国立科学博物館のクラウドファンディングサイト。開始3日目となる8月9日朝の段階で、約3万人から総額4億7000万円の支援があった。
画像:国立科学博物館のクラウドファンディングサイト
国立科学博物館(以下、科博)のクラウドファンディングが話題だ。
科博は8月7日、コロナ禍での入場者の減少や、光熱費の高騰などの影響で運営の危機に陥っているとして、総額1億円のクラウドファンディングを開始。
フタを開けてみると、科博オリジナル図録やトートバックなどのリターンに人気が集まり、クラファン開始からたった9時間ほどで目標金額1億円を達成。8月8日夕方には、4億円の大台も突破した。
「これで科博の危機は去った……」
そう思う人も多いかもしれないが、今回のクラウドファンディングの狙いは、単に「一時的な資金不足をまかなうこと」だけに留まらない。
もう一つの狙いを実現する上では、たった1日で目標を達成した「大成功」が、逆に難しさを生んでしまうのではないかと懸念する。
科博が抱えていた「課題」とは何か
東京・上野公園内にある国立科学博物館。
撮影:三ツ村崇志
国立科学博物館は、動植物の標本などを収集・展示する施設として、1877年に設立された国立では唯一の総合博物館だ。
東京・上野にある本館には、現在国内最大となる2万5000点の標本が展示されている。加えてつくば地区にある収蔵庫には、その200倍を超える500万点以上の未公開の標本が保管されているという。
標本の数は毎年約8万点ずつ増えている一方で、収蔵場所は限られる。
国立科学博物館の篠田謙一館長は
「廊下に山積みになるなど、決して理想とはいえない状況で保管されています。また空調施設や標本の登録作業など維持管理にも多くの資金を要するため、受け入れを泣く泣く断っているものもあります」
と、記者会見で現状の課題を説明した。
フタバスズキリュウの標本。国立科学博物館には、2万5000点もの標本が展示されている。
撮影:三ツ村崇志
標本を管理するには、保管場所の温度や湿度といった環境をある程度一定に保つ必要がある。ただ、ウクライナ侵攻などの影響もありここ1年の間に光熱費が高騰。2023年の光熱費の見通しでは、2021年の約2倍にあたる3.8億円が見込まれている。
加えて、つくば地区に新設を進めている標本の保管庫の建設費も、資材高の影響で約2億円ほど高くなり財政を圧迫している。
他方、収入面については不安が残る。
科博の収入は、国からの支援金である運営費交付金と、来館者による入館料が中心だ。
国からの運営費交付金は、2022年度は約25億円、2023年度は約28億円と近年は増減を繰り返してはいるものの長期的には減少傾向。科博としても例年省庁と調整をしているというが、ここが劇的に増加する未来は見通しにくい。
加えて、コロナ前までは年間300万人に届く勢いだった来館者数が2020年度には約50万人にまで激減。2020年度の入場料収入は、2019年の5分の1程度の約1億5000万円にまで落ち込んだ(財務諸表より引用)。
2022年度には入場者数が200万人台にまで戻ってきたこともあり、入場料収入も約6億5000万円まで回復してきてはいるが、もともとギリギリだった運営への影響は大きかった。
結果的に、自助努力や国からの補助だけでは追いつかず、そのしわ寄せとして(外から見えにくいコスト)事業・研究費を減らしながらなんとか運営していたという。ただこれを続けていった先にあるのは、「収集や保管、調査研究」といった科博の役割が空洞化した未来にほかならない。
科博としてはこの現状を打破するために、1億円を目標としたクラファンを実施したわけだ。
クラファン、もう一つの「狙い」
国立科学博物館での記者会見のようす。この時はこれほど早く目標を達成できるとは誰も予期していなかった。
撮影:三ツ村崇志
クラファンによって、たった2日で4億円を超える資金を集めることに成功した科博。リターンの準備に一定のコストはかかるとはいえ、第一の目標は十分すぎるほどクリアした形だ。では、もう一つの狙いは何か。
科博と言えば、上野にある多種多様な常設展示や、シーズンごとに開催される特別展などの「展示施設」をイメージする人が多いかもしれないが、実は現在約60名の研究員が所属している「研究機関」でもある。
Business Insider Japanでは、これまでにも研究機関や研究者の間で、クラウドファンディングによる資金集めが増えている現状を取材してきた。ただ、資金難に陥っていることを理由にしたクラウドファンディングは、センセーショナルで資金こそ集まりやすいものの、根本的な原因を解決しなければ再び同じ問題が発生しかねない課題があった。
これは今回の科博のクラウドファンディングでも同様だ。
だからこそ、科博のクラファンではもう一つの狙いとして
「クラウドファンディングは、資金を援助していただくだけでなく、その取り組みを応援してくださる新たな仲間との出会いを作る機会となると強く感じております。今回は、過去最大の挑戦だからこそ、より多くの方に当館の取り組みやビジョン、ナショナルコレクションの多様性や研究者の熱意を知っていただく機会にしたい」(篠田館長)
と、これまでなかなか伝わり切っていなかった科博の価値を改めて周知し、応援してくれる人を増やすことを大きな目的として掲げている。
つまり、今回のクラファンのもう一つの目的は、定期的に来場してもらえる「科博ファン」の増加のほか、科博の活動に価値を感じる個人や企業の広がりを生み出し、「継続的な寄付」という形で科博を支援するパートナーを探すきっかけづくりにある。
クラファン初日に目標を達成したことで、社会的に大きな話題にはなった。ただ、このまま「科博がピンチ。クラファン初日で目標達成!」という瞬間的なニュースとして消費されてしまうだけでは、注目度が落ちていく今後の活動の中で、継続的な寄付への導線も作りにくくなってしまうように思える。ましてや、これまで科博とは縁が薄かった人に、科博の活動の価値や面白さを伝えることは難しい。
日本に寄付文化は作れるか?
ロンドンにある大英自然史博物館のメインホールに展示されている恐竜の化石。世界には国立科学博物館を超える規模の博物館は多数存在する。
REUTERS/Andrew Winning
科博ではこれまでにも、寄付金の募集や企業とのコラボレーションなど、第三の収益の柱をつくるための取り組みを進めてきた。記者会見では、栗原祐司理事・副館長から「(外部資金調達については、コロナ前まで)ある意味順調に伸びていた」との発言もあった。
2022年度の科博の寄付金総額は、約2億2000万円。それなりに大きな金額ではある(なお、2021年度は約6000万円、2020年度は約7200万円、2019年度は約6000万円ほど)。
ただ、世界を見ると、科学博物館のような施設にはさらに多額の寄付金が集まっている現状がある。
8000万点以上の標本を保管しているイギリス・ロンドンにある大英自然史博物館は、2022年度の年間の寄附金額が886万8000ポンド(約16億1600万円)。1億5000万点以上の標本を所蔵するアメリカ・スミソニアン自然史博物館も寄付金だけで約883万3000ドル(約12億6300万円)、さらに基金による収入も約1124万2000ドル(約16億800万円)と膨大だ。
欧米の博物館は科博と規模が異なるため、寄附金額の単純な比較はできない。また、本来国が支援すべき領域だという意見も根強い。ただ、リスクヘッジという意味でも、国内で定常的な寄付などの流れを加速させることは重要だ。
その恩恵を受けるのは、科博だけにとどまらない。
栗原理事も「私どもが頑張ることで、公立・私立の博物館にも影響して、さまざまな形で資金が流れていけばいいと思っています」と、博物館が担う役割や意義の理解の広がりによる好循環を期待する。
今回のクラファンの大成功は、科博のリソースをフル活用した豪華なリターンに支えられた側面がある。これを科博以外で再現することはかなり難しい。
だからこそ、今回の事例をただの「いい話」として終わらせずに、科博には博物館の価値や、研究機関としての役割の重要性を伝える活動と、科博に限らずそこに継続的な支援の手が向けられる環境作りを、このクラファンの本当のゴールとしてこれからの活動を続けてほしい。