いまやアメリカの成人の40%近くが副業を持つ時代だ。
Robyn Phelps/Insider
トミー・ワイルドは、野生生物について人々に教えることを常に楽しんできた。仕事がないときは、自然への愛と知識を活かして、バードウォッチングや野生生物を見つける探検に何人か連れて出かけたものだ。
コロナ禍の最中、にわかに自由な時間が増えたワイルドは、この情熱を有効活用し、ついでに小遣い稼ぎをしようと考えた。以前ウェブサイトをつくったこともあるので、その経験を活かして2020年11月に野生生物情報サイト「Floofmania」を立ち上げた。
趣味を副業にした末に……
ワイルドは、北米のさまざまな動物に関する記事を書き、公開を始めた。オポッサムとアライグマの違いを詳しく説明したり、自分の土地からピューマを追い払う最善の方法を教えたり、ウッドチャックが何を食べるかという質問に回答したりといったものだ。
やがて、急成長するワイルドのサイトにファンがつき始めた。ワイルドが500本近い記事を掲載する間も読者数は増え続け、2021年3月にはサイト訪問者数が1日700〜800人に近づいた。このサイトは、広告収入で月に400〜500ドル(約6万〜7万5000円、1ドル=149円換算)という、ちょっとした臨時収入も彼にもたらした。
この成功を受けて、ワイルドはサイトの記事作成にさらに多くの時間を費やすようになった。と同時に、自分が夢中になるようなトピックから、アクセスが伸びると思われるトピックへと軸足を移した。
この作業は刺激に満ちたものではあったが、すぐに大きなストレスとなった。ワイルドは毎朝、本業を始める前に毎朝数時間かけて記事を書き、仕事が終わってからも夜までサイトの作業を続けた。そこで稼いだ収入はすべてサイトに再投資した。だが2年が過ぎると、サイトの訪問者数は減り始めた。
2022年には1日の訪問者数が200人程度にまで減少したが、ワイルドは、これはグーグル(Google)のアルゴリズムがアップデートされたためではないかと推測している。
「サイトを元の軌道に戻すためにあれこれ試しましたが、改善されたとはいえ、当初の成長にはほど遠い状態です」(ワイルド)
現在、サイトの収入は月に50ドル(約7500円)ほどで、ワイルドはほとんどすべてのコストを削っている。
「現在のサイトのアクセス数の少なさを考えると、このウェブサイトをつくるのに多くの時間と労力とお金を費やしたことを後悔しています」(ワイルド)
サイトからの収入を失っただけでなく、副業の運命が変わったことで、かつてはワイルドの楽しみの源だったものから喜びが失われてしまった。「グラフが悪い方向に動き始めたとき、純粋に野生生物を楽しんでいた頃に戻るのは難しいと気付きました」とワイルドは筆者に打ち明けている。
趣味とは定義上、余暇に定期的に楽しみながら行う活動のことである。しかし近年では、期待されるものが変化してきている。余暇を過ごすためにしていた楽しい活動は、生産的で、さらには有益であるべきだ、というものだ。
Etsy(エッツィー)やInstagram(インスタグラム)などのプラットフォームを使えば、あらゆる趣味が副業になる可能性がある。ヴィンテージファッションが好き? それなら、見つけたものをeBay(イーベイ)で売ってみては? 熱心な写真家? それでお金を稼ぐことができることを知ってた?という具合だ。
アメリカでは、35歳未満の49%が、本業と並行して副業をしているという。つまり、週40時間の労働の後、マフラーを編んだり、本を読んでくつろいだりして楽しむのではなく、若者の半数近くがそうした活動を収入に変えているのだ。
しかし、ワイルドや彼のような多くの人たちは、趣味や個人的な関心事を副業にしようとすれば起こり得る、よくありがちなマイナス面を経験した。収益を上げるのは大変なことだし、起業しても必ずしもうまくいくとは限らないのだ。
締め切りが課され、自分で税の申告をしなければならなくなるとき、趣味はもはや趣味ではなくなる。それは仕事だ。9時5時の本業の後の副業では、趣味性は完全に失われ、金儲けの手段となった。しかし、その情熱を収益性の高い事業に変えようと急ぐうちに、その活動に対して抱いていた炎が消えてしまうことがある。
経済的な不安定さ
「従来、趣味というカテゴリーは、そうでないものによって定義されます。
そのカテゴリーとは、楽しみのために行うもので、とても仕事とは言えないものです」
歴史家、作家でもあるハーバード大学講師のエリック・ベイカーはそう話す。
ただ楽しむために何かをすることは、精神的にも身体的にもプラスの影響を与えることが証明されている。心理学者で作家のオードリー・タンは、「私たちにとって重要な『幸せ』ホルモンや神経伝達物質のいくつかは、情熱的なプロジェクトを通じて刺激されることがあります」と教えてくれた。研究によると、趣味はストレスを軽減し、病気の重症化を抑え、さらには長生きにつながるという。
しかし、インフレ率が高く、経済の先行きが悲観的な時代にあっては、人は少しでも余分にお金を稼ぐ方法を模索するものだ。雇用市場の状況の変化により、かなりの数の若者がギグエコノミーに身を置くようになっている。複数の仕事を掛け持ちして生計を立てることが主流となり、お金を稼ぐためにあらゆる機会を利用する人が増えている。フルタイムの仕事をしている人たちでさえ、趣味を副業に変えている。
バンクレート(Bankrate)の5月の調査では、ミレニアル世代の50%、Z世代の53%を含め、アメリカ人の40%近くが副業をしていることが判明した。ベイカーはこれを、フルタイムの仕事がうまくいかない場合に備えて、労働者に「ある種の自給自足」を可能にする「保険証券」のようなものとみている。
また、副業は恩恵をもたらすこともある。バンクレートの調査によると、副業をしている人は月平均810ドル(約12万円)を稼いでおり、そのうち15%は月1000ドル(約15万円)以上稼ぐと回答している。その額は若い世代で最も高かった。ミレニアル世代が副業で平均1022ドル(15万2000円)を稼ぐと回答し、Z世代が月平均753ドル(約11万2000円)の収益を得たのに対し、X世代とベビーブーム世代はそれぞれ、月平均670ドル(約10万円)と646ドル(約9万6000円)だった。
「これは一般的に、経済危機の時代によく見られることです。大恐慌時代には、雑用仕事で収入を増やすことが奨励されました」(ベイカー)
そして、現在の副業ブームには、間違いなく経済的な不安感がある。副業をしているアメリカの成人の3人に1人は、通常の生活費にお金が必要だと答えており、好きなことのために使っているのは27%である。
「こうした経済の特徴の多くは、ダイナミズムや革新性の証拠として称賛されることが多いが、多くの労働者はそれを不安定さとして経験しています」(ベイカー)
しかし、副業は長い間、不安定な経済の特徴であったが、本当の変化は「経済的にかなりうまくいっている人々を含めて、副業をすることがごく普通のことと考えられるようになった」ことだと、ベイカーは付け加えた。つまり、「変わったのは、副業がもはや最終手段とは見なされなくなったこと」だという。
従来型の仕事の崩壊
グレース・ジチャ・トーレス(24)は、自宅の裏庭で古いオートフォーカスカメラをいじっていた子どものころから、写真を撮るのが大好きだった。
2012年に最初のデジタル一眼レフカメラを手に入れた彼女は、高校生のときにちょっとした小遣い稼ぎのために、卒業写真や「スイートシックスティーン(16歳の誕生日)」用の写真を撮り始めた。大学ではジャーナリズムとグラフィックデザインを学びながら、生活のために人々の結婚式の写真撮影を始めた。卒業して半年後には、それが彼女のフルタイムの仕事になった。
「最初は、単なる美学への愛、可愛いものへの愛のようなものでした。ソファに座ってテレビを見るのとは違う、何か生産的だと感じられることをしていたんです」(トーレス)
撮影料を取り始めたとき、トーレスはそれが本業になるとは思ってもみなかった。
「写真家を本業にしようと思っていたわけでは必ずしもないんです。それは副次的なものだとずっと思っていたんですが、それでお金を稼ぐという選択肢があることがわかって、だったらやってみようかなという気持ちになりました」(トーレス)
SNSとインターネットによって起業は格段に容易になり、より多くの人が、やってみようかという同じ問いかけをするようになった。ベイカーは次のように説明する。
「インターネットは人々が思い思いの仕事をするためのツールであるという考えは、シリコンバレーの文化に非常に広く浸透していました。こうしたプラットフォームがあれば、数回クリックするだけで、自分でビジネスを立ち上げ、作ったものを売ることができるのです」
この考えは、コロナ禍で勢いを増した。イングランド銀行の2022年の調査論文によると、イギリスでの新規事業登録は、コロナ禍に入った1年で、2018年から2019年との比較で8%増加した。アメリカでは新規事業申請が2020年に60%急増し、その後も高い状態が続いている。
ベイカーは、コロナ禍で誰もが家に閉じこもるようになり、働き方が変化したことで、趣味が副業に取って代わられたと考えている。
「24時間365日オンであるのなら、仕事と生活の境界はより曖昧になり、仕事生活とか切り離された趣味というカテゴリーが存在するという考え方は、もはや実際には意味をなしていません」(ベイカー)
スマートフォンとSlackによって、従業員は理論上いつでも連絡が取れることになり、リモートワークはこの境界線をさらに侵食した。
「すでに常時オンになっているのなら、なぜその趣味でいくらかお金を稼ごうとしないのでしょう」(ベイカー)
趣味を副業に変えることにはリスクが伴う
そうであれば、あらゆる趣味を副業にすることで、何かが失われるのだろうか。
「収入も得てはいるのですが、本当に心から楽しんでいることなんです」とトーレスは言う。
「いろいろなプレッシャーはありますが、その多くはビジネス的な側面から来るものだと思います。写真そのものは、これまでと同じように大好きです」
どんな仕事にも、ストレスはつきものだ。トーレスの場合は、税金と簿記だ。しかしそれでも、彼女は楽しむためだけに撮影する時間を必ず作り、旅先にはプライベート専用の小さなフィルムカメラを持参する。
「『自分のしていることが大好きなら、生涯1日たりとも働くことにはならないだろう』と言われていますが、それは必ずしも真実ではなく、今では誰もがそのことを知っていると思います。
でも、意図的にスペースを作り、境界線を引くことで、仕事が情熱的で充実したものに感じられるようになるなら、必ずしも働いているとは感じなくなります」
トーレスはそう言いつつ、「1つの欠点は、趣味を収益化したがために、趣味がなくなること」だと付け加えた。
そして、趣味を副業にした状態で資金を投じてしまうと、後戻りは難しいかもしれない。心理学者のタンによると、趣味を副業にしてしまうと、かつて趣味がもたらしてくれた喜びや健康への恩恵をすべて危険にさらすことになる。そして研究によると、趣味がないと、人は燃え尽き症候群になりやすく、ストレスも溜まりやすいという。
趣味は、調和のとれた、魅力的な人間を形成する上で極めて重要なものだが、かつては安らぎを与えてくれたそのような活動が、今では生産性という悪癖の犠牲になっている。
人々は絶え間なく仕事に追われるカルチャーの影響を感じ始めている。「今日の特徴的な不満は、一般化して言えば、疲れているということ」だとベイカーは指摘する。その代わりが、経済的に不安定で、不安定な仕事を転々とすることだとすれば、多くの人が喜んでお金を手に入れようとするのは容易に理解できる。しかし、わずかばかりの副収入をかき集めようとすることには、それなりのリスクが伴う。
冒頭に登場したワイルドについてはどうだろう。
彼は自然への愛情を育むこととサイトを継続させることの、より良いバランスを見つけようとしている。彼は今でも記事を書いたり調べたりすることを楽しんでいるので、サイトに投資した時間とお金を完全に無駄だとは思っていないが、今はアクセス数を追うよりも、自分が好きなことを書くことに重きを置いている。彼は趣味を生かし続けており、将来に希望を感じている。