ロサンゼルスのネットフリックス社屋の前でストを行う全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)と脚本家組合(WGA)の組合員たち(2023年8月1日撮影)。
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アメリカでは夏の映画シーズンが真っ盛りだ。だが、今年のプレミアは様相が一味違う。出演する俳優がプレミア鑑賞のためにレッドカーペットを歩くプロモーションが行われていないのである。
理由は、16万人の全米映画俳優組合(SAG-AFTRA、以下SAG)が敢行しているストライキだ。すでに5月から脚本家組合(WGA)によるストが先行する中、6月5日に行われたストの是非を問う投票で、メンバーの98%が賛成票を投じた。
これを受けてSAGは、6月30日の契約切れに向けて大手スタジオや配給会社からなる映画テレビ製作者同盟(AMPTP)との集団交渉をしていたが、契約更新内容について合意に至らないまま、7月14日にストに突入した。演技や出演だけでなく、プロモーションもストの内容に含まれているため、配給会社は俳優に頼らないプロモーションを強いられている。
二次使用料わずか27ドル
今回、組合側が契約に盛り込むことを求めているのは、賃上げ、ストリーミングされる映画や番組の追加の二次使用料、AI(人工知能)の出現による肖像権の管理や保障などだ。
これまでのところ、主要なスタジオは交渉に応じない姿勢を崩しておらず、ストは簡単に終わりそうもない。
映画製作側と俳優側の闘いはPR・情報戦の様相を呈してきた。ディズニーのボブ・アイガーCEOは、CNBCの番組に出演し、コロナウイルスのパンデミックによって映画業界が受けた影響などを理由に、俳優たちの要求を「現実的でない」と批判した。
「アイガーは現場のことを何も分かっていない」と批判するスト参加者。
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だが、2700万ドル(約37億8000万円、1ドル=140円換算)のサラリー+ボーナスを受け取る経営者のコメントに、俳優たちは、二次使用料の小切手の写真をSNSにアップすることで対抗している。
例えば、ネットフリックスの人気シリーズ『オレンジ・イズ・ニューブラック』でブルック・ソーソー役を演じたキミコ・グレンがTikTokにアップした投稿によると、ショーのプレミア以来、10年以上にわたる海外での放映で支払われた二次使用料は、わずか27ドル(約3800円)だ。
俳優というと高額な報酬をもらっていると思われがちだが、俳優たちが次から次へとアップする小切手の内容はなかなかに衝撃的だ。SAGによると、組合員の87%は年収が2万6000ドル(360万円)以下だという。一方で、独立系メディアのインターセプトは、ネットフリックスが、年収最大90万ドル(約1億2600万円)のAIプロダクトマネジャーを募集していることを報じた。
「労働運動の夏」
もちろん、今回のストの影響は、脚本家と俳優にとどまらない。撮影やレッドカーペットがなければ、ストに参加していない監督以下、スタイリスト、ヘア&メイクを含む制作スタッフも仕事にならない。
一方で、映画やテレビの業界のすべてのオペレーションが止まっているわけではない。SAGは、低予算のインディペンデント映画、学生が製作する作品、脚本のないリアリティ番組、主要なスタジオと関係のない海外の作品など、俳優が出演していい例外を設けている。
また、SAGは、 制作に関してSAGが認める労働条件の契約を結んだ個別の作品についてはケースバイケースで例外指定をしている。また、 例えば映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』やテレビシリーズ『ユーフォリア』などで知られるA24をはじめとするAMPTPに属さない独立系スタジオは、制作の継続を許可されている。
ストが長引くにつれて、この間、仕事をすることのできないワーカーたちからは悲鳴も上がっているが、ハリウッドのピケットラインでは、日々、有名俳優たちが登場し、ストのモメンタムを盛り上げている。また、製作継続を許された作品の俳優の中にも、ストへの連帯を表明するために、撮影を停止する人も出てきている。
マンハッタンのタイムズスクエアで行われた集会でスピーチする俳優クリスティーン・バランスキー(中央)ら(2023年7月25日撮影)。
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背景には、パンデミックの始まり以降、どんどん盛り上がりを見せてきた労働運動のブームもある。
パンデミックやウクライナ戦争に伴うインフレの最中、小売・飲食業界では多くの企業が値上げを敢行した。そのおかげで堅調に利益を上げてきた企業に対し、ワーカーたちの間では今、賃上げや福利厚生の充実、雇用保障などを求めたり、組合を組織したりする動きが活発化している。「労働運動の夏」とも言われる所以だ。
スターバックスやアマゾンによるユニオン・バスティング(組合妨害)などが報じられるにつれ、世論も組合や労働運動に対してより好意的に傾いてきたように感じている。
今回のハリウッドのストはいつまで続くのだろうか。過去のストを見てみると、前回、脚本家と俳優が同時にストを敢行した1960年は77日間続いた。映画がテレビ放送されるようになったことを受けて俳優たちが二次使用料の規定を求めて行った1980年のストは43日間だった。
スタジオ・配給側が抗戦の構えを見せ、交渉の進展も特に見えないなかで、9月中旬に予定されていたエミー賞の授賞式は、延期が決まった。ソニー・ピクチャーズ・エンターテインメントは、2023年にリリース予定だったマーベル作品の日程変更を発表した。
組合側は闘い抜く姿勢を示しているが、ストの間、収入を得られないワーカーが増えれば、経済的な影響もだんだん大きくなってくる。ついに7月26日には、妻が元俳優で現在はドキュメンタリー作家というギャビン・ニューサム カリフォルニア州知事が、交渉の仲介を申し出た。
今後の展開を読むことはできないが、このストの先行きが、アメリカの労働運動やエンターテインメント文化に長期的影響を及ぼすことは間違いなさそうだ。
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。