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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
少子高齢化による労働力不足が本格化すると、これまで当たり前と思っていたサービスが受けられなくなる、ということが現実化するかもしれません。私たちの生活は少しずつ不便になっていくのでしょうか?
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一度「最高」を味わうと、ランクを落とすのは難しい
こんにちは、入山章栄です。
僕はいま日本と、家族の住むフィリピンを行ったり来たりしていますが、いつも実感するのが日本のコンビニのすばらしさ。食べ物もおいしいし日用品もそろっている。しかしコンビニの棚にいつもできたてのお惣菜が並んでいる時代は、もしかしたら、そろそろ終わるのかもしれない、というニュースが入ってきました。
BIJ編集部・常盤
セブン-イレブンが物流業界の「2024年問題」に備えて、加工食品の即日配送をやめるというニュースが出ていました。「2024年問題」とは、2024年4月からタクシーやトラックなどのドライバーの時間外労働にもきちんと上限が設けられるのに伴って、輸送能力が大幅に縮小するとされる問題のことですね。
このニュースを見て、2024年問題もさることながら、これからは少子高齢化によっても、これまで当たり前と思っていたサービスが徐々に退行していくことがあるんだなと実感しました。
でも人間は、一度いいサービスを経験してしまうと、それ以下のサービスに甘んじることには抵抗を覚えがちですよね。私たちはどうすれば不便になっていく生活を受け入れられるでしょうか?
なるほど、いい問いかけですね。僕たちはずっと「世の中が便利になる」という変化ばかり経験してきましたが、逆に「不便になる」という経験はあまりしていません。
常盤さんがおっしゃる通り、これから日本が少子高齢化で労働力不足になるのは間違いない。中長期的に見れば、われわれが今まで享受していたサービスを享受できなくなる可能性はありうると思います。
ただ、2024年問題に関していえば、われわれが便利な生活を謳歌している裏で、トラック運転手さんは死ぬほど無理をしていた。それが解消されて、少なくとも働き方が改善されるのはいいことだと思います(トラック運転手さんのお給料が減る可能性があるので、そこは十分に配慮しなければいけませんが)。
それに加工食品の即日配送というのは、そもそもそんなにニーズがあるサービスだったのかと考える必要もあります。いま、セブン-イレブンには1日4回、トラックで商品が配達されるそうです。それが3回になったとしても、それほど困るとは思えない。そういう意味では、今回のセブン-イレブンの対応が世の中を不便にしているかというと、個人的にはそうでもないのかな、と思います。
本当はなくてもいいサービスだったかも
BIJ編集部・常盤
入山先生はフィリピンでの生活と比べて、日本の生活が「過剰なほど便利だな」という感じはありますか?
そうですね、やはり海外にいると日本の質の高いサービスが恋しくなることはあります。でも国が違うと、意外と気にならないものですよ。
とはいえよく考えてみたら、フィリピンにはローソンもファミリーマートもあるけれど、これらのコンビニは日本人の僕からするとかなりイマイチです。マニラの自宅の近くにも最近ローソンができたのですが、そこもあまり便利ではありません。
まず、やたらと混んでいる。そしてフィリピンのローカル電子マネー「Gキャッシュ」なら使えるけれど、クレジットカードが使えないので、「Gキャッシュ」を持っていない僕にとっては現金しか使えないのと同じ。それから日本のコンビニは日用品も売っているけれど、フィリピンのコンビニにはほとんど食べ物しかおいていない。よく考えると不便ですね。
BIJ編集部・常盤
でも「ここはフィリピンだし」と思えば、イライラしたりしないわけですか。
そうですね。アメリカに住んでいたときも日本のほうが便利なことはたくさんありましたが、「こんなもんだ」と慣れてしまいました。
BIJ編集部・常盤
では、同じ日本で不便になるとどうなるんでしょうね。
たしかに外国だと割り切れるけれど、同じ日本で「10年前より不便になったな」と思ったら、やりきれないかもしれません。
じゃあなぜ僕がフィリピンで満足できているかというと、本当に欲しいもの、つまり基本的な衣食住は確保できているからだと思います。日本でも、生きていくために絶対に必要なものでなければ、なくなってもそれほど不自由は感じないのではないでしょうか。
そして、これからは日本でもだんだん「いまのレベルを維持できなくなる」というサービスが増える可能性はあります。しかし基本的に経済は市場メカニズムが働いているので、おそらく基本的な衣食住はなくなりません。仮にAという会社がそのサービスを提供しなくなっても、代わりにBやCが参入するはずです。
セブン-イレブンの加工食品の即日配送のように、企業は、「これはよく考えると、そんなにいらないよね」というものから廃止していくので影響は小さい。
例えば何年か前に、レジ袋が有料になりました。これは人手不足ではなく環境問題が理由ですが、レジ袋をタダでもらえなくなって不便といえば不便だけれど、現になんとかなっているでしょう。このレジ袋のように、サービスが退化するのはそれほど影響が大きくないところからだと思います。
BIJ編集部・常盤
確かに、いまやレジ袋がほしいときは、お金を払うのが当たり前になりましたね。
地方のバス・タクシー、農業が変わる
これからどんな業界で変化があるかといえば、それは言うまでもなく労働集約型の業界です。つまり人が大勢必要で、かつ高齢者の方がたくさん働いているところ。ここは今後、同じようなサービス水準を提供できなくなる可能性があります。一番分かりやすいのは、地方のタクシー会社とバス会社ですね。
BIJ編集部・常盤
たしかに。地方ではご年配の方もドライバーとして活躍していますね。
実はいま地方のタクシー会社やバス会社は経営が苦しくて、つぶれているところも多い。バス路線も廃止になっています。これは儲からないからというよりも、ドライバーが高齢化して、新しくドライバーになる人がいないから。
農業も高齢化して働き手が足りなくなっている。住民の足である交通機関がなくなったら困るし、食べ物がなくなるのは一番困るから、農業も継続しないといけない。ですから社会的課題になっているのですが、だからこそ、今ここにテクノロジーが入ってきているのです。
交通インフラや農業のように、本当になくなったら困る産業は、逆に言えば参入すれば成功する可能性が高い。だから今いろいろな会社が新規参入しています。
たまたま僕は、「マクニカ」というデジタルテクノロジーで社会課題を解決する会社と仲良くしています。この会社はいま急成長していて、現在の売り上げはほぼ1兆円にもなります。
先日、同社の社長さんと話したのですが、マクニカでは三重県の四日市市でバスの自動走行を事業化しようとしているそうです。またマクニカの社長によれば、「アグリスト」というベンチャーでは農作業の自動ロボットを開発して、ピーマンとキュウリの一大産地である宮崎県で実用化に向けて動いている。
余談ですが、ナスやトマトと違ってピーマンはロボットが摘むのが難しいらしい。なぜならピーマンは緑色だから、どれが実でどれが葉っぱかを画像判定するのが難しいのだそうです。でもようやくその課題を克服したので、ピーマン収穫ロボットで農作業の省力化が進んでいるそうです。
つまり本当に必要な分野にはテクノロジーが入ってくるので、それで代替できる。それを進めることが課題先進国日本のやるべきことでしょう。そのうえで、本当は必要でないサービスはやめるとか、本当にそれを必要とする人のために残すなら有料化するとか、そういう形で日本は進んでいくのでしょう。
絶対に必要なもの、あれば便利なもの
BIJ編集部・常盤
私たちは「あれば便利なもの」に囲まれて暮らしているので、何が「絶対に必要なもの」で、何が「あれば便利なもの」なのかを見分けることは必要ですよね。
先日、Business Insider Japanで「北欧はなぜ『幸福の国』になれたのか」を連載中のデンマーク在住のジャーナリストの井上陽子さんが、「日本に帰ると買いたいものがたくさんあって大変だ」とおしゃっていたので、「どんなものを買うんですか?」と聞いたら、例えばお弁当のおかずを入れるアルミカップだそうです。あれがデンマークには売っていないそうなんですよ。
ああ、あれですね! ああいうのは日本ならではですよね。僕も日本からフィリピンに行く前に、奥さんに「買ってきて」と頼まれます。こういう「なくてもいいけど、あると便利なもの」が日本はものすごく充実している。
ほかにも奥さんに買い物を頼まれるのが「足裏に貼って寝ると疲れが癒されるシート」みたいなもの。それから僕が日本から持っていくのが「汗拭きシート」。濡れタオルでも事足りるけれど、こちらのほうがサッパリするし、いい匂いがする。それから娘が年頃で野菜サラダばかり食べるので、ドレッシングも買っていきます。東京の紀ノ国屋などに行けば、ドレッシングの種類は夢のように豊富。だからいつもトランクがパンパンなんですよ(笑)。
BIJ編集部・常盤
私たちは生まれたときからこの環境にいるから「こういうものだ」と思っているけれど、もしかしたら今後、少しずつ生活に変化が出てくるかもしれませんね。でも人ってけっこう順応性が高いから、不便で困るというよりは、徐々に慣れていくんでしょうね。
今後は何かサービスがなくなるたびに、「本当はいらなかったね」と気づく時代なのかもしれません。冒頭のトラックドライバーさんのように、われわれが当たり前と思っているものやサービスは、誰かの過剰な労働や、環境破壊につながっている可能性もありますから、気づくのは悪いことではないと思いますよ。
BIJ編集部・常盤
生活の変化に柔軟に対応していくようにしたいですね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。