年間の合計リターンはマイナスになる可能性が高いと予言し、実際にそうなった。
- 2007年4月にはS&P500が40%下落すると予言し、その後、同指数は2007年から2009年にかけて55%暴落した。
もっとも、ハスマン氏の近年のリターンはあまり輝かしいものではない。彼の「ストラテジック・グロース・ファンド」は、2010年12月以降、資産価値を約48%落としており、過去12カ月では約4%も減らしている。それに比べ、S&P500は過去1年間で約11%上昇した。
ハスマン氏の発掘により弱気筋を裏付ける証拠は積み上がる一方であり、彼がここ数年訴えてきた甚大な投げ売り相場の予想は、2022年になって正しいことが証明され始めた。たしかに、この新たな強気相場でリターンを得る余地はまだ残されているかもしれないが、同時により大きな暴落のリスクも高まりつつある。それが耐えられなくなるのは、どの時点になるのだろうか。
この問いには、投資家が自力で答えを出さなければならない。その間もハスマン氏の探求は続くだろう。